閎一と育子
「なんだ閎一、来てたのか」
「育子と約束してたから」
「いい若もんが家に籠って。外で遊べよ」
「お母さんが車使うって云うから、借りられなかった」
「あの糞アマは息子に車を譲ることもせんのか」
「マンションの自治会で、荷物運ばなきゃいけないんだよ」
「そんなことしてんのか」
「大変らしいよ。木下さんとこの方が住宅地だから、もっと大変なんじゃない?」
「清世がやってくれてる」
「……育子を膝に乗せるの、やめてくれない?」
「自分の娘を膝に乗せて何が悪い」
「ぼくの前ではやめて慾しい」
「いいじゃん。いつもこうしてるよ」
「育子、高校生が父親にべったりなんておかしいぞ」
「えー、親と仲が良くて何が悪いの」
「悪いとは云ってないけど、良すぎる」
「いいじゃんねえ」
「なあ」
「閎一君、よくお父さんに焼きもち妬くんだよ」
「変な野郎だな」
「お父さんと結婚するから、閎一君の愛人にしかなれないって云ったからかも」
「そんなこと云ったのか」
「云ったよ、何年か前だけど。どういう教育してるのさ」
「正しい教育」
「厳しい教育」
「厳しくはしてない」
「そうだね」
「それがいけなかったんだよ。もう、普通に座りなよ」
「お父さん、放して」
「いづれ離れていくんだから、家に居るうちは放さない」
「だって」
「ほら、元の場所に戻って」
「江木澤と違って強引だな」
「お父さんだってそんなに控えめって訳じゃないよ」
「かみさんの悪影響だ」
「おばさん、優しいよ」
「どこがだ」
「話聞いてくれるし、服とかくれるし」
「あんな妙な身装する奴の服なんか貰うな」
「妙なんかじゃないよ。お母さんに会って開口一番、そう云ったらしいね」
「云わずにおれん恰好だった」
「そんなに変な服じゃなかったらしいじゃないか」
「本人に聞いたのか」
「お父さんに聞いた」
「あいつはいつもかみさんを庇うんだよな」
「当たり前だよ、夫婦なんだから」
「入籍すんなって云ったんだけどな」
「そんなんしたら閎一君、生まれなかったじゃん」
「だったら気を揉むこともなかった」
「もみもみ」
「育子って、木下さんそっくりだな」
「親子だもん」
「清世さんに似れば良かったのに」
「それはおれも思うな。特に顔」
「顔はいいけど」
「わたしもこの顔、気に入ってる」
「おれに似すぎだ」
「血が繋がってる証拠じゃない。衿子なんかお父さんにまったく似てないから、自分の子供じゃないんじゃないかって云われてるよ」
「あの女、浮気しやがったか」
「巫山戯て云ってるだけだよ」
「江木ちゃんは巫山戯ない」
「そんな堅物じゃないって」
「おじさん、面白いよ」
「安来節でも踊るのか」
「それはしない」
「羽目を外せねえ性格してんだよ」
「お父さんだってやんないじゃない」
「フォークダンス以外、踊ったことはない」
「そんなの踊ったことがあるんだ」
「小学生の頃に」
「そんな大昔か」
「むかしむかし」
「あるところに」
「おじいさんと」
「おねえさんが」
「違うよ」
「親子で漫才師になったら」
「ドサ廻りして稼ぐか」
「いいね」
「冗談だよ。ほんとにやりそうで恐い」
「恐がるな」