ぐう と きゅるる
『食』が好きだ。
けれど、『食事』はいつだって苦手だった。
初めて包丁を握ったのは保育園に通っていた頃で、小学2年生になる頃にはカレーは作れるようになっていた。家族の為のカレー。ちょっと焦げた鍋底。
幼い頃から誰かの為に作る習慣が身に付いてしまったからか、自分に作る料理は料理と呼べない物だった。豆腐のうえに納豆を乗っけたものや、スパゲッティにオリーブオイルと塩と粉チーズをかけただけの物、そんなものを飽きることなく食べていた。
誰かが家に遊びに来た時に料理を振る舞うと、大抵は喜んでくれてその度に私は少しずつ自分を大切にしていない自分に気が付いていた。
ストレスが上限を超えると、手の込んだものを作っていた。
時間をかけて丁寧に作っていくとそれらに私のストレスが溶けていくようでとても気持ちが良かった。
だから、「特技、料理にしたら?」と言われた時にひどく動揺した。
これは特技にしてもいいのだろうか?
「今、君が口にしているものは私のストレスが隠れスパイスです。」なんて口が裂けても言えなかった。
負の感情で作り上げたそれらは美味しいようで美味しくないのだ。
それが伝わってしまう時点で私は『食事』だったり『料理』に苦手意識を覚えてしまう。
『食事』をすることは悪いことだ、と思い始めたのはいつだったのか正確には思い出せないけれど、24歳までその呪縛にとりつかれていた。
正確には、おなかの音が外に聞こえてしまうのは生きているうえでやってはいけない事のひとつとまで思っていた。
だから、鳴ってしまわない様に空気を胃に溜め込んだり、おなかをギリギリまでへこませたりして難を逃れていた。
鳴ってしまった時にはひどく憂鬱になった。
ぐう、や きゅるる、という音というのはあまりにも滑稽だと思う。
けれども、その音を聞いて
「おなかすいたね、何食べようか。」と言ってくれる人が私の周りに居てくれた事がその呪縛から解いてくれた。
ある時、私のおなかの音を聞いて「良かった。体は生きたいって、いっているんだね。」と柔らかな声で言ってくれた人がいた。
初めてこの滑稽な音たちは私の声なのだと気がつかされた。
きっとその後からだろう、私自身で「おなかがすいた」と主張できるようになったのは。
3食が出てくる環境は恵まれていると思う。
誰かが作ってくれるものを食べられるという事も。
でも、『食』は基本的生活水準を維持するために必要なのである。
あれ程、苦痛だった食事も何の違和感もなく食べられるようになった。
自分の体の声と気が付いた事、そしてそれに応えていく事は生きていくことに等しい。
電車に揺られながらおなかがぐう、きゅるると3回も鳴った。
早くご飯を食べたいなと思い、帰路につく。
次のステップは自分の為に3食作れるようになること。
そしてそれの隠れスパイスは『おなががすいたから』であること。
ぐう と きゅるる は私の主張だ。
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