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AI小説・『影の記憶』


第一章:不思議な招待状

新田翔太は、東京の喧騒の中で平凡な日々を送る29歳のサラリーマンだ。毎朝同じ時間に起き、満員電車に揺られ、オフィスで書類に埋もれる。退屈と安心が混在する生活に、彼は特に不満も抱いていなかった。

ある雨の降る金曜日の夕方、翔太は定時で仕事を終え、自宅のマンションへと戻ってきた。玄関のポストを開けると、広告や請求書の中に一通の黒い封筒が混じっていることに気づく。不思議に思いながら封を開けると、中には上質な紙に書かれた手紙が入っていた。

「新田翔太様

あなたの過去についてお話ししたいことがあります。本日午後8時、旧市街にあるカフェ『ノスタルジア』でお待ちしております。

— アヤ」

差出人は「アヤ」と名乗る人物。しかし、翔太には心当たりがない。過去について話したいとはどういうことだろうか。彼の幼少期はごく普通で、特筆すべきことなど何もないはずだ。

時計を見ると、今は午後6時を過ぎたところだ。カフェ『ノスタルジア』は、都心から少し離れた場所にある古い喫茶店だと聞いたことがある。普段ならこのような怪しい誘いには乗らないが、不思議な引力が彼を動かしていた。

「行ってみるか」

翔太は軽く夕食を済ませ、傘を手にマンションを出た。雨は小降りになっていたが、冷たい風が肌を刺す。電車を乗り継ぎ、旧市街へと向かう道すがら、彼の胸は高鳴っていた。

カフェ『ノスタルジア』は、古びたレンガ造りの建物だった。扉を開けると、ベルの音が静かに響く。店内はアンティークな家具で統一され、暖かな照明が落ち着いた雰囲気を醸し出している。客はまばらで、カウンターの奥には白髪のマスターが一人。

「いらっしゃいませ」

マスターが微笑みかける。翔太は周囲を見渡したが、「アヤ」と思しき人物は見当たらない。時計を見ると、まだ約束の時間まで10分ほどある。

「コーヒーを一杯お願いします」

窓際の席に座り、外の雨音を聞きながらコーヒーを待つ。その時、入口のベルが再び鳴った。振り向くと、黒いドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。長い黒髪に、深い瞳。彼女はまっすぐに翔太の方へ歩み寄ってくる。

「新田翔太さんですね?」

「ええ、そうです。あなたがアヤさんですか?」

彼女は静かにうなずき、向かいの席に腰を下ろした。マスターが彼女にもコーヒーを運んでくる。

「お手紙、読んでくださってありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。過去について話があると伺いましたが、一体どういうことなのでしょうか?」

アヤは一瞬視線を落とし、コーヒーカップに手を伸ばす。

「突然で驚かせてしまってごめんなさい。でも、あなたには知っておいてほしいことがあるの」

彼女の真剣な表情に、翔太は思わず息をのむ。

「実は、あなたと私は同じ孤児院で育ったの」

「孤児院?何のことですか?僕には両親がいて、普通の家庭で育ちました」

アヤは悲しげに微笑む。

「それは作られた記憶かもしれないわ。私たちが育った『希望の家』という孤児院は、15年前に火事で消失したの。でも、その事件は公にはされていない」

翔太の頭の中は混乱していた。自分の過去が偽りだと言うのか。しかし、彼女の言葉にはなぜか説得力があった。

「信じられません。でも、どうして僕にそんな話を?」

「あなたには特別な役割があるの。思い出してほしいの、真実を」

彼女の瞳が強く翔太を見つめる。その視線に圧倒され、彼は何も言えなくなった。

「もし興味があるなら、またお会いしましょう。今日はこれで失礼します」

アヤは立ち上がり、名刺を一枚置いて店を出て行った。名刺には彼女の名前と連絡先、そして「希望の家」とだけ書かれていた。

翔太は名刺を握りしめ、深い溜息をついた。彼女の話す「過去」とは一体何なのか。自分の記憶にない幼少期に、何が隠されているのか。

窓の外を見ると、雨は止み、月が顔を覗かせていた。翔太は決意したように立ち上がり、カフェを後にした。

「真実を確かめる必要がある」

そう心に誓いながら、彼は静かな夜道を歩き始めた。

第二章:謎の女性

翌日の土曜日、翔太は早朝から目が覚めてしまった。昨夜の出来事が頭から離れず、アヤという女性の言葉が何度も脳裏をよぎる。彼女が置いていった名刺を手に取り、改めて眺める。

「アヤ・佐藤 連絡先:xxx-xxxx-xxxx 希望の家」

「希望の家」——それが孤児院の名前だと彼女は言っていた。翔太はスマートフォンで検索してみたが、それらしい施設の情報は見当たらない。ますます疑念は深まるばかりだ。

「本当にそんな場所が存在したのだろうか?」

思い切ってアヤに連絡を取ってみることにした。電話番号を入力し、通話ボタンを押す。数回のコール音の後、静かな声が応答した。

「はい、アヤです」

「もしもし、昨日お会いした新田翔太です。少しお話しできますか?」

「もちろん。ちょうどお電話しようと思っていたところよ。もしよければ、今日お会いしませんか?」

彼女からの誘いに、翔太は少し戸惑ったが、真実を知るためには避けて通れない。

「わかりました。場所はどこにしましょう?」

「それでは、午後2時に中央公園の時計塔の前でどうかしら?」

「承知しました。では、後ほど」

通話を終えた翔太は、少し緊張しながらも準備を始めた。真実に近づくにつれ、胸の高鳴りを抑えきれない。


午後2時、中央公園の時計塔前。週末ということもあり、多くの人々が行き交っている。翔太は周囲を見渡しながらアヤを待っていた。

「お待たせしました」

振り向くと、アヤが薄いブルーのワンピースを纏い、微笑みかけていた。昨日の黒いドレスとは打って変わって、清楚な印象を受ける。

「いえ、僕も今来たところです」

「それでは、少し歩きましょうか」

二人は公園内の小道をゆっくりと歩き始めた。木々の間から差し込む陽光が心地よい。

「昨日は驚かせてしまってごめんなさい。でも、あなたには知る権利があると思って」

「正直、まだ信じられない部分もあります。でも、何か引っかかる感じがするんです」

アヤはうなずきながら話を続けた。

「私たちは『希望の家』で育ったわ。そこでは特別な教育が行われていたの。あなたは覚えていないかもしれないけれど、絵を描くのがとても上手だったのよ」

「絵を…ですか?」

翔太は意外な言葉に驚いた。確かに子供の頃、絵を描くのが好きだった記憶はあるが、それが特別だとは思っていなかった。

「でも、ある日突然、火事が起きて全てが消えてしまった。そして私たちは別々の場所へ送られたの」

「待ってください。もしそれが本当なら、どうして僕の両親は…?」

「おそらく、養父母としてあなたを引き取ったのだと思うわ。でも、その過程で何らかの理由で記憶が操作されたのかもしれない」

記憶の操作——ますます信じがたい話だ。しかし、彼女の真剣な眼差しに嘘は感じられない。

「証拠はあるんですか?」

アヤは小さなペンダントを取り出した。開くと中には二人の子供が写った写真が入っている。少年と少女が笑顔で並んでいる写真だ。

「これが私たちよ。見覚えはない?」

翔太は写真を凝視した。少年の面影は確かに自分に似ている。心の奥底で何かが揺れ動くのを感じた。

「この写真…本当に僕なのか?」

「ええ。そしてこれが、私たちが兄妹である証拠よ」

「兄妹…?」

衝撃の事実に、翔太は言葉を失った。自分に妹がいたなんて考えたこともなかった。

「信じられないかもしれないけれど、私はずっとあなたを探していたの。真実を知るために」

「なぜ今になって?」

「15年という時間が必要だったの。あの火事の真相を追うために、そしてあなたの居場所を突き止めるために」

翔太の頭の中は混乱していた。しかし、彼女の言葉には一貫性があり、何よりも心に響くものがあった。

「わかりました。信じてみます。でも、どうすれば真実を確かめられるのでしょうか?」

アヤは微笑んで答えた。

「一緒に『希望の家』の跡地へ行きましょう。きっと何か手がかりが見つかるはずよ」

「でも、そんな場所がまだ残っているんですか?」

「場所自体は残っているわ。ただ、立ち入り禁止区域になっているけれど」

翔太は一瞬ためらったが、意を決して答えた。

「わかりました。行きましょう」

二人は次の週末にその場所へ向かうことを約束し、その日は別れた。


自宅に戻った翔太は、両親に電話をかけることにした。真実を直接確かめるためだ。電話に出た母親に、率直に尋ねてみる。

「お母さん、僕の幼少期について聞きたいことがあるんだけど」

一瞬の沈黙の後、母親の声が震えているのがわかった。

「どうしたの、突然…」

「僕、養子なの?『希望の家』という孤児院で育ったって本当?」

「誰からそんなことを聞いたの?」

母親の声は明らかに動揺していた。

「大事なことなんだ。真実を教えてほしい」

さらに沈黙が続く。やがて、母親は重い口を開いた。

「ごめんなさい、翔太。あなたは『希望の家』から引き取った子供よ。でも、それ以上のことは知らないの。本当にごめんなさい」

衝撃的な事実に、翔太は電話を握る手が震えた。

「どうして隠していたの?」

「あなたのためだったのよ。過去のことは忘れて、新しい人生を歩んでほしかった」

「でも、それは僕の選択することだろう?」

母親は泣きながら謝罪の言葉を繰り返すだけだった。翔太は深い失望とともに電話を切った。

「やはり、アヤの言っていたことは本当だったんだ」

自分の存在意義が揺らぐ感覚に襲われながらも、翔太は決意を新たにした。

「全てを確かめるしかない」

その夜、彼は眠れぬまま窓の外を見つめていた。遠くに光る星が、まるで彼の運命を示すかのように瞬いていた。

第三章:失われた記憶

翌朝、翔太は重たい頭を抱えながら目を覚ました。昨夜はほとんど眠れず、脳裏には過去の断片的なイメージが浮かんでは消えていた。幼い自分が見知らぬ子供たちと遊んでいる光景、そして遠くから聞こえる誰かの呼ぶ声。その声はまるでアヤのようだった。

「一体、何が真実なんだろう…」

ベッドから起き上がり、カーテンを開けると、外は快晴だった。しかし、その明るさとは裏腹に、翔太の心は曇っていた。キッチンでコーヒーを淹れながら、これからどうするべきかを考える。

「まずは、家にある資料をもう一度調べてみよう」

翔太はクローゼットの奥から古いダンボール箱を取り出した。引っ越しの際にそのままになっていた荷物だ。中には学生時代のノートやアルバム、そしていくつかの書類が入っていた。

アルバムを開くと、幼少期の写真が並んでいる。しかし、写真は小学1年生以降のものばかりで、それ以前の記録が見当たらない。不自然さを感じながらも、さらに箱の中を探ると、一通の封筒が目に留まった。

「これは…?」

封筒には「重要」と赤い字で書かれている。中を開けると、出生証明書や養子縁組に関する書類が入っていた。そこには、翔太が5歳の時に新田家の養子となったことが記されている。

「やっぱり、僕は養子だったんだ…」

改めて事実を突きつけられ、翔太の胸は締め付けられるようだった。しかし、同時に疑問も湧いてくる。なぜ両親はこの書類を隠していたのか。そして、自分の本当の両親は誰なのか。

その時、スマートフォンが振動した。画面を見ると、アヤからのメッセージが届いていた。

「おはよう。大丈夫?何か進展はあった?」

翔太は短く返信した。

「おはよう。いくつかの書類を見つけたよ。やっぱり僕は養子だったみたいだ」

すぐに返信が返ってきた。

「そう…辛かったでしょう。でも、一緒に乗り越えましょう」

翔太はその言葉に少しだけ救われた気がした。

「ありがとう。ところで、『希望の家』について何か詳しい情報はある?」

「実は、私も調べてみたの。でも、公的な記録はほとんど残っていないの。まるで存在自体が消されたかのように」

「どういうことだろう…」

「だからこそ、現地に行って確かめるしかないと思うの。明日の約束、覚えている?」

「もちろん。明日、現地で会おう」

メッセージを送り終えると、翔太は深いため息をついた。何か大きな陰謀が背後にあるのではないかという不安がよぎる。


翌日、二人は「希望の家」の跡地へと向かった。場所は都心から電車で1時間ほど離れた山間部に位置していた。最寄りの駅で待ち合わせた二人は、そこからタクシーで現地へ向かうことにした。

道中、アヤはかつての記憶を語り始めた。

「『希望の家』は表向きは孤児院だったけれど、実際には特殊な才能を持つ子供たちを集めていたの」

「特殊な才能?」

「ええ。芸術的な才能や高い知能指数を持つ子供たち。それを活かして何かのプロジェクトが進められていたみたい」

「でも、そんなことがなぜ隠されているんだろう?」

「それがわからないの。でも、きっと何か大きな秘密があるはずよ」

タクシーは山道を進み、やがて立ち入り禁止の看板が見えてきた。

「ここで降ろしてください」

運転手にそう伝え、二人はタクシーを降りた。周囲は静寂に包まれ、不気味な雰囲気が漂っている。

「本当にここにあったのか…」

翔太は朽ち果てた門柱を見上げながらつぶやいた。門の先には草木が生い茂り、建物の残骸がかすかに見える。

「気をつけて進みましょう」

アヤが先導し、二人は立ち入り禁止のテープをくぐり抜けた。足元に気をつけながら進むと、かつての建物の基礎部分が見えてきた。

「ここがメインの建物だった場所よ」

翔太は周囲を見渡した。瓦礫の中に、焦げた玩具や破損した家具の一部が散らばっている。

「何か思い出すことはある?」

アヤが尋ねる。しかし、翔太の頭には何も浮かばない。

「いや、何も…でも、何か感じるものはある」

その時、足元に何かが光るのが見えた。翔太はかがみ込み、土の中から小さな鍵を拾い上げた。

「これは…」

アヤがそれを見て目を見開く。

「それは私たちが使っていた秘密の部屋の鍵かもしれない!」

「秘密の部屋?」

「ええ。私たちだけが知っている場所があったの。ついてきて」

アヤは記憶を頼りに、建物の裏手へと向かった。そこには地下へ続く隠し扉があった。しかし、扉は錆びついており、簡単には開きそうにない。

「鍵を試してみて」

翔太は鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回した。重い音を立てて錠が外れ、扉がわずかに開いた。

「やったわ!」

二人は懐中電灯を取り出し、暗い地下室へと足を踏み入れた。内部はひんやりとしており、時間が止まったかのような静けさが漂っている。

壁には子供たちの描いた絵が貼られていた。翔太はその中の一枚に目を留めた。そこには、二人の子供が手をつないで笑っている姿が描かれていた。

「この絵…僕が描いたのか?」

アヤが頷く。

「そうよ。あなたが私たちの思い出を絵にしてくれていたの」

突然、翔太の頭に激しい痛みが走った。過去の記憶が一気に蘇ってくる。


幼い日の自分が、絵を描くことに夢中になっている。隣にはアヤがいて、笑顔で見守っている。優しい先生たち、楽しい日々。しかし、ある日突然、施設内で奇妙な実験が始まった。子供たちは一人ずつ別室に連れて行かれ、何かの装置に繋がれる。

「怖いよ、アヤ…」

「大丈夫、私がついているから」

しかし、次第に仲間たちが姿を消していく。不安が募る中、施設内で火事が起きた。大人たちの叫び声、炎に包まれる建物。アヤが手を引いてくれたおかげで、二人は何とか逃げ出すことができた。


「思い出した…全部思い出したよ、アヤ!」

翔太は涙を流しながら叫んだ。アヤも目に涙を浮かべている。

「よかった…あなたが思い出してくれて本当によかった」

二人はしばらく抱き合って泣いた。長い間閉ざされていた記憶が解放され、心の重荷が少し軽くなった気がした。

「でも、なぜ僕たちの記憶は封じられていたんだろう?」

翔太が疑問を口にする。

「おそらく、あの実験が関係しているはずよ。記憶を操作する何かが…」

「そうか、だから僕は何も覚えていなかったんだ」

その時、奥の方から物音が聞こえた。二人はハッとして振り向く。

「誰かいるの?」

懐中電灯の光を向けると、一冊の古びたノートが床に落ちていた。翔太はそれを拾い上げ、ページをめくる。

「これは…研究者たちの記録だ」

そこには、子供たちを使った実験の詳細が書かれていた。記憶の改ざん、人格の操作、そして未知の能力の開発。

「こんなことが行われていたなんて…」

アヤも顔を青ざめている。

「これが証拠になるわ。これを持ち帰って調べましょう」

しかし、その瞬間、入り口の方から足音が近づいてくるのが聞こえた。

「誰か来る!」

二人は慌てて懐中電灯を消し、物陰に身を潜めた。複数の足音とともに、男性の声が響く。

「ここに何か残されているはずだ。徹底的に探せ」

「はい、主任」

黒いスーツを着た男たちが懐中電灯を片手に地下室を捜索し始めた。翔太は息を殺しながらアヤに囁く。

「どうする?」

「出口は一つだけ…でも、待って。非常口があったはずよ」

アヤは記憶を頼りに、奥の壁際に設置された小さな扉を指さした。

「ここよ。急いで」

二人は静かに扉を開け、狭い通路を進んだ。後ろから男たちの声が近づいてくる。

「誰かがいた形跡があります!逃げたようです!」

「逃がすな!追え!」

焦る気持ちを抑えながら、二人は必死に通路を進んだ。やがて外の光が見えてきた。

「出口だ!」

外に出ると、再び山道に出た。二人は全速力で駆け出す。

「このままでは追いつかれる…」

その時、アヤが携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。

「今、例の場所を出たわ。迎えをお願い」

数分もしないうちに、一台の黒い車が山道に現れた。車が二人の前で停まり、アヤがドアを開ける。

「乗って!」

翔太は状況が飲み込めないまま、車に飛び乗った。車は勢いよく発進し、男たちの追跡を振り切った。

「一体、何が起きているんだ?」

息を整えながら翔太が尋ねる。

「ごめんなさい、でもあなたを守るためだったの」

「守るって…あの人たちは誰なんだ?」

「詳細は後で説明するわ。今は安全な場所に向かいましょう」

車内は緊迫した空気に包まれていたが、翔太はアヤの横顔を見つめながら、自分が大きな陰謀に巻き込まれていることを実感していた。

「これからどうなるんだろう…」

不安と期待が入り混じる中、車は山道を抜けて街へと向かっていった。

第四章:真実への手がかり

車は高速道路を走り抜け、やがて都心から離れた静かな郊外へと向かっていた。車内の緊張感は依然として高く、翔太は窓の外の風景を眺めながら、頭の中で情報を整理しようとしていた。

「一体、どこへ向かっているんだ?」

翔太は隣に座るアヤに尋ねた。彼女は少し迷ったような表情を見せた後、静かに答えた。

「安全な場所よ。私たちがこれから話すことは、誰にも聞かれてはいけないの」

「さっきの男たちは何者なんだ?なぜ僕たちを追いかけてきたんだ?」

アヤは深いため息をつき、目を閉じた。

「彼らは『研究所』の関係者よ。私たちが持っている情報を消そうとしているの」

「研究所?一体どういうことなんだ?」

車はやがて大きな門の前で停まった。門が自動で開き、車はその中へと入っていく。敷地内には近代的な建物が立ち並び、まるで秘密基地のようだった。

「ここは…?」

「ここは私たちの仲間が集まる場所よ。さあ、中に入りましょう」

車から降りた二人は、建物の中へと案内された。内部は最新の設備が整い、多くの人々が忙しそうに行き来している。

「アヤ、戻ったのか」

白衣を着た中年の男性が近づいてきた。アヤは微笑んで挨拶を返す。

「ただいま、先生。この人が新田翔太です」

「初めまして、翔太さん。私は杉田と言います。君のことはずっと待っていたよ」

「待っていた…?」

翔太は困惑しながらも、杉田の手を握った。

「さあ、こちらへ。話すべきことがたくさんある」

三人は会議室のような部屋に入り、席に着いた。テーブルの上には翔太たちが持ち帰ったノートが置かれている。

「まず、君たちが直面している状況を説明しよう」

杉田は落ち着いた口調で話し始めた。

「『希望の家』は表向きは孤児院だったが、実際には国家の極秘プロジェクトの一環だった。子供たちの特殊な才能を引き出し、兵器として利用しようとしていたんだ」

「兵器…?」

翔太は信じられない思いで杉田を見つめた。

「そうだ。君たち兄妹は特に優れた才能を持っていた。翔太君は視覚的な情報処理能力、アヤさんは記憶と分析能力に長けていた。しかし、プロジェクトは倫理的な問題から中止され、証拠隠滅のために火事が起こされた」

アヤが口を挟む。

「私たちは何とか逃げ出したけれど、その後は別々の道を歩むことになった。私はこの組織に保護され、真実を明らかにするために動いてきたの」

「でも、なぜ僕の記憶は消されていたんだ?」

「君の能力を危険視した研究所が、記憶を封じ込める処置を行ったんだ。しかし、その効果も永久ではない。だから彼らは君を消そうとしている」

翔太は頭を抱えた。自分がそんな大きな陰謀の中にいたとは想像もしていなかった。

「じゃあ、僕はどうすればいいんだ?」

杉田は真剣な表情で答えた。

「我々と協力してほしい。君の持つ情報や才能は、彼らの計画を阻止する鍵となる」

「計画…まだ何か企んでいるのか?」

「そうだ。彼らは新たな施設で同じような実験を再開しようとしている。我々はそれを阻止し、被害者を救いたいんだ」

アヤが翔太の手を握る。

「お願い、翔太。一緒に戦ってほしい」

翔太は深く息をつき、目を閉じた。自分の中で葛藤が渦巻く。

「正直、まだ頭が追いつかない。でも、放っておくわけにはいかない。僕にできることがあるなら、協力するよ」

アヤは安堵の表情を浮かべた。

「ありがとう、翔太」

杉田が微笑んで頷く。

「では、早速だが、君の能力を取り戻すためのセッションを行おう」

「能力を取り戻す?」

「記憶の封印を解き、君の潜在的な力を引き出すんだ。それができれば、彼らの施設に侵入する手助けができる」

翔太は不安を覚えた。

「危険はないんですか?」

「リスクはある。しかし、君自身の意思が重要だ」

翔太はしばらく考えた後、決心した。

「わかりました。やってみます」


セッションは特殊な装置が揃った部屋で行われた。翔太は椅子に座り、頭にセンサーが取り付けられる。アヤと杉田が見守る中、装置が起動した。

「リラックスして、深呼吸をしてください」

杉田の指示に従い、翔太は目を閉じた。次第に意識が深層へと誘われていく。

過去の記憶が鮮明に蘇ってくる。『希望の家』での日々、実験室での出来事、自分が見たもの、感じたもの。全てが一つに繋がっていく。

突然、強烈な光景が頭に飛び込んできた。研究者たちが何かのデータを解析している映像。そして、巨大な装置が稼働する様子。

「これが…彼らの計画の核心部分か…」

翔太はハッとして目を開けた。額には汗がにじんでいる。

「どうだ、何か思い出したか?」

杉田が問いかける。

「はい。彼らは『コア・プロジェクト』と呼ばれる計画を進めていました。その中心には、『オメガシステム』という装置があるようです」

アヤが驚いた表情を見せる。

「オメガシステム…それが彼らの目的なのね」

「その装置を使えば、記憶だけでなく、人格や意思まで操作できる。彼らはそれを兵器として利用しようとしているんだ」

杉田は深刻な顔で頷く。

「その情報があれば、我々も対策を講じることができる。君のおかげだ、翔太君」

翔太は複雑な気持ちだった。自分の過去がこんな形で繋がるとは思ってもみなかった。

「でも、これで本当に彼らを止められるのか?」

「容易ではない。しかし、君たち兄妹の協力があれば可能性は高まる」

アヤが翔太の肩に手を置く。

「一緒に頑張りましょう、翔太」

「わかった。できる限りのことをしよう」

その時、部屋のドアがノックされた。組織のメンバーが緊迫した表情で入ってくる。

「緊急事態です。敵の部隊がこちらに向かっているとの情報が入りました」

「何だと?」

杉田が驚きの声を上げる。

「おそらく、我々の居場所が漏れたのだろう。すぐに避難の準備を」

アヤが翔太に向き直る。

「急ぎましょう。安全な場所へ移動する必要があるわ」

「でも、僕たちはどうすれば…?」

「心配いらない。計画はまだ生きているわ。私たちが彼らを引きつける間に、翔太は別ルートで移動して」

杉田が指示を出す。

「翔太君、君はこのデータを持って、安全な場所へ向かってくれ。詳細はそこで伝える」

翔太はデータが入った小さなデバイスを手渡された。

「わかりました。でも、アヤは?」

「私は大丈夫。後で合流しましょう」

アヤは微笑んで見せたが、その目には不安が滲んでいた。

「気をつけて、翔太」

「君も…無事でいてくれ」

翔太は指示に従い、別の出口から建物を出た。外には一台の車が待機していた。運転手が急いで乗るように促す。

車が動き出すと、遠くで爆発音が聞こえた。振り返ると、建物の一部から煙が上がっている。

「アヤ、大丈夫なのか…」

胸騒ぎを覚えながらも、翔太は前を向いた。今は任された使命を果たすことが最優先だ。

「真実への手がかりは手に入れた。あとはこれをどう活かすかだ」

車は夜の闇へと消えていった。翔太の心には、不安と決意が渦巻いていた。

第五章:暴かれる過去

車は暗闇の中を疾走し、翔太は窓の外に広がる風景をぼんやりと眺めていた。アヤや杉田たちの安否が気になるが、今は与えられた任務を果たすことが最優先だ。運転手は無言でハンドルを握り、車内には緊張した空気が漂っている。

「目的地までもう少しです。着いたら指示に従ってください」

運転手が初めて口を開いた。翔太は軽く頷き、手に握ったデバイスを見つめた。この中には、彼らの計画を阻止するための重要な情報が詰まっている。

やがて車は小さな建物の前で停まった。周囲は静まり返っており、人の気配は感じられない。

「ここが安全な場所なのか?」

「はい。中に入れば他のメンバーが待っています」

翔太は車を降り、建物の中へと足を踏み入れた。内部は簡素な作りだが、通信設備やコンピューターが並んでいる。数人のスタッフが彼を出迎えた。

「新田翔太さんですね。こちらへどうぞ」

案内された部屋には大型のモニターが設置されており、テーブルの上には地図や書類が広げられている。リーダー格と思われる女性が立ち上がり、自己紹介をした。

「初めまして、私は遠藤と言います。アヤさんから話は聞いています」

「アヤは無事なんですか?」

翔太が急いで尋ねると、遠藤は少し微笑んで答えた。

「ええ、先ほど連絡がありました。彼女たちは無事に避難できたようです」

安堵の息をつく翔太。しかし、まだ気は抜けない。

「早速ですが、デバイスを確認させていただけますか?」

「はい、これです」

翔太はデバイスを手渡した。スタッフたちがそれを解析し始める。

「この中には、彼らの計画の詳細が含まれているはずです。特に『オメガシステム』についての情報が重要です」

遠藤が真剣な表情で頷く。

「ありがとうございます。これで彼らの動きを封じる手立てが見つかるかもしれません」

その時、モニターに映像が映し出された。解析されたデータから抽出された情報だ。そこには巨大な施設の内部構造や、研究者たちの会議記録が記されている。

「これは…彼らの新しい拠点の設計図です」

スタッフの一人が驚きの声を上げる。

「ここを特定できれば、計画を阻止できるかもしれません」

翔太はモニターを凝視した。見覚えのある風景が映っている。

「待ってください。この場所、僕が子供の頃に見たことがあります」

「本当ですか?」

「ええ、記憶の中で何度も出てきた場所です。おそらく、彼らの本拠地はかつての『希望の家』と関連しているのではないでしょうか」

遠藤は深く考え込む。

「それなら、彼らは過去の失敗を繰り返そうとしているのかもしれません」

その時、通信機が鳴り響いた。スタッフが受信すると、緊張した声が聞こえてくる。

「緊急連絡です。敵の動きに異変があります。こちらに向かっている可能性があります」

遠藤が即座に指示を出す。

「全員、警戒態勢に入ってください。データのバックアップを急いで」

翔太は焦りを感じながらも、自分にできることを模索した。

「僕に何かできることはありますか?」

遠藤が少し考えた後、答えた。

「あなたの記憶が鍵になります。彼らの施設の内部情報をできるだけ思い出していただけますか?」

「わかりました。試してみます」

翔太は再び深呼吸をし、過去の記憶を探り始めた。暗い廊下、金属製のドア、実験室の配置。細かなディテールが次々と浮かび上がる。

「実験室は地下3階にあります。セキュリティは厳重ですが、非常用の通路が存在します」

スタッフが情報を記録していく。

「素晴らしい。これで突入計画を立てられます」

しかし、外から銃声のような音が聞こえた。全員が一瞬にして緊張する。

「敵が来たようです。全員、退避を!」

遠藤が叫ぶ。スタッフたちは急いで機材をまとめ始めた。

「翔太さん、こちらへ!」

翔太は誘導されるままに非常口へと向かった。その時、建物の入口が激しく破壊され、黒い服を着た男たちが侵入してきた。

「逃がすな!」

翔太は必死に走った。廊下を抜け、階段を駆け下りる。後ろから追ってくる足音が迫ってくる。

「このままでは捕まってしまう…!」

その時、目の前にアヤが現れた。

「翔太、こっちだ!」

「アヤ!無事だったのか!」

「話は後よ。早く!」

二人は非常口から外へ出た。外には車が待機している。

「乗って!」

車が発進し、敵の追跡を振り切る。翔太は息を切らしながらアヤに尋ねた。

「一体どうなっているんだ?」

「彼らは私たちの動きを完全に把握しているようね。内部にスパイがいるのかもしれない」

「じゃあ、このまま逃げ続けるしかないのか?」

アヤは悲しげな表情を浮かべた。

「いいえ、もう逃げるのはやめましょう。彼らの本拠地に直接乗り込むしかないわ」

「でも、そんなことが可能なのか?」

「あなたがいれば可能よ。あなたの記憶と才能が必要なの」

翔太は覚悟を決めた。

「わかった。やろう」


二人は仲間たちと合流し、最終的な作戦を練った。目標は彼らの本拠地である地下施設に侵入し、『オメガシステム』を停止させること。

作戦当日、チームは二手に分かれて施設に向かった。翔太とアヤは潜入チームとして、非常用通路からの侵入を試みる。

「ここが入口よ」

アヤが指差す場所は、一見ただの壁のように見える。しかし、特殊なデバイスを使ってパネルを操作すると、隠しドアが開いた。

「行きましょう」

暗い通路を進む二人。緊張が高まる中、翔太はアヤに問いかけた。

「もし僕たちが失敗したら…」

「そんなこと考えないで。必ず成功するわ」

やがて目的の実験室に到着した。中には巨大な装置が鎮座しており、研究者たちが忙しく動き回っている。

「これが『オメガシステム』…」

翔太は装置を見つめながら、操作パネルに近づいた。

「ここからシステムを停止させられるはずだ。でも、パスワードが必要だ」

アヤが腕の端末を操作する。

「待って、解析してみるわ」

しかし、その時背後から声が聞こえた。

「おや、お客さんとは珍しいね」

振り向くと、白衣を着た中年の男性が立っていた。彼の背後には警備員たちが銃を構えている。

「君たちがここに来ることは予想していたよ、翔太君、アヤ君」

アヤが険しい表情で答える。

「あなたは…!」

「そう、私はこのプロジェクトの責任者だ。君たちがここで何をしようとしているか、わかっているよ」

翔太は男性を睨みつけた。

「あなたたちの計画はもう終わりだ。僕たちがそれを止める」

男性は冷笑を浮かべる。

「止める?それは無理だよ。君たちもかつては我々の希望だった。しかし、逃げ出した裏切り者には相応の報いが必要だ」

警備員たちが近づいてくる。アヤが小声で囁く。

「翔太、今よ!」

突然、施設内が暗転し、非常灯が点滅を始めた。遠藤たちのチームが外部から電力システムを攻撃したのだ。

「何だと?」

男性が混乱している間に、翔太は操作パネルにアクセスし、急いでシステムの停止コードを入力した。

「あと少し…!」

しかし、男性が銃を取り出し、二人に向けた。

「ここまでだ!」

その瞬間、遠藤たちが突入し、男性を取り押さえた。

「間に合ったわね!」

アヤが安堵の声を上げる。翔太は最後のコードを入力し、『オメガシステム』の停止に成功した。

「やった…これで計画は阻止できたんだ」

施設内にはサイレンが鳴り響き、他の研究者たちも次々と拘束されていく。

男性は悔しそうに叫んだ。

「君たちにはわからない!我々の研究がどれだけ世界を変える可能性を秘めていたか!」

遠藤が冷静に答える。

「そのために多くの犠牲を払うことは許されません。あなたの行いは法の裁きを受けることになるでしょう」


作戦は成功し、翔太とアヤは外に出た。朝日が昇り始め、新しい一日が始まろうとしている。

「終わったんだね、アヤ」

「ええ、これで私たちの過去に決着がついたわ」

翔太は深呼吸をし、空を見上げた。

「これからはどうする?」

アヤは微笑んで答えた。

「新しい人生を歩みましょう。私たちの選んだ道を、自分たちの意思で」

「そうだね。もう過去に縛られることはない」

二人は並んで歩き出した。その背中には、これまでの重荷が消え、新たな希望が宿っていた。

第六章:どんでん返し

作戦の成功から数日が経過し、翔太とアヤは静かな公園のベンチに座っていた。夕暮れの柔らかな光が二人を包み込み、穏やかな時間が流れている。

「全てが終わったんだね、アヤ」

翔太は感慨深げに遠くの空を見つめながら言った。アヤは微笑みを浮かべて頷く。

「ええ、これで本当に新しいスタートを切ることができるわ」

その時、アヤのスマートフォンが振動した。画面を確認すると、彼女の表情が一瞬だけ硬くなった。

「どうしたの?」

翔太が不思議そうに尋ねると、アヤはすぐに微笑みを取り戻した。

「大したことじゃないわ。ちょっとした連絡が入っただけ」

しかし、その微妙な変化を翔太は見逃さなかった。不安を感じながらも、深くは追及しなかった。


翌日、翔太は遠藤から呼び出しを受け、組織のオフィスに向かった。部屋に入ると、遠藤は深刻な表情で彼を迎えた。

「翔太さん、少しお話ししたいことがあります」

「何かあったんですか?」

遠藤は一枚の写真をテーブルに置いた。そこにはアヤが見知らぬ男性と密かに会っている様子が写っていた。

「これは…?」

「調査の結果、アヤさんが我々の情報を敵組織に流している可能性が高いことが判明しました」

翔太は信じられない思いで写真を見つめた。

「そんなはずはない。アヤが裏切るなんて…」

「私たちも最初は信じられませんでした。しかし、内部情報が漏れていたことや、彼女の行動に不審な点が多々あったのです」

翔太の頭の中で過去の出来事がフラッシュバックする。アヤの微妙な言動、そして彼女の突然の出現。

「まさか…」

遠藤は続けた。

「彼女は最初からあなたに接近し、記憶を取り戻させることで、我々の計画や内部情報を手に入れようとしていたのかもしれません」

「でも、彼女は僕の妹なんですよ?」

「それも偽りの可能性があります。実際のところ、彼女の身元には多くの謎が残っています」

翔太は混乱し、椅子に腰を落とした。

「どうすればいいんだ…」

「まずは彼女の真意を確かめる必要があります。危険ですが、直接対峙してもらえませんか?」

翔太は深く息をつき、決意を固めた。

「わかりました。彼女と話をします」


その夜、翔太はアヤを呼び出し、二人は以前訪れたカフェ『ノスタルジア』で再会した。店内は静かで、他に客はいない。

「急に呼び出してどうしたの?」

アヤはいつもと変わらない微笑みを浮かべている。翔太は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「アヤ、本当のことを教えてほしい。君は一体何者なんだ?」

彼女の表情が一瞬だけ曇った。

「どういう意味?」

「君が敵組織に情報を流していると聞いた。本当なのか?」

アヤは静かにカップを置き、深いため息をついた。

「やっぱり気づいてしまったのね」

「ということは、やはり…」

彼女は目を伏せたまま語り始めた。

「私はあなたの妹ではない。本名もアヤではないの」

「じゃあ、君の目的は何だったんだ?」

「あなたの記憶を取り戻させ、『オメガシステム』のデータを手に入れること。それが私の任務だった」

翔太は拳を握り締めた。

「なぜそんなことを…」

「私は彼らに育てられたの。感情も過去も全て捨てて、ただ任務を遂行するために」

「でも、僕たち一緒に戦ったじゃないか。あれも全て嘘だったのか?」

アヤは苦しそうな表情で答えた。

「最初はただの任務だった。でも、あなたと過ごすうちに、本当の自分を見つけた気がした」

「じゃあ、今からでも遅くない。僕たちと一緒に…」

その時、店内に数人の男たちが入ってきた。彼らはアヤの背後に立ち、冷たい視線を向けている。

「時間だ、戻るぞ」

リーダー格の男がアヤに命じる。彼女は悲しげな目で翔太を見つめた。

「ごめんなさい、翔太。でも、これが私の運命なの」

「待ってくれ!」

翔太が立ち上がろうとした瞬間、男たちが彼を取り囲んだ。

「抵抗しないほうがいい」

アヤは目を逸らし、店の出口へと向かう。

「アヤ!行かないで!」

彼女は立ち止まり、小さな声で呟いた。

「ありがとう、翔太。あなたとの時間は本物だったわ」

そのまま彼女は店を後にした。男たちも彼女の後を追い、店内には翔太だけが残された。


数日後、遠藤から連絡が入った。

「翔太さん、彼女の行方がわかりました。敵組織の本部にいるようです」

「彼女を救い出すことはできないのか?」

「難しいでしょう。彼女自身が望んでいるのですから」

翔太は強い決意を持って答えた。

「それでも、僕は彼女を連れ戻したい。たとえ偽りだったとしても、彼女との時間は本物だった」

遠藤はしばらく沈黙した後、静かに言った。

「わかりました。可能な限りの支援をしましょう」


翔太は再び敵組織の本部へと向かった。厳重なセキュリティをかいくぐり、地下深くにある彼らの施設に潜入する。

長い廊下を進むと、大きな扉の前に辿り着いた。扉を開けると、そこにはアヤが一人で立っていた。

「来たのね、翔太」

「アヤ、君を連れ戻しに来た」

彼女は微笑んだ。

「無駄よ。私はもう戻れない」

「そんなことはない。君が望めば、きっとやり直せる」

その時、彼女の背後に巨大なスクリーンが現れ、組織のリーダーの顔が映し出された。

「愚かだな、翔太君。彼女は我々の忠実なエージェントだ」

アヤは無表情で翔太を見つめる。

「さようなら、翔太」

突然、室内に警報が鳴り響き、扉が閉ざされた。ガスが充満し始める。

「これは…!」

翔太は意識が遠のくのを感じた。しかし、最後の力を振り絞ってアヤに手を伸ばす。

「アヤ…!」

その瞬間、アヤが翔太に駆け寄り、何かを耳元で囁いた。

「ごめんなさい。でも、これしか方法がなかったの」

彼女は小さなデバイスを翔太のポケットに滑り込ませた。

「必ず真実を見つけて」

翔太の意識はそこで途切れた。


目を覚ますと、翔太は病院のベッドに横たわっていた。遠藤が心配そうな顔で立っている。

「翔太さん、大丈夫ですか?」

「ここは…?」

「あなたは敵組織の施設で倒れているところを救出されました。危うく命を落とすところでしたよ」

翔太はポケットに手を入れ、アヤが渡したデバイスを取り出した。

「これは…」

遠藤がそれを受け取り、解析を始める。

「これは重要な情報が含まれているようです。彼らの全ての計画がここに…」

翔太は静かに呟いた。

「アヤは最初からこれを僕に渡すために…」

遠藤は頷いた。

「彼女は自分の役割を果たしたのですね」

「でも、彼女は…」

「残念ながら、彼女の消息は不明です。しかし、彼女のおかげで我々は彼らの計画を完全に阻止できるでしょう」

翔太は天井を見つめ、アヤの笑顔を思い浮かべた。

「ありがとう、アヤ。君の想いは無駄にしない」


その後、翔太たちの活躍により、敵組織は壊滅し、世界は再び平和を取り戻した。しかし、アヤの行方はわからないままだった。

ある日、翔太はカフェ『ノスタルジア』を訪れ、一人でコーヒーを飲んでいた。店内には懐かしい音楽が流れている。

「元気でいてくれよ、アヤ」

彼はそう呟きながら、窓の外に広がる街並みを見つめた。その瞳には、新たな希望と決意が宿っていた。

おわり

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