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AI小説・『共喰いの祈り』
第一章:静寂の侵入
春香は、夕暮れの風景をぼんやりと眺めていた。放課後、彼女は部活動もせず、家へと続く小道を静かに歩いていた。秋の冷たい空気が肌に心地よく、薄紅に染まる空が心を穏やかにさせる。それは、彼女にとって当たり前の日常だった。しかし、その日常はある日、突然変わった。
家に帰り、部屋のドアを閉めると、春香はふと、右手の違和感に気がついた。最初は手が痺れているだけだと思っていたが、その感覚はしだいに変化していった。指先が勝手に動き、まるで見えない糸で引かれているように、不自然な動きを見せ始めたのだ。
「…なんだろう、これ…」
戸惑いながらも、春香は手をじっと見つめた。だが、ただの痙攣とは思えない動きは、明らかに意志を持っているかのように感じられた。彼女は思わず手を握りしめ、冷静さを保とうとしたが、次の瞬間、その手が彼女の意思に反して、口元に近づいた。
「おい、聞こえるか?」
その瞬間、春香は凍りついた。自分以外の何者かの声が、脳裏に響いたからだ。男とも女ともつかない、低く冷たい声だった。
「君は…誰? いや…何なの?」
恐怖と混乱で体が震える。どうすればいいのかわからないまま、声の主に問いかけたが、返事はしばらくなかった。だが、やがて再び声が聞こえた。
「俺はここにいる。お前の右手だよ」
その答えに、春香の頭はさらに混乱した。自分の手が話しかけてくるなんてあり得ない。信じられない思いで再び手を見つめると、指がゆっくりと開かれ、まるで挨拶をするかのようにひらひらと動いた。
「俺はお前と共に生きる存在だ。お前の体に入り込んだ存在…そうだな、寄生生物とでも呼んでくれ」
「寄生…生物? そんな…そんなこと…」
春香は半信半疑のまま、その存在の言葉を否定したかったが、その一方で、その言葉に奇妙なリアリティを感じずにはいられなかった。冷たい汗が背中を伝い、震える指先を止めようとしても、思うように動かない。
「お前が騒ぐ必要はない。俺はお前を支配するつもりはない。ただ共に生きるだけだ」
その冷静な声は、まるで春香の心を見透かしているかのようだった。彼女の恐怖を和らげようとするかのように、落ち着いた口調で話し続けるその存在に、春香は反発と好奇心の入り混じった複雑な感情を抱いた。
「…もし本当に共に生きるというなら、どうして私に宿ったの?」
その問いに、寄生生物はしばし黙り込んだ。静寂が訪れ、部屋の空気が重くなったかのように感じられた。そして、ゆっくりとした口調で言った。
「俺もわからない。ただ、ここにいる理由は、お前と共に何かを成し遂げるためだとしか言えない」
それがどういう意味なのか、春香には理解できなかった。しかし、彼女の手の中に別の意志が宿っているという事実は、否応なく彼女の現実を変えていく。穏やかだった日常に、静かな侵入者が入り込んだのだ。
こうして、春香と寄生生物との奇妙な共存生活が幕を開けた。
第二章:共存の葛藤
それから数日が経ち、春香は自分の右手に宿った「寄生生物」との共存生活に慣れようとしていた。最初は恐怖と嫌悪感でいっぱいだったが、彼女はその存在が本当に自分に害を及ぼす気がないことを理解し始めていた。
「お前はいつも考えすぎだな。そんなに緊張するなよ」
学校の休み時間、教室の隅で右手を見つめる春香に、寄生生物が冷静な声で語りかけてきた。春香は無意識に顔をしかめ、口を閉ざした。友人に話しかけられないように、わざと一人でいることが増え、少しずつ距離ができているのを感じていた。
「考えすぎって…そりゃ、あなたが私の体にいるんだから、考えざるを得ないわ」
寄生生物は微かに笑うような響きで、「そのうち慣れるさ」と言った。しかし、春香にとって、それは到底「慣れる」ものではなかった。彼女の中には、何か異質な存在が共存しているという不安が常にあった。
学校が終わり、家に帰る道すがら、春香は寄生生物にもう一度問いかけた。
「あなたは、一体何がしたいの?私と共にいる意味はあるの?」
すると寄生生物は少しの間黙り込み、やがて静かに答えた。「俺もそれが知りたい。ただ、ここにいる以上、お前と生きていくしかない。それが俺たちの『運命』だ」
「運命、か…」
春香は複雑な思いを抱えながら、その言葉に少しの安堵を感じる反面、寄生生物の存在そのものへの疑念が消えない。自分の体に存在する他者が「運命」と語ることが、彼女にとっては奇妙で受け入れがたいものだった。
その晩、寝床で春香は再び寄生生物に尋ねた。
「ねえ、本当に私を支配しないって言ったのは本当?」
「当たり前だ。お前がいなければ、俺も存在できない」
その言葉に春香は驚きを覚えた。「じゃあ、あなたも私を…守ろうとしているの?」
「そういう解釈もできるかもしれないな」
寄生生物の言葉が春香の中で響いた。彼女は自分が不気味な存在と共存しているのか、あるいはどこかで理解できる存在と一緒にいるのか分からなくなってきた。それでも、彼の言葉には、微かに人間らしさを感じた。
次の日、春香は意を決して、寄生生物に共存のためのルールを提案した。
「お互いに必要以上の干渉はしないで。もし何かしてほしいことがあれば、相談してからにして」
「了承した。お前のルールに従うよ」
その約束のもと、春香と寄生生物は一緒に生活を続けていくことを決めた。こうして彼らは、言葉にはしないが、互いに少しずつ歩み寄り始めていた。
しかし、それが真の「共存」かどうかは、まだわからなかった。春香の心の奥には、いつ襲ってくるかもしれない不安と、寄生生物に対する複雑な感情が渦巻いていた。
第三章:捕食者と被食者
春香は寄生生物と共に日常を過ごす中で、自分の街で異変が起きていることに気付き始めていた。近所や学校周辺で、奇妙な死体が見つかる事件が相次いでいた。死体はどれも不可解な状態で発見され、新聞やニュースでは「野生動物の襲撃」として報じられていたが、その説明には無理があった。
「ねえ、この事件、あなたには何か関係あるの?」ある夜、ニュースを見ていた春香は寄生生物に問いかけた。
「俺ではない。しかし…恐らく他の『同類』が関わっているだろう」
「同類?」
寄生生物はしばらく黙り込んだ後、静かに語り始めた。「俺と同じような寄生生物がこの街にも存在している。だが、彼らは共存を望むような存在ではない。むしろ、完全に宿主を支配し、利用し尽くすことしか考えていない」
その言葉を聞いた瞬間、春香の背筋に冷たいものが走った。彼女の中にいる寄生生物が「例外的」であり、他の寄生生物たちは人間を単なる「餌」としてしか見ていないのだとしたら、彼女の安全すら保証されないのではないかと感じた。
「じゃあ、私はどうなるの?もし他の寄生生物に見つかったら…」
「俺がお前を守る」
寄生生物のその言葉に、春香はわずかな安堵を感じた。しかし、その安心は長く続かなかった。ある日、学校からの帰り道、彼女は道の先に不審な人物を見つけた。男は春香の視線に気づくと、にやりと笑い、ゆっくりと彼女の方に近づいてきた。
「ねえ、そこの君、ちょっと話があるんだ」
春香は無意識に後ずさり、寄生生物に助けを求めるように内心で叫んだ。
「気をつけろ。あれも寄生生物だ」
寄生生物が警告する中、その男の瞳には人間らしさが欠け、冷酷な意志だけが浮かんでいた。男は春香に一歩一歩近づきながら、低い声でつぶやいた。
「お前、寄生されてるだろう?その寄生生物、渡してもらおうか」
男の言葉に春香は背筋が凍りつくのを感じた。まるで自分が狙われる獲物であるかのように、男は彼女の体を舐め回すように見つめていた。その視線に恐怖を感じ、春香は必死に逃げようとしたが、男の動きは異様に素早かった。
「くそっ、逃げられると思うなよ」
男が手を伸ばし、春香を捕えようとしたその瞬間、春香の右手が勝手に動いた。寄生生物が彼女の体を制御し、男に向かって鋭く拳を振りかざす。彼女の手が男の顔面に直撃し、男は驚いたように後退した。
「お前、なかなかやるじゃないか…だが、逃げ切れると思うなよ」
男は怯むどころか、さらに不気味な笑みを浮かべながら再び春香に迫ってきた。彼女の心臓は激しく鼓動し、恐怖と興奮が入り混じった感情に飲み込まれそうだった。自分が今、捕食者と被食者の関係にあるのだと実感した。
「俺がついている。お前は俺を信じろ」
寄生生物の声が春香の意識に染み込む。彼女はその言葉に頼るしかなく、必死に逃げ出した。寄生生物の指示に従い、狭い路地や曲がりくねった道を駆け抜け、何とか男の追跡を振り切った。
息を切らし、ようやく立ち止まると、寄生生物の声が再び聞こえてきた。
「お前は俺と共に生き延びる。だが、それは同時に俺を信じるということだ」
春香はゆっくりと頷いた。彼女にはもう、寄生生物の言葉を信じるしか道は残されていなかったのだ。捕食者と被食者の世界で生き抜くために、彼女は寄生生物との共存をより深く受け入れる覚悟を決めた。
第四章:進化の道
逃走の日々が続く中で、春香は次第に寄生生物との共存に慣れてきた。いや、それ以上に、自分が寄生生物と一体化しつつあるような感覚さえ覚え始めていた。最初はただ右手の中に存在しているだけだと思っていた寄生生物が、少しずつ彼女の意識や思考に影響を与えているのを感じていた。
「お前はもう少し戦う術を覚えるべきだ。次に奴らに遭遇した時、逃げるだけでは生き残れないかもしれない」
ある夜、寄生生物が冷静に言い放った。その言葉に、春香は少なからず恐怖を感じた。彼女はただ普通の高校生活を送りたかっただけで、戦いに身を置くつもりなど全くなかったのだ。しかし、現実はそれを許してくれない。
「私は、戦いたくないよ…でも、逃げるだけではダメなんだよね」
春香の心の中には、平穏な日常を取り戻したいという願いと、自分の中で目覚めつつある「闘争本能」の間で揺れ動く葛藤が渦巻いていた。寄生生物は彼女の心を見透かしたかのように、静かに言った。
「俺たちは進化する必要がある。俺たちが『共存』するためには、より強くなるしかない」
その言葉を聞き、春香は寄生生物と共に「進化」を目指すことを決意する。彼女は自らを守る術を身につけるため、寄生生物から指導を受け、肉体の操作や反射的な動きに至るまで、少しずつ鍛えていく。放課後の校庭や人気のない公園で、一人で影のように動きを繰り返し、次第に身体能力が向上していった。
ある日、寄生生物が不意に言った。
「お前の体がここまで柔軟に動けるとは予想外だな」
「私も驚いているよ。でも、こんなことをして、私はどこへ向かっているの?」
寄生生物は少し黙り込んだ後、慎重な口調で答えた。
「俺たちは未知の進化を辿っている。それがどこへ向かうのか、俺にも正確にはわからない。ただ、一つ言えるのは、お前と俺の存在が新しい『何か』を生み出しているということだ」
その言葉に、春香は少し戸惑いを覚えた。自分が変わっていくことへの恐怖と、同時に芽生える新しい力への期待。彼女は今、自分が単なる「人間」ではなくなりつつあるのではないかという不安を感じていた。しかし、退くわけにはいかなかった。彼女にはもう、戻る場所がないのだ。
そして、次に訪れたのは、またしても異様な遭遇だった。
春香が夜道を歩いていると、突然、背後から何者かの気配を感じた。振り返ると、そこには冷酷な目をした男が立っていた。彼はまるで獲物を見るかのように春香をじっと見つめ、言葉を発した。
「お前も、寄生されているんだな」
春香は無意識に身構えた。その瞬間、右手が再び寄生生物に操られ、春香の体が自然と戦闘態勢に入っていった。
「この男も『同類』か?」春香が寄生生物に問いかけると、返事はあまりにも冷静だった。
「そのようだ。しかし、奴は俺たちとは異なる。完全に寄生生物に支配されているようだ」
男は春香に襲いかかり、彼女は即座に体を反応させた。寄生生物の導きで、彼女は相手の攻撃をかわし、鋭いカウンターを放つ。男の動きはまるで機械のように無機質で、ただ殺意だけが感じられた。
激しい応酬が続く中、春香は次第に自分の中に湧き上がる力を感じた。それは恐れや憎しみとは異なる、「生き残るための本能」そのものだった。彼女はついに男を圧倒し、相手が逃げ出すのを見送った。
「…私は、ここまで強くなれるの?」
戦いの余韻に包まれた春香の問いに、寄生生物は静かに答えた。
「お前は進化している。俺たちの存在は、ただの共存ではなく、新しい生物としての進化の道を辿っているのかもしれない」
春香はその言葉に深く息をついた。彼女は今、自分が人間でありながら、人間でないものへと変わり始めているという事実を、初めて実感した。
自分が選んだこの「進化の道」の先に何が待っているのかはわからない。しかし、春香は寄生生物と共にその未知なる道を進む覚悟を決めた。
第五章:破滅の選択
春香と寄生生物が「進化の道」を辿り始めてから、さらに数週間が過ぎた。その間、彼女は次々と迫りくる寄生生物たちの襲撃を受け、激しい戦闘を繰り返してきた。最初はただ生き延びるために戦っていた春香だったが、次第に彼女は戦いそのものに魅了されつつある自分に気付き、恐怖を感じていた。
「私は、いったい何になろうとしているの…?」
寄生生物との一体感を感じながらも、彼女の心には常に不安が渦巻いていた。かつての自分が、どんどん遠ざかっていくような気がした。彼女が求めていたのは、ただ平穏な日常であったはずだ。しかし今やその願いは、戦いの中で徐々に薄れていった。
ある晩、寄生生物は彼女に問いかけた。
「お前は今も、平穏を望んでいるか?」
その問いは、まるで彼女の心の奥底を見透かすかのようだった。春香は少し黙り込んだ後、静かに答えた。
「…わからない。私はもう、普通の高校生には戻れない。平穏な日常も戻ってこない。でも…」
春香は口を噤み、考えた。しかし、答えが出る前に、ふいに部屋の窓が音もなく割れ、風が吹き込んできた。次の瞬間、彼女は視線の先に立つ一人の男を見つけた。冷たい眼差しで彼女を見つめるその男の姿に、春香は本能的に身構えた。
「ようやく見つけたよ、お前を」
男の声には、人間らしい温度が感じられない。その瞬間、春香は確信した。彼もまた、完全に寄生生物に支配された存在だと。
「お前が、他の奴らを倒してきたんだな?俺たちの『仲間』を」
男は冷笑を浮かべながら、ゆっくりと近づいてきた。彼の目には、春香を単なる「餌」として見る冷酷な光が宿っていた。
「お前と俺の違いは、ただの選択だ。俺たちは人間を支配し、利用するために生まれた存在だ。お前も同じだろう?」
その言葉に春香は反発を覚えた。確かに彼女は寄生生物と共存しているが、支配されているわけではない。だが、自分が完全に人間のままでいられるかどうかも、わからなくなっていた。
「お前が共存などと偽善を語るのは滑稽だな」と男は嘲笑した。「俺たちは捕食者であり、人間はただの餌に過ぎない。さあ、お前もその幻想を捨てて、俺たちの道を歩むんだ」
その挑発に、春香の心は揺れた。自分がどこまで「人間」であり続けられるのか、この存在と共に歩む中で、自らの意志が徐々に蝕まれていくのではないかという恐怖。そして、その恐怖の先には「破滅」の二文字が浮かんでいた。
「…私は、お前たちとは違う!」
春香は叫び、寄生生物と共に男に立ち向かう覚悟を決めた。自分を信じ、今この瞬間を生き抜くことだけに全力を尽くす。それが破滅への道であるとしても、彼女は自らの選択を後悔しないと心に誓った。
戦闘が始まると、男はまるで獣のようなスピードと力で攻撃を仕掛けてきた。春香は寄生生物の力を借り、次々とその攻撃を回避し、反撃の一撃を加えた。二人の戦いは激しさを増し、互いに傷つけ合う凄絶なものとなっていった。
そして、ついに決着の瞬間が訪れた。男が一瞬の隙を見せたその刹那、春香は全力で拳を振り抜き、男を打ち倒した。しかし、彼女はその場に倒れる男の姿を見つめながら、自分の中に湧き上がる虚無感に苛まれた。
「俺たちは、戦い続けるために存在しているのか?」
寄生生物の言葉が、春香の心に深く響いた。彼女はこれまでの戦いの果てに、ただ虚しさしか残らない自分に気付いた。人間でありながら人間でない自分、捕食者でありながらも捕食者でない存在。その矛盾が、春香の心を蝕み始めていた。
そして、彼女は自らの「破滅の選択」を意識した。もし、この道を進み続けるならば、彼女は人間としての心を失い、ただの「進化した存在」になり果てるのだろう。
「…でも、私は私であり続けたい」
春香は静かに呟き、寄生生物に問いかけた。「これが私の選択でいいんだよね?」
寄生生物はしばらく沈黙した後、春香の意志を尊重するかのように、「お前の選択だ」とだけ答えた。
彼女は自らの心がまだ人間であることを感じ取り、その瞬間だけは確かな安堵に包まれた。しかし、その先に待ち受ける未来がどれほど過酷であるかは、彼女自身が最もよく理解していた。
第六章:無垢の終焉
春香は、暗い夜道を一人で歩いていた。寄生生物との戦いの日々を重ねるうちに、彼女の心には静かな決意が芽生えていた。「共存」を選び、「人間」であり続けようと足掻きながら、戦う意味を問い続けてきた。しかし、彼女の体と心は次第に蝕まれ、自らの存在そのものに疑念が生じ始めていた。
「お前は、もう限界なのか?」
寄生生物が問いかける。その声には、いつもの冷静さとは異なる響きが混じっていた。まるで春香が心の内で決めようとしている「何か」を察しているかのようだった。
「私は、もうこれ以上戦いたくない。共に歩むのも辛いし、これ以上自分を失っていくのが怖い」
春香の言葉は、まるで自らに言い聞かせるように弱々しかった。彼女はもう「人間」としての自分を守り抜けるかどうかも分からなくなっていた。
「俺とお前は、一つの存在として進化していく道しかない。それが俺たちの運命だ」
寄生生物の声には、共に生きる覚悟が感じられたが、それはまた、春香にとっての「破滅」への道でもあった。彼女はもはや、自らの心が寄生生物の意志に侵されつつあることを、痛感していた。
ある晩、最後の決断をする日がやってきた。春香は自らの体が次第に寄生生物と一体化していくことを感じ取り、自分が人間でなくなっていく恐怖に飲み込まれていた。自分が「何者」であるのか分からなくなっていく、そんな感覚が彼女を蝕んでいた。
彼女は寄生生物に静かに告げた。
「…これ以上、私は変わりたくない。もしこのまま進化し続けたら、私はもう私じゃなくなる」
その言葉に、寄生生物は黙り込んだ。だが、しばらくして静かに言葉を紡ぎ出した。
「お前の意思を尊重しよう。お前が求める結末が、俺にとっても運命なのだから」
寄生生物の声には、穏やかな哀愁が漂っていた。それは、彼らが共に過ごしてきた時間の積み重ねが、何かの終わりを意味しているかのようだった。
春香は自らの体に眠る「進化」を止めるために、彼女と寄生生物が最後に共に戦った地へと戻った。冷たい夜風が吹き抜け、遠くに街の灯りが見える。その静寂の中で、彼女は寄生生物に語りかけた。
「これで、私たちは自由になるのかな?」
寄生生物は一瞬の沈黙の後、「ああ、そうかもしれない」と答えた。
そして、春香は意を決して、自らの右手を刃で貫いた。その瞬間、彼女の中にある寄生生物が断末魔の叫びを上げるかのように響いたが、彼は何も抵抗しなかった。春香の心には、どこか安らぎが訪れていた。自らが「無垢」だった頃に戻れはしないと知りつつも、今、自らの選択によって、その未来を閉じることができた。
彼女はゆっくりと地面に崩れ落ち、息絶えた。寄生生物もまた、その最後の瞬間を静かに受け入れ、彼女の心の中で消え去った。
こうして、春香の物語は幕を閉じた。人間であり続けたいと願った彼女は、自らの無垢を守るために破滅を選び、共に歩んできた寄生生物と共に消えていった。その夜空には、何も語らぬ星々が瞬いていた。
春香の存在が消え去った後も、寄生生物との戦いは続くのだろう。しかし、彼女の選択とその結末は、ただ一人の人間が最後まで「無垢」であろうとした証として、心に残るものだった。
おわり
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