AI小説・『オルフェウムの鏡』
第一章: 消えた招待状
高原に佇む豪華ホテル「オルフェウム・ロッジ」は、その歴史と格式の高さから、限られた人々にしか知られていない特別な場所だった。創業以来、多くの著名人や貴族が訪れたが、最近ではその名も次第に人々の記憶から薄れつつあった。
支配人の**篠宮新(しのみや あらた)**は、まだ三十代半ばながらその若さとは裏腹に、このホテルを復活させるため奮闘していた。彼は常に冷静沈着で、どんなトラブルにも動じない性格だったが、この日の出来事にはさすがに眉をひそめた。
ある朝、ホテルのフロントに届いた封筒は、どこか異様な雰囲気を纏っていた。金色の縁取りが施された重厚な紙に、繊細な筆跡でこう書かれていた。
差出人の名前はどこにも記されていない。それどころか、消印すら存在しない封筒だった。
「一体誰が送ってきたんだ……?」
新は不審に思いながらも、封筒の中身を詳しく調べる。すると、そこにはもう一枚の紙が入っており、
「このホテルを、最後の宴の舞台に選びました。準備を整え、迎え入れる準備をしてください」と記されていた。
最後の宴――その言葉は、新の胸に妙な不安と興味をもたらした。ホテルの再興を目指す彼にとって、これは絶好のチャンスでもあるかもしれない。
新はすぐさまホテルスタッフを集め、招待状の謎について話し合った。
「何か知っている者はいるか?」
だが、スタッフの誰一人として、この手紙について心当たりがある者はいなかった。ホテルの古株のベルボーイさえ首をかしげる。
「篠宮さん、ひょっとしてこれは……悪戯じゃないですかね?」
若手スタッフが半ば冗談交じりにそう口にしたが、新はその可能性を否定した。
「これほど手の込んだ悪戯をする理由があるとすれば、それ自体が謎だ。だが、何かが動き出しているのは間違いない。」
新は招待状を手がかりに調査を進めることを決意した。まずは、記されている「宴会場」が意味するものを明確にするため、ホテルの歴史を遡ることにした。
その夜、ホテルはどこかざわついていた。
新が古い資料を調べていると、突然フロントスタッフが駆け込んできた。
「支配人!奇妙なお客様がいらっしゃいました。『本日から滞在したい』とおっしゃっています。」
「どなたなんだ?」
「名乗りはありません。ただ、このホテルの『特別室』を希望されています。」
特別室――それはオルフェウム・ロッジでも最も格式が高く、滅多に使用されることのない部屋だった。新は胸騒ぎを覚えながらも、その客に直接会いに行くことを決めた。
フロントに現れたのは、細身で端整な顔立ちをした男性だった。彼は黒い帽子を深く被り、顔の表情は影に隠れていた。
「篠宮新支配人だね?」低く落ち着いた声が、ホテルの静けさを切り裂いた。
「あなたは……?」
男性は口元に微笑を浮かべながら、一枚の名刺を差し出した。そこにはこう書かれていた。
新が名刺に目を落とした瞬間、男性は後ずさりし、ひと言も言わずホテルの奥へと歩き去った。
新は急いで追いかけようとしたが、その姿はすでにどこにも見当たらなかった。
その夜、新は心を決めた。謎めいた招待状と突然現れた奇妙な客。
「この謎を解き明かさずして、ホテルの未来はない。」
そう確信しながら、彼は翌日の準備に取り掛かるのだった。
しかし、これがオルフェウム・ロッジを巡る混迷の幕開けであることを、新はまだ知らない――。
第二章: スーツケースの謎
翌朝、オルフェウム・ロッジのロビーは不穏な静けさに包まれていた。
昨夜の奇妙な訪問者の影響で、支配人の篠宮新(しのみや あらた)はほとんど眠れぬまま夜を過ごし、朝一番でホテル内の点検を始めていた。
新が点検を終えようとした矢先、清掃スタッフが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「支配人、大変です!303号室の宿泊者が……いなくなっています!」
「いなくなった?」
303号室は昨夜の奇妙な男が指定した部屋だった。
部屋へ急行した新がドアを開けると、中は整然と片付いていたが、明らかに宿泊の痕跡があった。
ベッドは使用された形跡があり、デスクの上にはコーヒーカップが一つ。だが、部屋には彼の姿はなく、唯一残されていたのは、壁際に置かれた一つのスーツケースだった。
新はスタッフを下がらせ、スーツケースを調べ始めた。
外観は何の変哲もない黒い旅行鞄だが、鍵はかかっていない。慎重に蓋を開けると、中から出てきたのは古びたノート、1本の赤いペン、そして分厚い封筒だった。
ノートには、乱雑な筆跡でこう書かれていた。
隠された部屋――その言葉に、新の頭にホテルに伝わる「幻の部屋」の伝説が浮かんだ。
「幻の部屋」とは、オルフェウム・ロッジに関するいくつかの逸話の中で語られる、実在が確認されていない謎の部屋だ。
ホテルの設計図には存在せず、だが確かにそこに通じる鍵があると囁かれてきた。
さらに、分厚い封筒を開けると、その中には一枚の古い地図が入っていた。
地図はオルフェウム・ロッジの全体図を描いたものだったが、中央部分が白く塗りつぶされており、そこに赤い文字でこう記されていた。
「目覚めの鍵……?」
新はますます困惑しながらも、この手がかりを元に調査を進める決意を固めた。
その日の午後、新はホテルの資料室を訪れた。そこには創業当時からの設計図や帳簿が保管されている。
しかし、いくら調べても「幻の部屋」に関する記録は見つからなかった。
ちょうどその時、ホテルの常連客である老画家、村井崇(むらい たかし)が資料室を訪れ、新に声をかけた。
「支配人、何かお困りですか?」
新は一瞬ためらったが、村井の穏やかな人柄を信じ、地図とノートを見せることにした。
村井は地図をじっと見つめ、驚いたように口を開いた。
「これとそっくりな地図を、私も昔見たことがありますよ。このホテルがまだ建設中だった頃にね。」
村井の話によれば、オルフェウム・ロッジには当初、特別な部屋が設計されていたが、建設中に何らかの理由で封鎖されたという。しかし、その詳細を知る者は、今ではもういない。
その夜、新はホテル内を巡回している最中、廊下の奥から人影を見かけた。
それは昨夜の奇妙な訪問者によく似た姿だった。新が声をかけようと近づくと、男は振り返らずに足早に歩き去り、闇に消えてしまった。
不安が募る中、新は改めて303号室を調べることにした。
スーツケースの中を再確認しようとしたが、驚いたことに、スーツケースそのものが消えていた。
「誰が持ち去ったんだ……?」
疑問を抱えながらも、新は幻の部屋の謎を解くための手がかりが、まだこのホテルのどこかに眠っていると確信するのだった。
謎は深まるばかりだったが、ホテルには新たな宿泊者たちが次々と到着していた。
それぞれの招待状を手にした彼らは、一様に何かを期待しているような様子だった。
だが、その期待が抱える意味を、新はまだ知る由もなかった――。
第三章: 奇術師と空白の地図
翌朝、オルフェウム・ロッジにはまた新たな訪問者が現れた。
その男は派手なスーツに身を包み、黒いシルクハットを軽やかに手に持ちながらフロントに立った。
「おや、このホテルは実に美しい。ここに宿泊できるとは、私の運命も捨てたものではない。」
彼は自信満々にそう言うと、篠宮新(しのみや あらた)の前に名刺を差し出した。
名刺にはこう書かれていた。
南条の挨拶はどこか軽妙で、言葉の端々に何かを含ませているようだった。
「支配人さん、あなたがこのホテルを切り盛りしている篠宮さんですか?」
「そうだが……南条さん、何かご用ですか?」
「実は、このホテルにまつわる面白い話を耳にしましてね。『幻の部屋』という言葉をご存知ですか?」
新はその言葉に反応を見せまいと努めたが、動揺を完全に隠すことはできなかった。
南条はその様子を見逃さず、にやりと笑った。
「ご安心ください。私はその部屋を探しに来たわけではありません。ただ、少々興味をそそられる話がありましてね。」
そう言うと、南条はシルクハットの中から折りたたまれた古びた地図を取り出した。
南条が持っていた地図は、新がスーツケースで発見したものとよく似ていた。
しかし、南条の地図には白く塗りつぶされた部分の周囲に、奇妙な記号がいくつも書き込まれていた。
「この記号、何かお分かりですか?」南条がそう問いかける。
新は一つの記号に目を留めた。それは、ホテルの大食堂のステンドグラスに描かれた意匠と酷似していた。
「これが食堂を示しているとすれば、ほかの記号もホテル内の場所を指しているのでは?」と、新は推測した。
南条は満足げに頷いた。
「さすが支配人、頭の回転が速い。実はこの地図、私が手に入れたのはずっと前のことですが、こうしてホテルに実際に訪れるのは初めてなのです。
さて、支配人、この地図をどうしますか?私と共同調査をするつもりはありますか?」
新は迷った。南条が信用に値する人物かどうか判断しかねていたが、地図を手掛かりに何か進展が得られる可能性も捨てがたかった。
「協力するとして、あなたは何を求めている?」
「真実ですよ。幻の部屋が本当に存在するのか、それともただの伝説なのか。それだけです。」
南条はそう答えたが、その口ぶりにはどこか含みがあった。
その日の午後、新と南条は地図を手掛かりに、記号が示す場所を順に調査していった。
食堂のステンドグラス、図書室の隠し棚、地下の古びた倉庫――それぞれの場所で、新たな小さな手掛かりを見つけた。
だが、地図の中央に描かれた空白部分についてのヒントは何も得られなかった。
夕方、新たな調査ポイントとして、地図の記号が示している可能性が高いと判断されたのは、ホテルの古い時計台だった。
二人が時計台に向かうと、そこにはすでに別の招待客がいた。
時計台にいたのは、実業家の**相良康彦(さがら やすひこ)**だった。
彼は地図を見つめる新と南条に目を向け、鋭い声で問いかけた。
「君たち、その地図をどこで手に入れたんだ?」
新は返答をためらったが、南条が軽快に答えた。
「これ?あちこちで拾った情報をまとめたものですよ。相良さんもこの場所に興味がおありですか?」
相良は少し戸惑いを見せた後、短く答えた。
「いや、ただの興味だ。」
しかし、新にはその言葉が嘘であることがわかった。相良の視線は地図の中央部分、白く塗りつぶされた部分に釘付けになっていたからだ。
その晩、新は独り資料室で考え込んでいた。
南条の協力、相良の執着、そしてスーツケースに残されたノートのメッセージ――
これらの要素が絡み合い、何か大きな陰謀がこのホテルを覆っているように感じられた。
幻の部屋は本当に存在するのか?
もしあるとすれば、それは何のために作られ、何を隠しているのか?
そして、誰がこの謎を仕掛けたのか――新の頭の中で疑問は尽きなかった。
深夜、彼は突然の物音で目を覚ました。
資料室の外から聞こえる足音。それは南条のものではなかった。
音を辿り廊下を進むと、薄暗い影が地下倉庫の方へと消えていくのが見えた。
新は迷わずその影を追いかけた。だが、そこで待ち受けていたものは、さらに謎を深めるものだった――地下倉庫の奥、かつて使われていなかった古い扉が、微かに開いていたのだ。
第四章: 鍵の裏切り
地下倉庫の奥で見つかった古い扉。その前に立つ篠宮新(しのみや あらた)は、緊張のあまり息を呑んだ。
ホテルの歴史において存在しないはずの扉が、どうしてここにあるのか。扉には頑丈な鍵がかかっており、開けるには特別な鍵が必要そうだった。
新は鍵の入手方法を考えつつ、扉の前から一旦退くことにした。だが、この扉の存在を知る者が他にもいるのではないかという疑念が胸をよぎる。
そして、その疑念はすぐに現実となった。
翌朝、朝食会場で南条司(なんじょう つかさ)に地下倉庫の扉のことを話すと、彼は興味深げに微笑んだ。
「ほう、それは面白い。では、その扉を開ける鍵を探さなければならないというわけですね?」
「だが、その鍵がどこにあるのか全く見当がつかない。」
新は率直に困惑を伝えた。
すると、南条は懐から小さなペンダントのようなものを取り出した。それは、昨夜見つけた扉の鍵穴の形と酷似しているように見えた。
「これがその鍵だと言ったら、どうします?」
新は驚愕の表情を隠せなかった。
「なぜそれを持っている?」
南条は軽く肩をすくめた。
「さあね。ただ、こういう興味深いものは自然と集まるものですよ。」
新は南条に協力を求めようとしたが、その直後、彼が他の招待客たちと密かに接触していることを知る。
特に実業家の相良康彦(さがら やすひこ)と何やら親しげに話している姿を目撃した新は、南条の意図を完全には信用できなくなっていた。
その夜、南条がいない隙を見計らい、新は彼の部屋に忍び込む。
部屋には奇術師らしい道具が散らばっており、その中に一つの手帳が置かれていた。新が中を確認すると、そこにはこのホテルの招待客たちに関する詳細な情報が記されていた。
さらに、手帳にはこう書かれていた。
南条の目的は「幻の部屋」そのものではなく、そこに隠された何かを得ることにあるのだと新は確信した。
だが、その「何か」が具体的に何であるかは書かれていなかった。
翌日、新は南条を問い詰めた。
「君の狙いは一体何だ?手帳を見たぞ。」
南条は一瞬驚いたようだったが、すぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべた。
「見ましたか。それなら話は早い。私は『幻の部屋』に隠された“遺産”を求めているだけです。」
「遺産?」
「このホテルが創業される際に、ある大富豪が全ての資産を投じて作り上げた部屋が存在したと聞いています。その部屋には、彼の残した莫大な財宝が眠っているのだとか。」
南条の語る「遺産」の話は荒唐無稽にも聞こえたが、彼がそれを信じていることだけは確かだった。
新は南条に鍵を渡すよう求めたが、彼は笑いながら首を振った。
「協力する気がないなら、この話はここでおしまいです。」
その夜、南条は突如としてホテルから姿を消した。
彼の部屋はきれいに片付けられており、鍵も手帳も残されていなかった。
新は彼が「幻の部屋」に向かったのではないかと推測し、地下倉庫へ急行した。
倉庫に着いた新は驚愕した。昨夜は堅く閉ざされていた扉が、わずかに開いていたのだ。
慎重に中を覗き込むと、そこには一筋の薄暗い廊下が続いていた。
新は勇気を振り絞り、その廊下を進むことを決意した。
廊下の先で新が見つけたのは、広大な空間だった。
部屋の中央には、何かを守るように配置された古びた家具と、中央に鎮座する大きな金庫。
だが、その場には南条の姿はなく、代わりに金庫の前に立つ相良康彦の姿があった。
相良は振り返り、新に鋭い視線を向けた。
「支配人、君もここへ来たか。だが、この部屋は私のものだ。」
相良は懐から拳銃を取り出し、新に向けた。
「ここで見たことは全て忘れろ。さもないと――」
新は絶体絶命の危機に陥るが、その時、突然部屋の奥から物音がした。
相良が振り向いた隙をついて、新は必死でその場を逃れる。
廊下を抜け、倉庫の外に出た新は深く息を吐いた。
だが、その後ろで扉が重く閉ざされる音が響き、再び鍵がかけられる音が聞こえた。
振り返った新の目に映ったのは、再び消えた扉と、誰もいない暗闇だった。
南条の裏切り、相良の執着、幻の部屋の存在――
全ての謎がさらに深まり、新の胸に強い不安がよぎった。
「このホテルに一体何が隠されているんだ……?」
新は手がかりを探し続けることを誓い、再び調査を進めるのだった。
第五章: 隠された部屋
深夜、篠宮新(しのみや あらた)はホテルの静寂の中、幻の部屋の謎を解くため、一人資料室で手掛かりを探していた。
南条司(なんじょう つかさ)の突然の失踪と相良康彦(さがら やすひこ)の執着――二人の行動に潜む意図がわからず、新は焦燥感を募らせていた。
そんな中、資料室の奥から偶然古びたノートを見つけた。それはオルフェウム・ロッジの創業当時に使われていた記録簿で、ボロボロになった表紙にはこう書かれていた。
新はノートを開き、興味深げにページをめくった。その内容は、建設中のホテルに関する設計図や日々の記録、そして最後の数ページには奇妙な詩のような文が記されていた。
新はこの詩が隠された部屋への手掛かりだと確信した。そして「時の止まる場所」とは、ホテル内の長らく動いていない古い時計台を指しているに違いないと考えた。
翌朝、新は再び時計台へ向かった。
だがその途中、大食堂で老画家の村井崇(むらい たかし)に呼び止められた。村井は興奮した様子で語り始めた。
「支配人、私も幻の部屋について聞いたことがありますよ。かつてこのホテルを訪れた大富豪が、自らの最後の隠れ家として設計したとか。」
「その大富豪は、部屋に何を隠したんです?」
村井は一瞬言葉に詰まった後、小声で答えた。
「財宝ではありません。彼が隠したのは“真実”です。そして、その真実はきっと、多くの人が知るべきものではない……。」
村井の言葉が何を意味するのか分からないまま、新は時計台へと足を進めた。
時計台は埃と古びた機械の匂いに満ちていた。長年使われていない大時計の針は止まったままだったが、詩の「時の止まる場所」という一節が頭をよぎる。
新は機械を調べ、壁の裏に隠された小さな鍵穴を発見した。
「これだ……!」
しかし、鍵は手元にない。新は一度撤退を余儀なくされた。
その夜、招待客の一人である作家の**浅井奈々美(あさい ななみ)**が新に接触してきた。彼女は「幻の部屋」に強い興味を抱いており、こう切り出した。
「支配人、このホテルには秘密があるんでしょう?その秘密がどんな物語なのか、私は知りたい。」
「あなたも幻の部屋を探しているのか?」
「いいえ、私は部屋そのものではなく、その背後に隠された真実が気になるだけ。私が持っている情報と引き換えに、あなたが知っていることを教えてくれる?」
新は少し考えた後、浅井の情報を聞くことにした。彼女は、南条がホテルに到着する前から幻の部屋について調査を進めていたこと、そして彼がその鍵を手に入れるために他の招待客たちを利用していた可能性を示唆した。
翌日、新は再び地下倉庫へ向かった。そこにはすでに相良が待ち構えていた。
「支配人、ここまで来るとは驚きだ。だが、君はこの先に進むべきではない。」
相良は冷たい目でそう言うと、懐から拳銃を取り出した。
「幻の部屋は私が手に入れる。このホテルの未来などどうでもいい。」
新は必死で相良を説得しようとしたが、突然背後から聞き慣れた声が響いた。
「止まれ、相良さん。」
振り返ると、そこには南条が立っていた。彼は手に鍵を持ち、不敵な笑みを浮かべていた。
「相良さん、君一人でこの部屋に入るつもりか?それはいただけないな。」
南条が鍵を扉に差し込むと、重い音を立てて扉が開いた。
扉の向こうには、豪奢な装飾が施された広間が広がっていた。
中央には巨大な金庫が鎮座しており、その表面には奇妙な彫刻が刻まれていた。南条は金庫に近づきながらこう言った。
「これだ……これこそが幻の部屋の核心だ。」
だが、金庫を開けようとしたその時、部屋全体が突然振動を始めた。彫刻が動き出し、壁には鮮やかな光の紋様が浮かび上がった。
相良が動揺して叫ぶ。
「何が起こっているんだ!?」
南条は冷静だったが、その瞳には僅かな恐怖が宿っていた。
「これは警告だ。この部屋に不純な目的で入った者は、報いを受ける。」
その言葉通り、金庫の周囲の床が崩れ始めた。新は咄嗟に南条を引き離し、相良と共に廊下へ逃げ戻った。
背後で幻の部屋が崩壊する音が響き渡り、全てが闇に飲み込まれていった。
廊下に倒れ込んだ新は、激しい息切れを抑えながら周囲を見渡した。
南条と相良も無事だったが、幻の部屋の中で何が隠されていたのかを知る術は、もはや失われてしまった。
「幻の部屋……真実とは何だったんだ?」
新の問いに、南条は静かに答えた。
「それは、おそらく誰も知るべきではなかった真実だろう。だからこそ、このホテルはそれを隠し続けたのさ。」
崩壊した部屋の入り口は完全に閉ざされ、もはや誰もそこに足を踏み入れることはできなかった――。
第六章: 最後の晩餐
幻の部屋が崩壊し、その扉が二度と開かれることはなかった。
篠宮新(しのみや あらた)は、疲れ果てた体を引きずるようにして自室に戻った。だが、胸の中にはまだ消えない疑問が渦巻いていた。
幻の部屋に隠されていた「真実」とは何だったのか――。
それを知るために招かれたはずの自分が、最終的には何一つ解き明かすことができなかったという無力感が、新を苛んでいた。
翌朝、新はホテルのラウンジに招待客たちを集めることにした。
南条司(なんじょう つかさ)、相良康彦(さがら やすひこ)、老画家の村井崇(むらい たかし)、作家の浅井奈々美(あさい ななみ)――彼ら全員が一堂に会した場で、新は口を開いた。
「皆さん、昨夜の出来事についてお話しします。幻の部屋は崩壊し、その中に隠されていたものは今や取り出せません。」
南条は冷ややかな視線を向けながら答えた。
「つまり、全てが無駄だったと?」
「いいえ。」新はきっぱりと否定した。
「幻の部屋は、このホテルが隠そうとした何かを守るために存在していた。だが、それを暴こうとした私たちは、結局その真実に到達することはできなかった。それは、この部屋が我々を拒んだからだと思います。」
浅井は興味深げに頷いた。
「つまり、幻の部屋の真実は“知るべきではないもの”だったということですか?」
「その可能性が高い。」
新は苦々しくそう答えた。
その日の夜、ホテルの大広間で「最後の晩餐」が開かれることになった。
新が全員を招待したこの晩餐は、これまでの出来事を締めくくる象徴的な場として計画されたものだった。
豪華な料理が並べられ、重厚なシャンデリアが輝く中、客たちはそれぞれの思いを胸に静かに席に着いた。
乾杯の後、村井が口を開いた。
「このホテルは、何か大切なものを守ろうとしていた。それが私にはわかる。」
相良は鼻で笑いながら答えた。
「結局、守るものなどなかったのではないか?ただの古い伝説に振り回されただけだ。」
浅井が鋭い目で相良を見つめる。
「相良さん、あなたは“何か”を手に入れようとしていた。それが何かはわかりませんが、それがこのホテルの真実を汚したのでは?」
南条はグラスを傾けながら、静かに言った。
「いずれにせよ、私たちは真実には届かなかった。ただし、私には一つだけわかったことがある。このホテルに集められた我々全員、何かしら罪を抱えているということだ。」
南条の言葉に、新の胸がざわついた。
そういえば、招待客たちはそれぞれに隠し事を抱えたような人物ばかりだった。そして、自分自身もまた――。
新はふと、幻の部屋で見つけた金庫を思い出した。その表面には彫刻が刻まれていたが、実はそれが一つの文章を形作っていたことに気づく。
それはこう書かれていた。
幻の部屋が守ろうとしたのは、真実そのものではなく、人々の欲望が暴かれることだったのではないか――。
新はそう確信したが、それを口にすることはしなかった。
晩餐の終盤、広間の中央にあった時計が鳴り始めた。それは長年停止していたホテルの大時計で、今夜初めて時を刻み始めたのだ。
その音を聞きながら、村井が静かに言った。
「これが、このホテルの答えなのかもしれない。」
最後の晩餐が終わると、招待客たちは一人、また一人とホテルを後にしていった。
南条は去り際に新へと近づき、耳元で囁いた。
「支配人、あなたは幻の部屋の真実を知るべきではない人間の一人だったということですよ。覚えておきなさい。」
新はその言葉に答えることができなかった。ただ、ホテルの入口に立ち尽くし、去っていく人々を見送るだけだった。
エピローグ: 消えたホテル
数年後、オルフェウム・ロッジは突如閉鎖された。理由は一切公表されず、ホテルは「幻の部屋」という都市伝説の中にその名を残すのみとなった。
篠宮新もまた、ホテルの消失とともに姿を消した。
人々の記憶の中で語られるのは、ただ一つ――
「オルフェウム・ロッジには幻の部屋があり、そこには誰も知るべきでない真実が隠されていた。」
その真実を知る者は、今や誰もいない――。
おわり
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