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AI小説・『光の代償』


第1章: ブリーフケース

東京・神田。薄暗い街灯が灯る中、古びたダイナー「サニーサイドカフェ」は夜も営業していた。店内は小さなグループ客がポツリポツリいるだけで、静かなジャズが流れる穏やかな雰囲気だ。その奥のボックス席に、中年の男・仁志(にし)と若い男・誠(まこと)が座っている。

仁志は銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、流暢に話している。「なぁ、誠。クリスマスケーキってなんでそんなに人気なんだと思う?」
誠は、目の前の食べかけのハンバーガーを見下ろしながら、眉をひそめる。「は? なんでそんな話するんすか、いきなり。」
「いいから答えろよ。考えたことあるだろ?」仁志はにやりと笑う。
「んー……まぁ、女の子が好きそうだからとか? あと、特別感があるからとか。」
「お前、バカだなぁ。」仁志は呆れたように笑い、コーヒーを一口飲む。「特別感なんてのは、誰かがそう思わせてるだけだよ。つまり、商売だ。金を動かすための仕掛けだってことさ。」
誠はあきれた顔で、ポテトを一つ口に運ぶ。「で、なんの話っすか、それ。」

仁志はテーブルの下に置いてあった黒いブリーフケースを持ち上げ、静かにテーブルの上に置いた。その動作に誠の表情がこわばる。
「これだよ、特別感の正体ってのは。」仁志は指でケースの表面を軽く叩きながら言った。

「それ……中に何が入ってるんすか?」
「お前は知る必要ない。だが、これを手に入れた奴はみんなこう言うよ――『これが全てを変える』ってな。」
「……ヤバいもんなんですか?」誠の声が少し震えている。
「それもお前が知る必要はない。ただ、このケースを今夜安全に届ければ、俺たちは大金持ちだ。」仁志の目が鋭く光る。「だが、簡単な仕事じゃない。お前、本当に覚悟はできてるのか?」

沈黙が流れる。誠はテーブルに置かれたケースを見つめながら、考え込む。ジャズの音楽が耳障りなほど静けさを際立たせていた。やがて、誠はゆっくりと頷く。
「……やります。でも、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかは、俺たち次第だ。」仁志は立ち上がり、誠に微笑んだ。「よし、行くぞ。」

二人がダイナーを出ると、夜の冷たい空気が肌にしみる。仁志はブリーフケースをしっかりと握りしめ、誠に小声で指示を出す。
「次の角を曲がったら、まずはアジトに向かう。その後、取引だ。道中は気を抜くな。」

街の喧騒を背に、二人の影が闇に溶け込んでいく。その時、ダイナーの窓越しに彼らを見つめる不穏な視線があったことに、二人はまだ気づいていなかった。

第2章: 債務と報復

湊(みなと)は狭いアパートの一室で、古びた机に向かってペンを走らせていた。漫画家としての夢を追いかけ、夜通し原稿に向き合っている。だが、現実は非情だった。
「連載には至りませんでした。またのご投稿をお待ちしております。」
出版社からの定型文メールが、スマホの画面に無機質に並ぶ。生活は限界に達していた。家賃の滞納、食費の削減、電気代の支払いも遅れている。だが、それらはまだ甘い問題だ。今、湊を追い詰めているのは、闇金の債務だった。

「湊さん、いるんだろ?」
ドアを叩く音と共に、外から低い男の声が響く。湊は机の下に隠れ、息を殺した。しかし、ドアが力ずくで開けられ、数人の男たちが土足で部屋に踏み込んできた。
「……藤原(ふじわら)さんが待ってるぞ。」男たちは湊を引きずり出し、無理やり立たせる。


湊が連れて行かれたのは、新宿の雑居ビルの地下にある小さなオフィスだった。薄暗い照明と、壁に飾られた高価そうな掛け軸が異様な雰囲気を醸し出している。
そこにいたのは、ヤクザのボス・藤原だ。スーツ姿に整えられた髪、そして冷たい眼差しが彼の権力を物語っている。
「湊くん、期限を守らないのは良くないなぁ。」藤原は微笑みながら言った。その穏やかな口調がかえって恐ろしい。
「……すみません。でも、もう少し待ってください。次の原稿が通れば――」
「次? 次があると思ってるのか?」藤原は笑いを抑えきれないように声を出す。「君みたいな連中を何人も見てきたが、結果は同じだ。払えないなら――」

藤原は部下に目配せすると、湊の前に黒いブリーフケースが置かれた。藤原が手をかけて開けると、中には光沢のある金属製の器具が並んでいた。それは拷問用の道具のように見える。
「右手か、左手か。選べ。」
湊は恐怖で膝が崩れ、倒れ込む。「……やめてください……お願いします!」

その瞬間、何かが弾けた。湊は目の前にあった金属製の灰皿を掴み、藤原の部下の頭に振り下ろした。部下が倒れる隙に、湊はデスクにあった拳銃を奪い取り、部屋を飛び出した。


新宿のネオン街を全力で駆け抜ける湊。心臓が破裂しそうなくらい鼓動が速い。振り返ると、藤原の部下たちが怒鳴り声を上げながら追ってきている。
湊は無意識に拳銃を握りしめたまま、恋人・沙希(さき)のアパートに向かって走る。今の自分を信じて助けてくれるのは、彼女しかいない。

やがて、湊はようやく沙希のアパートにたどり着く。荒い息をつきながらドアを叩くと、中から沙希が現れる。
「湊……どうしたの、その血……?」
「説明は後だ……。これ、頼む。」湊は黒いブリーフケースを沙希に押し付ける。沙希は困惑しながらも、それを受け取る。
「何これ? 中に何が入ってるの?」
「分からない……けど、これを持って逃げてくれ。俺が時間を稼ぐ。」湊の目は恐怖に揺れながらも、どこか覚悟が宿っている。

その時、アパートの廊下から足音が近づいてくる。湊は沙希を部屋の奥に押しやり、自分はドアの前に立つ。
「湊、やめて……!」沙希が泣き叫ぶ声を背に、湊は拳銃を構えた。

廊下の奥から現れたのは、藤原の部下たちだった。
「湊、そこをどけ!」
湊は引き金を引いた。銃声が響く。混乱の中、沙希は涙を流しながらブリーフケースを抱え、アパートの裏口から逃げ出した。

夜の新宿に響くサイレンの音。湊の運命は、もはや語られることはない。沙希はただ、彼の言葉を信じて走り続ける――このブリーフケースを守るために。

第3章: 殺し屋の哲学

新宿の繁華街。ネオンが煌めき、夜はまだ眠らない。裏通りの静けさを破るように、黒い高級車が路肩に停まった。運転席から降りてきたのは、黒いスーツに身を包んだ男、雅人(まさと)。彼の後ろから、少し乱暴な仕草でドアを開けたのは、金髪の若い男、純也(じゅんや)だった。

「ったく、毎回毎回こんな汚い場所での仕事ばっかりだな。」純也がタバコに火をつけながら、吐き捨てるように言う。
「仕事は選べない。選べる立場にいないのが俺たちだ。」雅人はポケットから手帳を取り出し、任務の内容を再確認する。
「ブリーフケースを回収して持ち帰るだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」

「簡単な話じゃん。でも、相手があの湊とかいう逃げ足だけは速い奴だろ?」純也はニヤリと笑い、拳銃の装填を確認する。「派手にやらせてもらうぜ。」
「お前には任せない。余計な殺しは避けろ。」雅人の声には冷たさが滲んでいた。


二人は湊が潜伏しているとされる雑居ビルに入った。階段を上るたびに、重苦しい緊張感が増していく。雅人は周囲を注意深く見回し、純也は銃を片手に構えたまま、笑みを浮かべている。

「哲学とか言って、どうせまた説教するんだろ?」純也が突然、興味なさげに話しかける。
「説教じゃない。ただの考えだ。」雅人は淡々と答えた。
「考えねぇな、俺は。殺すか殺されるか、それだけだろ。」
「お前のやり方は乱暴だ。いつか取り返しがつかなくなる。」
「いいじゃん、どうせ俺らみたいな奴ら、長生きしねぇんだから。」純也は嘲笑うように肩をすくめる。

その時、二人の前にドアが現れる。湊が隠れているとされる部屋だ。雅人は手を挙げて、静かに進むよう指示を出す。


ドアを開けた瞬間、銃声が轟いた。湊が隅に隠れて待ち伏せていたのだ。雅人はとっさに身をかわし、純也は即座に応戦した。
「やるじゃねぇか!」純也は笑いながら撃ち返すが、湊は巧みに身を隠しながら反撃する。狭い室内での銃撃戦は、一瞬たりとも気を抜けない緊張感を生む。

雅人は湊の動きを冷静に観察しながら、机の裏に隠れている彼に向かって声をかける。
「湊、お前がやっていることは無駄だ。そのケースを渡せば、命だけは助かる。」
「ふざけるな!」湊の声は恐怖と怒りに震えている。「こんな世界で生きていたくなんかない!」

その瞬間、純也が横から回り込み、湊の背後を取る。
「はい、終わりだ。」純也が銃を構えたその時、雅人が叫んだ。「やめろ!」
しかし、純也は構わず引き金を引いた。湊は胸を撃たれ、ゆっくりと崩れ落ちた。


部屋の静寂が戻る中、純也は不満げに雅人を睨む。「なんだよ、今の。やるしかなかっただろ?」
「殺す必要はなかった。俺たちはただ、ケースを回収するだけだ。」雅人は険しい表情で答えた。
「は? 生意気に反抗してた奴を生かしておけってのか? 無理だろ。」純也は肩をすくめながら、湊の遺体からブリーフケースを回収する。

その時、湊の最期の声が頭に響いた。
「……沙希、逃げろ……」

雅人はブリーフケースを見つめながら、微かに眉をひそめた。
「これで終わりじゃない気がするな。」
純也は笑みを浮かべながら答える。「俺らの仕事に終わりなんてねぇよ。」

ビルを出た二人の背後で、新宿の夜が再び喧騒に包まれていく。だが、雅人の胸には得体の知れない不安が広がっていた。

第4章: 沙希の逃亡

新宿のネオン街。人々の笑い声や音楽が響く中、一人の女性が震えた足取りで雑踏を歩いていた。沙希(さき)は胸に抱えた黒いブリーフケースをしっかりと抱きしめ、周囲を警戒しながら進んでいた。湊の最後の言葉が頭を離れない。

「逃げろ……」

彼の血の匂いが、まだ鼻の奥に残っている。恐怖と悲しみで頭が混乱し、呼吸さえうまくできない。だが、止まってはいけない。彼女は唯一信頼できる存在――幼馴染の篤史(あつし)が経営する渋谷のクラブ「ノクターン」に向かっていた。


「沙希……どうしたんだ、その格好?」
クラブのバックヤードで、篤史は驚きと心配の入り混じった表情を浮かべていた。沙希の服は血に染まり、その手には例のブリーフケースがしっかりと握られている。
「お願い、匿って……少しの間でいいから……」沙希の声は震えていた。
篤史は短くため息をつき、彼女を小さなソファに座らせる。「分かった。だけど何があったのか教えてくれないと、俺もどうしていいか分からない。」

沙希は目を伏せながら、断片的に話し始める。湊が命を賭けて逃がしてくれたこと、そして藤原とその部下たちがこのケースを狙っていること――彼女自身も中身は分からないが、それが危険なものであることは間違いない。

「篤史、これ……湊の遺志なの。どうしても守らないと。」
篤史は眉をひそめ、ケースを見つめた。「中身を確認したのか?」
「まだ……怖くて開けられない。」


その時、クラブの外で異変が起きた。黒いスーツ姿の男たちが次々と店内に入ってくる。藤原の部下たちだ。篤史はカメラ越しにその様子を見て、低い声で呟いた。
「来たか……」
彼は沙希に目配せし、隠し扉を開ける。「この裏口から逃げろ。俺が時間を稼ぐ。」
「でも、篤史――」
「いいから行け!」篤史は強く言い切る。「ここで死なせたら、湊に顔向けできない。」

沙希は泣きそうな表情で頷き、ブリーフケースを抱えながら裏口へ向かう。その瞬間、篤史は懐から拳銃を取り出し、入り口の方へ向かっていった。


篤史は躊躇することなく藤原の部下たちと対峙した。銃声が響き、店内の照明が不規則に点滅する。クラブの喧騒は一瞬にして沈黙し、逃げ惑う客たちの声だけが響く。
「篤史、お前もこれ以上首を突っ込むな。命が惜しければな。」藤原の部下の一人が言い放つ。
「沙希を傷つける奴は許さない。それだけだ。」篤史の瞳には覚悟が宿っていた。

激しい銃撃戦の中、篤史は次々と相手を倒していくが、数の差は圧倒的だった。やがて篤史は膝をつき、力尽きる。最後の一瞬、彼は微笑みながら呟いた。「沙希……逃げろよ。」


裏通りを駆け抜ける沙希。篤史が時間を稼いでくれたおかげで、彼女はなんとか藤原の部下たちを振り切ることができた。だが、孤独と絶望感が胸を締め付ける。
「湊……篤史……」沙希の頬に涙が伝う。だが、彼女は足を止めるわけにはいかない。

その時、ブリーフケースの重みを改めて感じた。中身は何なのか。これほど多くの人を巻き込み、命を奪うものとは一体――。
「こんなもの、捨ててしまおうか……」一瞬、そんな考えが頭をよぎる。だが、湊の言葉を思い出し、力強く首を振る。「私は逃げるだけじゃない。守り抜く。」

沙希は闇夜に溶け込み、次の逃亡先を探し始める。新宿のネオンが背後で揺れる中、彼女の手の中でブリーフケースが妙に温かく感じられた。

第5章: ダイナーに戻る

東京・神田。夜明け前の静まり返った街に、沙希(さき)の足音が響いていた。疲労で足は震え、頭は混乱している。それでも、彼女は逃げ続けていた。
黒いブリーフケースを抱えながら、たどり着いたのは、かつて湊と一緒に来たことがある小さなダイナー「サニーサイドカフェ」。薄暗い明かりの中、店内に客の姿はない。
「ここなら……少し休めるかも……」沙希は弱々しく呟き、扉を押し開けた。


店内に入ると、カウンターの奥から視線を感じた。そこにいたのは、仁志(にし)と誠(まこと)。彼らは落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいたが、沙希の姿を認めた瞬間、微かに表情を変えた。
「おやおや、お嬢さん。こんな時間にどうしたんだい?」仁志がにやりと笑いながら声をかける。
「……あ、あなたたちは……」沙希の心臓が跳ね上がる。湊から聞いていた名前だ。彼らも藤原の一味であることは間違いない。

「ずいぶん疲れているようだな。そのブリーフケースを抱えて、どこまで逃げてきたんだ?」仁志の声にはどこか余裕がある。
「……知らない……放っておいて……」沙希は後ずさりし、ブリーフケースをさらに強く抱きしめる。

誠が不安そうな表情で仁志を見た。「兄貴、この子、もしかして――」
「ああ、間違いない。」仁志は立ち上がり、沙希に一歩近づく。「お嬢さん、そのケース、俺たちが預かるよ。大事なものだからね。」
「渡さない!」沙希は叫び、後ろに下がる。しかし、店の出口には仁志の部下たちが立っていた。逃げ場はない。


その時、店の外から勢いよくドアが開いた。入ってきたのは、殺し屋コンビの雅人(まさと)と純也(じゅんや)だった。
「見つけたぞ。随分と手間をかけさせやがって。」純也が銃を構え、冷笑を浮かべる。
「おいおい、仁志さんもいたのか。ずいぶん賑やかな夜だな。」雅人は落ち着いた口調で言いながらも、目は鋭い。

店内は一瞬にして緊張が走る。仁志と雅人が互いに睨み合い、誠と純也は拳銃を取り出し構え合う。沙希は状況の展開についていけず、ただ震えるばかりだった。

「そのケース、俺たちが回収する。指示はそうなってる。」雅人が静かに告げる。
「そう簡単にはいかないさ。」仁志は不敵に笑い、ケースを指差した。「俺たちの方が先に見つけたんでね。ここは公平に話し合おうじゃないか。」

その瞬間、純也が苛立ったように引き金を引き、天井に一発銃弾を放った。「話し合いなんて必要ねぇだろ!」


銃声を合図に、店内は混乱に包まれた。互いに銃を突きつけ合う中、沙希は反射的にブリーフケースを開こうとした。
「やめろ!」雅人が叫ぶが、沙希は震える手でケースのロックを解除する。

中にあったのは、藤原の裏金を記した帳簿と、何か奇妙な光を放つ物体だった。光に照らされた瞬間、全員が一瞬言葉を失う。
「……これが……何なんだ……?」仁志が呟く。

その物体は説明のつかない異様な存在感を放ち、誰もが見た瞬間に恐怖と魅了を同時に感じた。雅人はケースを閉じ、静かに言った。「これ以上ここにいるのは危険だ。お前たち全員、俺に従え。」

「ふざけんな! 俺たちが先だ!」純也が銃を再び向けた瞬間、雅人は彼を制止しようとしたが――その瞬間、沙希がケースを抱え、再び店から逃げ出した。


沙希の背中越しに、ダイナーでの混乱が遠ざかっていく。涙が頬を伝いながらも、彼女は足を止めなかった。湊と篤史の犠牲を無駄にしないためにも、このケースを守らなければならない。だが、心の奥底では恐れていた。このケースの中身は、いずれすべてを壊してしまうのではないか――。

朝焼けが近づく新宿の街。沙希は闇夜を駆け抜けながら、新たな逃亡先を探し続ける。

第6章: 終わりの始まり

東京の夜明け。街が白んでいく中、沙希(さき)は限界を超えた体を引きずりながら、路地裏を歩いていた。
「湊……篤史……もう……どうすれば……」
黒いブリーフケースを抱えた腕には力が入らず、歩くたびにケースが体にぶつかる。それでも、手放すことだけはしなかった。湊が命を懸けて託したもの――その重みが、沙希を動かしていた。


遠くからエンジン音が近づいてくる。それは、仁志(にし)と誠(まこと)、さらに雅人(まさと)と純也(じゅんや)が追跡してきたものだった。四人は別々の動機でケースを追っていたが、目的が一致する以上、一時的な共闘を選んだ。
「お嬢さんもここまでだな。」純也が車の窓から顔を出し、笑みを浮かべた。

沙希は疲れ果てた体に鞭打ち、最後の力を振り絞って走る。だが、彼女が飛び込んだ先は行き止まりの広場だった。
後ろから迫る男たちの足音が止まる。沙希は振り返り、黒いスーツの男たちを睨みつけた。

「終わりだ、沙希ちゃん。そのケースを渡してもらおう。」仁志がゆっくりと近づく。
「……渡さない……!」沙希は震える声で叫んだが、背後にあるのは冷たい壁だけだった。


「もういい。時間の無駄だ。」雅人が短く言い、沙希に向けて銃を構える。その瞬間、沙希は再びケースを開けた。中から現れたのは、帳簿と例の奇妙な光を放つ物体。光が広場全体を照らし出す。

「なんだこれは……!」純也が目を細め、光を直視できずに叫ぶ。
「こんなもの……一体何のために……」誠は怯えた声で呟く。

光は全員の顔を照らし、奇妙な幻覚のような映像を脳裏に映し出した。藤原の組織の全ての秘密、膨大な裏金の流れ、そして、それに巻き込まれて命を落とした人々の姿――。
仁志は足を震わせながら呟く。「これは……俺たちが追っていたものの代償か……」

雅人は静かにケースの蓋を閉じ、冷たく言い放つ。「これ以上、このケースを追うべきじゃない。これは誰も手にしてはいけないものだ。」
「ふざけるな!」純也は激昂し、再び銃を構える。「こんなもんで終わらせられるか! 全部俺が手に入れる!」


その瞬間、銃声が響いた。雅人が迷うことなく純也を撃ったのだ。純也は驚愕の表情を浮かべ、地面に崩れ落ちる。
「お前のやり方は、もう限界だ。」雅人の声には悲しみが滲んでいた。

一方、沙希はケースを握りしめ、再び走り出そうとする。だが、仁志が彼女を追い詰め、腕を掴んだ。
「お嬢さん、このケースはもうお前のものじゃない――」
だが、その時、沙希は信じられない力で仁志を振り払い、叫んだ。
「こんなもの、全部消えてしまえばいい……!」

沙希はケースを持ち上げ、そのまま近くの高架下へと投げ込んだ。ケースは地面に激突し、粉々に壊れる。光の物体が弾け、広場全体を白い光が包み込む。


気が付くと、沙希は一人、朝焼けの街を歩いていた。ケースも光も、そして追ってきた男たちも全て消えていた。夢のような感覚に包まれながら、彼女は静かに涙を流した。
「湊……篤史……これで……良かったのかな……」

遠くで街が目覚める音がする。沙希の手にはもう何も残っていなかった。ただ、朝焼けに染まる空が、少しだけ彼女を優しく包んでいるように見えた。

どこかで、新たな追跡が始まる音が聞こえるような気がした。だが、それはもう沙希には関係のない世界だ。

物語は静かに幕を閉じた。

おわり

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