君とMy Hair is Badのライブに行ったら、全部わかってしまったんだ
※この記事は、純猥談nextA面に掲載済みの投稿を再編集したものとなります。
音楽ってやつは、最高だ。
どんなに仕事で理不尽なことをされても、好きな男にありえないふられ方をしても、音楽を聴いて大号泣すれば途端に映画のワンシーンみたいになる。もしも映画のエンドロールに音楽がなかったら、その話がどんなに面白くても、〆の弱さにがっかりして怒っちゃう人までいるかもしれない。
音楽は、人の感情を揺さぶる麻薬だ。それありきの人生を知ってしまったら、もう抜け出せない。イヤホンが壊れてしまって音楽が聞けなくなったときにいてもたってもいられなくなったら、それは合法ハーブの禁断症状。沼の住人である。
そして、音楽の最高のパートナーは、酒だ。
泥酔しながら音楽に浸るのは、この上なく気持ちがいい。多くのバンドマンが酒を飲みながら曲を書くように、多くの消費者もまた酒を飲みながら曲を聴く。このふたつが相性の良いとびっきりのセックスをしてくれれば、その副作用で生まれる快感でわたしは何回も脳内で、イケる。
だけど、音楽と酒は、時に残酷だ。
お酒を飲んで記憶をなくすことはできるのに、
音楽には、記憶が残る。
そのことを知らなかったわたしは、
馬鹿だった。
*
出会いはアルバイト先だった。
人数が多いわたしのお店では、被らない人とはとことんシフトが被らなくて、入社して一カ月たってもまだ顔がわからない人がたくさんいた。
大学の授業を終えてシフトに入ると、会ったことのない人が今日のわたしのコーチだった。なんか不愛想な人だな。これが、第一印象である。それ以上でも、以下でもない。入りたてのわたしは、目の前の仕事をこなすことだけを考えていて、彼の指導についていくのに必死だった。
緊張しながらカウンター内で作業をしていると、「sakuちゃん、アイドルの〇〇に似てるね」なんて、どう考えてもこの忙しい中に後輩にかける言葉じゃないものがふってきた。おかげでわたしの緊張はふっとんでくれたからよかったけれど、思えばあの時にはもう、よくわからない彼のマイペースさに惹かれてしまっていたのかもしれない。
当時、わたしには好きな人がいた。
大学のサークルの先輩が大好きだった。なんであんなに必死だったのかわからないほど、本当に大好きで仕方がなかった。あの頃のわたしの原動力は、ぜんぶ好きな人のおかげだったようにも思える。
世にいう「クズ」要素がとことん詰まっているらしい好きだった人は、自分の好みではない顔の女の子に対してブスだと平気で言ったし、街を歩けば「あのコ可愛い」とわたしと比較するかのように嫌味ったらしく言ってくる人だった。信じられないようなひどい言葉もたくさん言われたし、デリカシーが欠如しているというよりはそんなものは最初から持ち合わせていなかったような人だけれど、それでもわたしは好きだった。困ったときには全力で助けてくれて、言葉は冷たいけれど最後には背中をきちんと押してくれて、普段は意地っ張りだけど実は弱いところもあって、不器用で。かっこつけてるくせに、全然かっこよくないのがまた、好きだった。本当に楽しくなると、子供みたいにくしゃっと笑うあの顔。好きでなくなった今でも、たまに思い出す。
とはいえ、3年間報われない恋をしていると、だんだんこじれていく。想い人にまったく相手にされていなかったわたしは、どこかに新しい恋が転がっていないかをずっと探していた。
そんなときに、ポンッと現れた彼に、浮ついていた心が持っていかれてしまった。彼は、好きだった人のようにひどい言葉なんて言わないし、わたしを「可愛い女の子」として扱ってくれて、それがとても心地がよかった。なかなかシフトが被らなかったけれど、会えた時には嬉しくて、くだらない話をするのが楽しかった。彼は大学のバンドサークルでギターをやっているらしくて、わたしはドラムをやっていたから、音楽で繋がれたことも嬉しかった。最近はまっているバンドを教え合うのも好きだった。
ほどなくして、彼に彼女ができたことを知った。相手は同じバイト先の先輩。わたしは、彼と先輩がそれほどまでに仲が良かったことを知らなかった。被らないシフトの裏で、変わっていくものがあったのだなと、悲しさと同じくらい納得できた。
その後、なんとなく彼と距離を置くようになり、そのまま彼の代は卒業してしまった。お別れのカードには、ありきたりなメッセージを書いた気がするけれど、なんて書いたか一文字も思い出せない。あっけなく、彼は彼女と別れたと風のうわさで聞いたけれど、なぜか連絡しようと思えなかった。バイトという繋がりがなくなれば、あっという間に他人になるんだなと、どことなく寂しかったけれど、自分からは繋がろうとしなかった。
*
先輩が卒業して数か月後の夏。
バイト先のOB飲み会に呼ばれた。誘われた時、行くかどうかちょっと迷ったけれど、久しぶりに先輩たちに会いたい思いもあったから行くことにした。同期と一緒に訪れた居酒屋では、すでにみんなが飲んでいて、そこでわたしは久しぶりに彼と再会した。数カ月でそんなに人は変わらないらしく、彼は最後に見た姿まんまだったけれど、社会人特有のストレスで少しだけ痩せていた。
「久しぶり」
再会した人々に予め用意されているかのような、テンプレみたいな会話をなぞった。心のどこかでうまく話せるか心配だったけど、実際に会ったら特に緊張もしなかった。
そのままみんなで近況報告をして、たまに彼がみんなにいじられて笑って、その会はとても楽しかった。わたしも彼も、前のように仲良さそうに話せていたし、ほっとした。
解散したあと、少しだけ酔っぱらった勢いで彼にラインをしてみた。会えてよかったこと、久しぶりに話せてうれしかったこと。仲のいい先輩にする、特に意味もないラインだったと思う。同期やほかの先輩からも連絡が来たりしていたし、そのノリだった。
ほどなくして返事がかえってきた。あたりさわりない内容だった。そのままいくつか会話が続いたところで、なんでだか、今度飲みに行くことになった。どちらから誘ったか、多分これがとても大事なところだと思うのだが、正直覚えていない。いつか飲みに行きたいと思いつつ、その流れが自然にやってきたのだと冷静だったし、でもなんとなく嬉しかった気もする。
*
そしてやっと二人で飲みに行ったその夜。
気が付けば、ラブホテルにいた。
わたしは、妙に柔らかいベッドの上で彼とキスをしていた。
微かな記憶をたどれば、最後に飲んだお酒は確かHUBのタランチュラ。真赤なその液体に限界を感じていたけれど、お酒が強い彼はそれとなくわたしを煽ってくるもんだから、つい飲んでしまった。
気づけばこのザマ。この個室。
なに、この結末。
彼がわたしを触る手は、とても優しかった。
暗闇で感じる温度も匂いも、悪くなかった。
抱きしめる腕も、不快ではない。
あの頃、カウンター内で近づいてちょっとドキドキしていたこの身体が、目の前にある。
抜けきっていないお酒でぼんやりとした頭で彼を抱きしめてみる。
触れれば、それなりに身体は反応する。
服の中で動く手に、順応するように声が出る。
このままきっと、するんだろうなあ、そういうこと。
このままきっと、彼とセックスするんだ。
このまま、きっと。
そう思ったとき。
一気に嫌になった。
全身がこわばって、これから起こることに絶望を感じた。
すごく、すごくしんどくなった。
「ごめんなさい」
それだけ言うと、彼はすんなりとどいてくれた。
熱を持て余したままの身体が一気に冷えていくのを感じた。
口の中が、唾液とお酒の匂いでいっぱいで、今すぐうがいをしたかったけれど、そこまで無神経にもなれなかった。
彼の向こうにあるテーブルの上に、水があった。どこのメーカーのものかもわからない、見たことがないパッケージ。
「…水、飲みたいです」
手を伸ばしても、どうしてもここからは届かないから、小さな声でそう言った。
開けて一気に口に含んだ彼に、そのまま口移しで水を飲まされた。
こんな水の飲み方があるんだと知らなかったわたしは、
ぼーっとしながらそれを受け入れた。
全然、おいしくなかった。
翌朝、彼が振ってくる話題のどれもに上手に応えられず、ぎくしゃくしたままわたしたちは解散した。家に着いてベッドに寝転ぶと、「今日はごめん、本当にごめんね。嫌じゃなかったら、俺とのことちゃんと考えてほしい」というようなラインが来た。わたしはそれを、無視した。
思い出すのは、楽しかったバイトでのあの時間じゃなくて、まずくて仕方がなかった水の味。
彼の周りが気を使ったのだろう、何回か開かれるバイトの卒業生飲みで、わたしと彼は何度か再会した。それでも、もう前みたいにうまくは話せなかったし、話すことはなかった。あんなに語り合っていた音楽の話も、もうしたいと思えなくて、しちゃいけないような気がしてしまった。
*
ある日、バイトの休憩中にツイッターのタイムラインを眺めていると、とあるバンドのPVが流れてきた。見たことも聞いたこともない、変な名前。わたしの髪形は変です、なんて、なんじゃそりゃ。
その日の帰り道、なんとなく気になって聴いたその曲に、胸をわしづかみされた。
「春、恋に落ちて 耳を澄まして」
力強く、ハスキーと表現するにはどこか色っぽく、叫ぶように歌う声に、ゴンッと衝撃を受けた。うわ、まじか、いいじゃん、なんだこれ。うわー、好き、好きだ。
このバンドがまだそんなに有名じゃないことにも、嬉しくなった。まだこの良さを知っている人がこの世界に少ないんだと思ったら、いちはやくこの存在を知れたことに嬉しくなった。
その日から、My Hair is Badはわたしのお気に入りのバンドになった。何度も何度も、曲を聴いた。一番好きなのは「真赤」だけれど、そのほかの曲もめちゃくちゃ好きだ。
社会人になってバイトをやめて、会社に勤めるようになってもマイヘアを追い続けた。新譜はもちろん、過去の曲もたくさん聴いた。
季節が巡って夏になれば、「夏が過ぎてく」を。
理不尽に殺されそうになれば「優しさの行方」を。
好きだった先輩に新しい彼女ができたときには「悪い癖」を。
眠れなくて寂しい夜には「戦争を知らない大人たち」を。
マイヘアの曲を聴いて、お酒を飲んで、自分が生きていることを確かめた。なんの偶然か、ボーカルの椎木さんとわたしの誕生日は同じ3月19日で、そんなところにも変な運命を感じた。
わかる、わかるよ、3月生まれのうお座だもんな。
なんて、ありきたいでその辺にいそうな量産型のファンみたいな戯言を言いながら、やっすい缶チューハイを飲むのがすごく好きだった。
だというのに、一度もライブにあたらなかった。そうこうしているうちにどんどん人気になってしまって、椎木信者を名乗る女が増えていって、なんだかそれもすごく嫌だった。
古参を気取る情けないファンになり下がってしまうのも嫌で、それでも一度でいいからマイヘアのライブに行ってみたかった。あの声で、あの演奏を。生で聞いたら何かが変わる気がしていたのだ。
*
忘れた頃に男はやってくるというのは、どうやら本当らしい。
本当に忘れた頃に、彼とまた連絡を取り合うことになった。
無責任なことに、このきっかけもまたわたしは覚えていない。
特に何の感情もないまま続けていたラインで、「最近マイヘア人気だよね」という流れになった。
全然チケットがとれないこと、相変わらずあの曲がめちゃくちゃよすぎること、それぞれ自由に話していると、近々ライブの抽選があることを教えてもらった。
「どうせはずれると思うけど、応募しよう」
彼とわたしは、当たるはずのないチケットに応募をした。
この人気の中だから、どうせ当たらないよ、うーん、もし当たったら一緒に、え、行く?え、本気ですか、まあ当たったらね。
願い叶ったり。
見事に、わたしはマイヘアのチケットを当てた。
当ててしまった。
*
仕事を早退して、横アリに向かった。開場間際のそこには、わたしよりも若い子が多かったような気がする。物販には人が溢れていて、お揃いのTシャツを着たカップルが顔を寄せて写真を撮っていた。
合流した彼は、スーツの下にマイヘアのTシャツを着こんでいた。せっかくのライブだからわたしもTシャツを着たくて、ちょっと迷ったけれど、彼と同じ黒色のTシャツを買ってしまった。
荷物をロッカーに入れている間に、彼が私の分のビールまで買ってきてくれた。やっぱりビールがないとね、なんて話をしながら席につく。
その瞬間までのわたしたちは、まるでカップルみたいだったと思う。お互いにインスタグラムに「ライブきた」なんてストーリーズをあげちゃったりして、これぞ匂わせ投稿。ライブに来れた高揚感で、普段はしないようなことをわたしはたくさんしてしまっていた。
照明が落ちて、客席がざわついて、現れたシルエット。
黄色い歓声を浴びながら演奏を始めた憧れのバンドに、胸がどきどきした。
曲のどれもに、興奮した。生音に、感動した。
ずっと会いたかったバンドマンが、そこにいる。
最高!!!!!
彼はたまに曲の感想をわたしに囁いてきた。その感性も、悪くなかった、気がする。
ライブで時間を共有すればするほど、彼とわたしは恋人みたいに思えてきた。大好きなバンドのライブを一緒にみている彼のことを、わたしは嫌いじゃないような気もしてしまった。
あんなことがあったけど、今はこうして普通の先輩後輩だもんな。悪くないよな。そういえば、彼とは悪くないことばかりだな。
マイヘア好きな人に、悪い人いないよな。
そんなことを考えながら、一緒にライブを楽しんでいたら、
「真赤」が始まった。
何回も何回も聴いた、あの曲が流れてきた。
その瞬間。
どうしてだか、
どうしてなのか。
わたしは一気に冷静になってしまった。
隣にいる彼が、とても邪魔に思えてしまった。
あ。
飲んでいたビールが、とてもまずくなった。
まるであの日、口移しで飲まされた水みたいだった。
そういえば横アリにきてから、わたしはちょっとずつしかビールを飲めていない。
おいしく、なかったからなんだ。
*
ライブ後、その辺にあった居酒屋で腹ごしらえをして軽く飲んたけれど、またしてもわたしは何を話したかを覚えていない。
ただひとつ。
もうどうしようもなく、隣にいる彼がどうでもいい存在であること、それだけはわかってしまった。
大事な先輩でも、憧れでも、音楽を語り合う仲でもなんでもない。
どうして大好きなバンドのライブでこんなことに気づいたのか、自分でもよくわからないのだけれど、それでもあったはずの何かが一気に消えたのを感じてしまった。
わたしの複雑な気持ちに気づかず楽しそうなままの彼に、なんて言葉をかければいいかわからなかった。どう考えても、わたしがひどい。気づかれないように、それっぽい会話をしながら帰った。
ライブ後の興奮と、嫌なほどの冷静さが入り混じって、気持ちが悪い。
家について、汗まみれの真っ黒なロゴTシャツを洗濯機に放り込んで、お気に入りの白いルームウェアを着て、やっと安心できた。
大好きな真赤を聴きたくて、イヤホンをする。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、一気に飲んだ。
ライブで飲んだときとは比べられないくらい、
ひとりで飲むビールがおいしくて、泣けた。
*
あの夜。
ブラジャーのホックを外された時、もう全部違うって本当はわかっていた。
朝になったらわたしを置いて、ホテルから先に出ていって欲しくてたまらなかった。
きまずいまま別れる駅の改札には、悲しい音が流れていた。
わたしは彼じゃない誰かを失い続けて、でもそれでもなんとなく曖昧なまま彼を待っていて、それが悪くないだけだった。いいと思ったことは一度もない。
好きな人に相手にされず腐っていた日々が、確かに突然輝きだしたんだ。
この感情がなんなのかわからなくて、でもなぜだか胸が痛んだことが、何度もある。
バイトのメンバーの写真が貼られていた壁には、彼の写真がなくなってしまって、ここにいない彼のことがどうしても気になってしまう。
なんとなく相手にしてもらえるとうれしくて、かっこわるいまま甘えて、お互いごまかすように笑ってた。
首輪のように縛ってくるあの日の記憶から解放されたくて、彼のことも解放したくて、ずっと苦しかった。
いつか恋になるかもしれないからって、恋人みたいなことをしてみて、ずるずると君を待っていた。
でも今日、君に言おうって、思ってた。
これは、恋じゃない。
好きじゃない。
わたしたちは別にお互いのことを、好きなんかじゃなかった。
ただ、それだけだ。
真赤を聴けば思い出す彼のこと。
それでも、もうだんだんと思い出さなくなってきた、気がする。
もう、思い出さなくていいんだって思えるようになってきた、気がする。
ああ畜生、
音楽ってやつは、最高だ。
最高で
最低で
最高だ
マイヘア、最高すぎるよ。
マイヘア、大好きだよ。
これからもどうか歌ってほしい。
歌ってくれ。頼むから。
どうかまたあの歌を、聞きたい。
その時には、ビールをおいしく飲みたいんだ。
夏の匂いがする。
もうすぐ夏がやってくる。