森の外から

 空に向かって噴き上げられる水の周りには子供連れの親子や、散歩をしている老人。少し離れたところでは噴水を見られる位置に置かれたベンチに座って本を読む男。さらにその外側に視線を向ければ、舗装されていない芝生の上で寝転がっている人もいる。
 それらの人を一通り見つめると、彼もまた噴水に近付いていく。
 時折、彼を見た人がギョッとするが、それももう慣れた。気を使っていれば何もできなくなる。特に気にすることなく噴水に近づく。
 噴水の淵に腰掛けるまでに、大体の人は噴水から離れてしまった。
 若干へこむが、それも噴水の恵みを独り占めできると思えば悪くない、と思い込むことにすれば多少はマシだ。
「・・・・・・なぁ、兄ちゃん何?」
 突如として隣から声を掛けられもう少しで地面に転がり落ちるところだった。断じてそんな醜態は晒さないが。
 内心の動揺を押し隠して声のした方を見下ろせば、そこには小さな子供が無邪気な笑みを浮かべて彼を見上げていた。少し視線を上げれば、その子供の親と思われる男があくびをかみ殺しつつこちらの様子を伺っていた。
 親に子供の心配をするようなそぶりもなければ、彼の機嫌が突如として悪くなるようなことも心配していないようだ。
「オレは、オオカミオトコだ。森の外から来た」
「ふーん。遠いところからたいへんだったね」
 それきり子供は彼に興味をなくしたのか父親の方を向き楽しげに話し始める。
 突然話しかけられたと思ったら、たったそれだけの会話で興味を無くされてしまった。そのことに得体の知れない不満を覚えつつも、少し残念だと思っている自分がいることに彼は驚いた。
「おーい・・・・・・!!」
 すると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 まだ遠いが、こちらからも向かえば会う時間は短くなる。そう思い、頭頂部から獣の耳を生やした男は噴水から立ち去った。
 去り際、ちらりと振り返った噴水では、子供が彼に向かって手を振っていた。

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