酒場での雑談
薄暗い酒場の中。人が通るための最低限の空間を確保したそこは、最大限に人を入れることができれば、収入もまた最大になるだろう、という店主の浅はかな考えが見え透いているかのような店内だ。
その店内と、先日先輩とともに呑みに行った店を脳内で比べ、やはりこれくらい混み合って騒がしい方が自分には合っているな、と再認識する。店内の様子を観察していると、今日、この店で飲むことになった理由が、ついにその重い口を開いた。
「え、なに。世継ぎ争い?勇者で?」
勇者の家の三男坊が、暗い顔で打ち明けてきた内容に、ラウは思わず驚きの声を上げた。勇者が世襲制だとは知らなかった。
「そうなんだ。だいたい、かあさんも勇者認定を受けたのって神殿からで、別にかあさんの親から勇者の称号を与えられたわけじゃないんだけど」
「っていうかよ、魔王をお前の母さんが討ち滅ぼしてから、すっかり平和になったのに、これから勇者っているの?別に必要なくね?」
ラウの隣に座っているザロコがそんな疑問を口にする。ラウとザロコは騎士として王家に仕えている同輩で、叙勲式のときからの付き合いだ。
「まぁ・・・・・・。冷静に考えるとそうなんだけど。勇者の正式な称号を持ってるとモテるし、かあさんの財産も相続できるしでそんな称号があるんならもらっときたい、っていうのが兄さんの考えじゃないかなぁ」
ラウは脳裏にランの兄であるサノピテを思い浮かべる。いつもヘラヘラとしており、いかに女遊びをするのかということしか考えていないような男だ。長男であるエヴゼクも考え方は同じなのだが、父親に似て金勘定が好きであることが災いしたのか幸いなのかわからないが、一応勤労意欲はある。しかし次男のサノピテはその考えが一切ない。本当にどうしようもないやつなのだ。その二人を見て、教育方針を間違えたと思ったのか、真人間に育てようとして出来上がったのが、今ラウの正面でため息まじりにいつもより早いペースでエールの入ったジョッキを傾けるランだ。
「考えるのは勝手だが、そんなことお前んとこの親父が許すかぁ?」
ザロコの言葉にランの父親を思い出す。勇者であり、傍若無人の権化であると言っても過言ではないランの母親を、無言で制圧できる唯一の人であり、王国の財務長についている人だ。役職のせいなのか生まれついてのものなのか、家計がどんぶり勘定なランの母親に代わって家計のやりとりもする主夫だ。
「いや・・・・・・どうだろう。父様は決して認めようとしないけど、かあさんたちが言うにはエヴゼクが生まれたときには結構親バカだったていうし。結構甘いところあるよ」
「えぇ・・・・・・?本当か?」
ランの父親が親バカだった、という衝撃の事実に驚きつつ、ラウはジョッキを傾ける。が、その中に何も入っていないことに気がつくと、店員を呼びつけ、自分の分とランの分のエールを追加で頼んだ。
「まぁ、僕も信じられないけど、はじめは結構きつめに言って断っても、あとあと都合つけてくれたりしてくれるし。・・・・・・兄さんの考えが甘いのはそのせいもあるんだけど」
「まぁ、確かに、厳しいだけだとお前んとこのお袋とは付き合えないだろうし、家事も受け持ったりしないよな・・・・・・」
「そういえば、お前んところのかあさんは今どこにいるんだ?この前は帰ってきてるの見たけど、最近あんまり見ないよな」
「あぁ、かあさんなら家にいるよ」
「え?ほんとか?巡回でお前の家の前通っても全然姿見ないけど」
「うん、いるいる。なんかこの前の夜父様にひどいことされて腰が痛いから、外歩けないって言ってた。痛いって言いながらなんか嬉しそうだったし、なんでか父様は珍しく気まずそうだったけど」
「あー・・・・・・」
事情を察し、呆とした声を上げるラウとザロコ。両者とも少し気まずくなり、間を持たせるためにザロコはジャッキを傾け、ラウはテーブルの上の鶏肉を口に運ぶ。
「そ、それで、世継ぎ争いはどうするんだ?まさか仲間集めして冒険の旅にでろ、とかは言わないだろ?」
「一番豪華な宝物を持って帰ってきたものに勇者の称号を授けるって?まさか。そんなこと言ってるのは本当に兄さんだけで、エヴゼクもそんなことに興味はないみたい。最近は父様の仕事の本当に簡単なところ・・・・・・なんか数字の計算を任されてて、そっちが忙しいみたいだし。時々隣の部屋から聞こえてくるんだよね。『どうしてここの数字がこんなに小さくなるんだ!!』って。それが夜遅いから困ってて」
「じゃ、どうして最近暗い顔してたんだ?」
「僕たち家族は兄さん除いてそんなつもりないんだけど、面倒なことにどっかの貴族がその話に妙に乗り気でさ・・・・・・。最近やたらとうちに来るんだよね。無能だったら父様が土地の管理を厳しくして、税金も多くすることで対処するんだろうけど、ちょっと使える貴族だからそれもできないみたい」
「それは・・・・・・。面倒だな」
「うん。最近はかあさんが勢いのまま切り捨てないかが心配」
「俺は結構家の人間に毒されてて、割と過激な発言を平然とするお前の将来が心配だよ」
「俺もそれには同意だな」
「え?なんか言ったかな、僕」
「まぁいいや。そのくらいの問題ならそのうちどうにかなるだろ。さ、もう帰るぞ」
「えぇーぇ。まだ呑み足りない」
「呑み足りないって・・・・・・。お前いつもより呑んでたじゃないか」
「そんなことないし」
ラウはザロコの肩をたたく。怪訝な顔で振り返ったザロコに、ラウはその手に持ったものを掲げる。
「じゃ、俺勘定してくるから、あとよろしく」
何かを言おうとして口を開けたザロコを置いて、人の間をすり抜ける。出入り口の横にある小窓を叩けば、その小窓が開き、店員が顔を出した。
「あら、ラウ。もう帰るの?」
赤髪の店員の声に、鼓動が早まるのを感じながら、ラウは注文したものが綴られた木版を手渡す。
「まぁな。ここまで人がいたらナーニテとも話せないし」
「はいはい。じゃ、また来てね」
「近いうちにまた来るさ」
支払いを終えると、赤髪の店員はすぐさま小窓を閉め、店の奥に引っ込んでしまった。ナーニテの美貌を思い出し、ため息をつく。そして、まだこない連れ二人がどうなっているのか、と訝しみ振り返ると、まだテーブルから動いていなかった。
ラウはため息をつくと、ザロコを手伝うために、再び店の奥に足を向けた。