黒騎士 4

「この村から出て行きたい理由はなんですか!?」
 村長に、リザードマンの住処に潜入捜査する旨を伝えたカルドを、アリアンスの質問が襲った。
 アリアンスの問いかけに、カルドは自分の眉間にシワが寄るのがわかった。
「何をいきなり・・・・・・」
「だって!リザードマンの住処に行くのは、殲滅するための下見ですよね!?」
 村長にはそう説明したので、カルドは頷く。眉間のシワはまだなくなりそうにない。
「初め殲滅は無理だって言ってたのに、どうして住処に下見に行くんですか!」
 アリアンスはただ元気がいいだけだと思っていたが、どうやらこれは違うな、と感じた。なにか無理をしているような・・・・・・。そんな気がするのだ。
「俺は、両親を黒騎士に殺されている」
 カルドの突然の言葉に、アリアンスの瞳が大きくなる。
「両親だけじゃない。その後身寄りのない俺を拾って育ててくれた傭兵団も黒騎士に潰された」
 カルドが旅をする理由は、黒騎士にある。別に隠しているわけではない。しかし、話す度に胸の奥底で疼く痛みがある。そのため、積極的に話したことはない。
「初めは俺も黒騎士を親しい人の仇だと、討ち取ることを望んだ。でもな、黒騎士を知れば知るほど、あいつを討ち取るのは無理だと知った」
 黒騎士と戦い、その力を知れば知るほどに、自分では黒騎士を倒すことはできないという実感が強くなっていく。その時の無力感は、いっそ笑えるほどだ。
「だから、俺は、黒騎士の脅威に怯える人々を救いたい。そのためには、黒騎士と戦って、その戦力、その脅威、そしてできるなら対処法を伝えたいんだ。そのために、いろいろなところを旅して周り、できるだけ黒騎士に関わっている時間を増やしたい」
 カルドの言葉を聞いたアリアンスは、その場から動こうとしなかった。カルドはアリアンスに何かを求めていたわけではなかったので、頭を小さく下げると、踵を返し、滞在期間中の自分の部屋へと歩き出した。

******

 それから、1日の基準となっている青い太陽が3度沈んだ。空には月が3つ昇り、大地を照らす太陽は天中にある動かない赤い太陽のみだ。この三日間で、リザードマンの襲撃は一度きり。それも襲撃のあった翌日のみだ。
 カルドは、村長に伝えた通り、リザードマンの住処に潜入するべく、荷物をまとめていた。忘れているものも特になく、あとは出発するだけ。そんな時だ。カルドの部屋のドアを叩く音がした。
 潜入前に村長が何か伝えることがあるのだろうか、と思い、カルドがノックに対して返事をすると、中に入ってきたのはアリアンスだった。
 アリアンスとは、生い立ちを説明して以降話していない。カルドは部屋を訪れた用件を尋ねた。
「黒騎士は一種の災害だと思うんです!!」
 アリアンスの勢いに任せた言葉に、カルドは呆然とした。いきなりすぎて頭が追いつかない。いったい何の話だ。
 カルドの疑問に思い当たったのか、アリアンスが手を体の前で左右に振る。
「あ、すいません。唐突でしたよね!でも抑えられなくて!!」
 お前の話はいいから、どうしてそうなったのかを教えてくれ。そう思うが、何も言うことなくアリアンスを見る。
「あぁ、えっと、説明するとですね、黒騎士の話なんですが!」
 それはさっき聞いた。
「この間黒騎士に両親や関係してきた人と別れを強制されたって話をしてましたよね!!それで、考えたんですが、黒騎士を災害と考えるのはどうでしょう!そうしたら、黒騎士を求めてあちこち行く必要もなくなるんじゃないでしょうか!!」
 アリアンスの言葉を、カルドは聞く必要がない、と感じた。なぜなら、そんな言葉を聞けば、今までの自分を否定することになる。それに、黒騎士と災害では大きく異なる点がある。
 実体があるかどうかだ。
 災害によって身内を失ったのなら、やりきれぬ思いは募るが、思いをぶつける先はいない。ぶつける先がないので、思いはさらに募り、自分を追い込んでしまうこともある。誰かにぶつけるとしたら、それは八つ当たりでしかない。
 被災者には申し訳ないが、それがカルドの考えだ。
 一方で、実体のあるものによって身内を害されたなら、思いをぶつける相手が明確にいる。そしてそれは思いだけでなく実力を届けることができる。
 だからカルドは黒騎士を追うのだ。それは自分の中では復讐のつもりだが、あるいは気持ちの整理をしているだけかもしれない。
「・・・・・・悪いけど、黒騎士という実体がある以上、俺は黒騎士を追う。目の前にいるのを見て、攻撃が届くのを知っているんだ。黒騎士を災害と同一視するのは無理だ」
 カルドはそう言うと、まとめた荷物を肩に担ぎ、アリアンスの脇を通りすぎ、部屋を後にした。

******

 空に月が3つ登り、太陽が一つになったとしても、身を刺す日差しが厳しいことに変わりはない。
 カルドはクローガ村から出ると、リザードマンの住み着いているという洞窟に向かって歩き始めた。

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