農業日誌「メークインの開花と疫病発生予測FLABS」
はじめに
7月に入りました。
もう1年の半分が過ぎたんだなーと思うと、時間の経つ早さを感じます。
光陰矢のごとし…少し気を抜くと日常に追われてあくせくしまうので、計画的に過ごしたいものです。
農作業の方は、ついちょっと前に種まきが終わったと思いきや、もうボチボチと収穫の段取りをしていかなければいけません。
コンバイン、ハーベスターといった収穫機械の整備や、収穫物を運搬するためのトラック、選果施設のセッティングなどなど…。
⬇︎ジャガイモ収穫機「ポテトハーベスター」
作物の管理も大事になってくる時期です。
開花期を迎えて、綺麗な花を咲かせている作物も。
⬇︎全盛期のジャガイモ畑の花(メークイン)
そんな綺麗な景色が見られる十勝ですが、昨日までほとんど雨が降ってくれなかったのが一転、今日から雨予報が続いています。
この時期に雨が多くなってくると、作物が病気にかかってしまうリスクが高くなってきます。
今回の記事は、この時期に十勝のジャガイモ農家が特に注意しなければいけない疫病の防除についてのお話です。
ブームスプレーヤでの防除作業
作物の病気を防ぐために、サオの長〜いブームスプレーヤという機械を使って、殺菌剤・殺虫剤の散布をタイミングを見て行います。
薬剤により病気の予防や害虫駆除を行うので、この作業を「防除」と呼んでいます。
⬇︎防除の様子
基本的には冬の間に農薬の特性や成分を見ながら防除計画を組み立てて、農協系統や商系(農協以外の業者や小売店のこと)から農薬をまとめて購入しておきます。
作物ごとに一定期間以上空かない様に病気や虫による被害を「予防」するのですが、その年の天候によっては計画通りにいかなかったり、急きょ薬剤を変更したりすることもあります。
ほどよくジメジメした環境は、多くの病原菌にとって絶好の活動環境ですね。
しかも雨が続くとなかなか畑に入れなくなり、農薬散布直後に雨が降ってしまうと農薬が流れて効果が薄くなってしまうため、天候を読んで無理やり作業をしなければいけないこともあります。
ジャガイモの疫病
綺麗な花が咲く中、なんだか禍々しい響きのするジャガイモの「疫病」について。
人類も疫病に苦しめられる歴史ですが、ジャガイモの疫病(べと病、草枯病、塊茎腐敗などとも呼ばれます)も同様に感染力が高く、毎年注意しなければいけない病気です。
特に、20℃前後の低温と雨による多湿の環境が、疫病が発生しやすい環境となります。
⬇︎参考
外から見てわかるのは、葉っぱの様子。黒く変色してドロドロに腐ったり、白くカビが生えたようになるのが特徴のようです。
この疫病にかかってしまうと、生育中のジャガイモが腐敗して商品にならなくなってしまいます。
それどころか、1株でも疫病が発生してしまうと、すぐに隣の株に伝染して数日中に感染が広がってしまいます。
気づかないと畑一面が全滅してしまったり、最悪の場合は近隣の畑にまで感染が広がってしまうようです。
どこかの畑でほんの少しでも兆候(遠目で見て黒い点とか)を見かけたら、地域ぐるみで畑に入って病気の茎を見つけて抜き取ったりすることもあるようです。
…「ようです」と表現をしているのは、僕自身10年近く農業をやっていますが、実際に疫病にかかったものをまだ見たことがないためです。
可能なら、このまま現物を見ることなく過ごしたいものですね。
疫病の危険度を表す指標「FLABS」
このジャガイモの疫病の予防に役立つ数値指標として、ジャガイモ疫病発生予測システム「FLABS」というものがあります。
これは気温・降水量の観測値データから「どれくらい疫病にかかる危険があるか」を算出した指標で、この数値により疫病発生日を予測できる、というシステムです。
⬇︎北海道の情報:
こちらの「2021.6.7 ばれいしょ疫病初発予測(FLABS)の更新を開始しました。」というリンクからが見られます
指標と予測発生日との関係は、農業試験場で実際に試験を行った結果から統計手法を使って算出しているんですね(参考リンク「馬鈴薯疫病発生予察情報とは」)。
この指標の具体的な算出方法を整理すると、以下の通り。
(参考リンク「「感染好適指数」の計算方法」)
●ジャガイモ疫病発生予測システム「FLABS」
毎日の「最高気温」「最低気温」「平均気温」「降水量」の4つの観測値からその日の指数を算出して、その累積値で疫病の初発日を予測する。
・萌芽日(芽が出た日)から累積を開始する
・適した気温・雨量に応じて0〜2ポイントずつ「感染好適指数」が累積されていく
・その累積値が21に達すると「危険機到達日」となり、その2週間後が「初発日」の予測値となる
…ちょっと頭が痛くなりますが、要するにこの指標を活用すると、ジャガイモの「疫病防除を始めるタイミング」を決めることができます。
例えば、今年度の十勝地方のFLABS感染好適指数の「芽室」の地点を見てみると、
●令和3年度 芽室地点の感染好適指数(累積値)
・5/27から積算開始(萌芽日)
・6/8に指数が21に到達し、この日が「危険期到達日」となる
・危険期到達日のおよそ2週間後が「初発日」の予測値となる
・危険期到達日の10日後の6/18が、1回目の疫病防除の目安のタイミングとなる
大事なのは「指数が21」に達してから「10日後」を目安に防除を行うとよい、ということです
これを目安にすることで、例えば発生危険性が低い時期は農薬の使用を減らすことができたり、危険度が高くなったところで「予防効果が高いが経費もかかる農薬」を投下する、というような散布タイミングの判断の目安になります。
防除回数を減らすことができれば安心に繋がるし、経費削減にも役立ちます。
もちろん地域差や各農家の播種日などにもよるので一概には言えませんが、このFLABSによる指標は参考にできる数字ではないかな、と思います。
疫病への対策手段
基本的にはひたすら「予防」を行うのが、効果的な対策手段です。
1.排水の良い土造りと適切な施肥
まき付け前の対策で病気の発生確率を軽減させることができます。
畑の排水性を良くすること。また肥料を必要以上に与えすぎないこと。
窒素分が多すぎても弱い茎に育ってしまい病気にかかりやすくなるようです。作物はただ無闇に大きく育てれば良いというわけでもないのですね。
2.防除(予防と治療)
防除には「予防のための防除」と「治療のための防除」があります。
「予防」は病気にかからないために事前に殺菌する方法で、「治療」は病気になってしまった後に殺菌して病気の拡大を防ぐ方法です。
薬剤によって、どちらの効果があるのかが変わってきます。
ですが基本的には疫病に限らず、予防のための防除が重要になってきます。
治療が必要な時には手遅れになってしまうことが多いのですね。
農薬の残効期間よりも気持ち早めに散布するのが予防効果としても心理的にも安心です。
3.物理的な除去
病気にかかってしまった際の力技ですが、防除による治療よりも確実な手段でしょうか。
畑に分け入って、葉や茎の様子を直接見ながら怪しい株を根こそぎ排除します。
除去した株からさらに病気が広がる可能性があるので、離れた場所に持ち出して焼却・土中に埋めるなどの対応が必要です。
…この他にも、種いもの時点から「種子消毒をしっかり行う」「そもそも品種として抵抗性のあるものを選択する」という対策も重要です。
病気の対策は、管理作業だけではないのですね。
種子の選定や畑づくり・まき付けまで一貫して、小さなことの積み重ねが健康な作物の栽培に重要になってきます。
おわりに
さて、今回はジャガイモの疫病防除についてお話しました。
海外の大国に比べ、日本は島国のため雨風や台風も多く、気象の影響を受けやすいと言えます。
病原菌も増えやすい環境なため、農薬による防除はある程度の栽培面積を確保するためにはとても重要な手段です。
雨が続くと畑に入れず防除が遅れてしまうこともあり、そういう意味でも病気のリスクが高くなってしまいます。
近年よく耳にするドローンによる農薬散布技術は、こういった「農作業機が畑に入れない時の対策」として注目を集めていますね。
ともあれ、経験とデータの両側面から根拠を持って作業の判断を行い、経費を抑えつつ健康な作物を作ることができるかどうかは、経営者であり職人でもある農家の腕の見せ所の一つだなーと思います。
こういったところをスマートに判断できる農家はとてもかっこいいですね。
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