慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群は男性不妊症の原因になりうる?
これまでのまとめ
過去2回にわたり、慢性前立腺炎により生じる下部尿路症状には2つの病態があることを述べました。
具体的には
●蓄尿症状(頻尿・尿意切迫感などをはじめとする過活動膀胱症状)
●排尿症状(尿勢低下など)
がありました。
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群の病因分類
近年、慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群(CP/CPPS)は以下の様な、
"UPOINTS" と表現される病因分類が提唱されており、
どの分類要素が認められるのかによって、適切な治療選択をすべきと考えられています。
U:Urinary ▶︎排尿機能
P:Psychosocial ▶︎心理社会学的要素
O:Organ Specific ▶︎膀胱・前立腺の異常
I:Infection ▶︎感染症
N:Neurologic / System ▶︎神経症的要素
T:Tenderness (of skeletal muscles) ▶︎骨盤底筋群の緊張性
S:Sexual Dysfunction ▶︎性機能障害
今回は、このうちの
”性機能障害”
について考えてみたいと思います💡
性機能の問題は、多くの場合、主訴にはならないため、慢性前立腺炎を診る医療者にとっては、あまり意識することの無い問題かも知れません。
しかし、実際には多くの患者さんは自覚している事が明らかになっています。
「性欲が起こりにくくなったな〜」
「最近、勃ちが悪くなったな〜」
こういった自覚・言いにくい悩みは無いでしょうか?
さらに言えば、
慢性前立腺炎による性機能障害は、実は男性不妊症につながる可能性
を孕んでいることも近年指摘され、決して軽い問題では無いことが明らかにされつつあります。
最近、国内では不妊治療を保険適応とする方向に向かってきましたが、
男性不妊症につながる可能性のある、"慢性前立腺炎" 放置してはいけない!
という意識が高まってくるかもしれませんね。
では、今回も過去の論文報告をもとに、慢性前立腺炎により生じる性機能障害にはどのような問題があるのかを考えていきたいと思います。
慢性前立腺炎と性機能障害との関連
最近、慢性前立腺炎と性機能障害との関連性についての論文報告がたくさん見られるようになってきました。
まず、慢性前立腺炎と関連する性機能障害には、以下のようなものが報告されています。
①射精痛を含めた射精障害 (最も一般的ですね)
②勃起障害
③早漏
④性欲・オーガズムの低下
⑤精液の質・運動率の低下
一般的に自覚される射精痛以外にも、様々な性機能障害が起こるようです。
自覚的な性機能障害
米国の72名の慢性前立腺炎患者と、98名の健常男性を比較した検討では、慢性前立腺炎患者の方が、性欲、性活動の頻度、性的興奮や、勃起機能などが低い、という結果とともに、性活動低下・性的興奮・勃起機能低下などが、それぞれうつ状態、疼痛症状と関連することを報告しています。
Aubin S et al:J Sex Med. 2008;5(3):657-67.
中国での12,743人の男性を対象とした横断研究では、慢性前立腺炎様症状を有する参加者の中で64%に早漏を、39%に自覚的なEDを認め、CPPSと各種性機能障害との関連性を示唆する報告がなされています。
Liang CZ et al:Urology. 2010 ;76(4):962-6.
Hao ZY et al:J Androl. 2011;32(5):496-501.
豪州での疫学調査からは、NIH-CPSIで上位四分位に入る男性のEDのオッズ比は8.3倍であるという結果も報告されています。
Marszalek M et al:J Urol. 2007 May;177(5):1815-9.
他に、不妊症患者を対象とした観察研究にて精索静脈瘤が慢性前立腺炎様症状と早漏の両者に相関するという興味深い報告も見られます。
Lotti F et al:J Sex Med. 2009 ;6(10):2878-87.
総じて、慢性前立腺炎様症状が各種の性機能障害、特にEDや早漏と関連していることは複数の研究により明らかになりつつある様です。
他覚的にも示される性機能障害
自覚的に感じる、性欲低下、勃起障害などの性機能障害は、慢性前立腺炎の患者さんの疼痛症状を考慮すれば、イメージしやすいものです。
痛かったり、不快感があると、それだけで性交渉を遠ざけてしまう事は容易に想像できます。
しかしながら、それだけでなく、近年、慢性前立腺炎の患者さんでは、
精液自体(精液の量、濃度、精子の運動率、形態など)にも
影響が出ることが報告されているのです。
これは私も想像していなかったので驚きました。
尿路でありながら、精路でもある前立腺部の炎症は、精液の質にも影響するのですね。
Weihua Fu et al : PLoS One. 2014 Apr 17;9(4):e94991.
2014年に報告されたシステマティックレビュー / メタアナリシスですが
この報告によりますと、
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群(CP/CPPS)は対照群と比較して、
①精子濃度
②精子進行性運動率
③正常精子形態率
を有意に減少させる。
一方、
④精液量については増加する傾向
であることが示されました。
①CP/CPPSにおける精子濃度の低下
②CP/CPPSにおける精子進行性運動率の低下
③CP/CPPSにおける正常精子形態率の低下
④CP/CPPSにおける精液量の増加
慢性前立腺炎/慢性骨盤痛症候群と男性不妊症との関係
CP/CPPSと男性不妊症の関係については議論されていますが、
CP/CPPSが精液の酸化ストレス、炎症性サイトカイン、自己免疫反応など
多くの点で精子パラメータに悪影響を及ぼす可能性があります。
サイトカインは、炎症反応に重要な役割を果たしますが、CP/CPPS患者の精液中においては、正常群と比較して、いくつかの炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、IL-8、IL-10、TNF-αなど)が有意に増加している事が報告されています。
他の報告でも、このような精液中のサイトカインが、総精子数および精子前進運動性、精子運動性、精子の正常形態を著しく低下させることを報告しています。
サイトカインは精子ミトコンドリア機能の障害、NO産生の増加、アポトーシスの誘発を介して、精子運動性と正常形態に悪影響を及ぼします。
どうやら、男性の泌尿器の感染や炎症は精子の運動性に有害であり、白血球、活性酸素、炎症性サイトカインの存在など、精液中の生化学的変化は、精子の運動性と受胎率を低下させる可能性があるようです。
最近のレビューでも、CP/CPPSが精子の運動性に悪影響を及ぼす可能性があると結論付けられています。
まとめ
慢性前立腺炎・慢性骨盤痛症候群は、勃起機能や性活動を低下させるのみならず、精液に及ぼす負の影響も示唆されており、ひいては男性不妊症につながる可能性を孕んでいる慢性炎症性疾患と言えます。
一方で、慢性前立腺炎の治療を行い、疼痛を主とする臨床症状を改善することは、性機能の改善とも連動していることも報告されており、これは下部尿路症状と性機能障害の密接な関連性を示すものであり、尿路・精路の慢性炎症を抑制する事は両症状にとって重要なのであろう、と考えられます。
実際に当院でも、鍼治療により慢性前立腺炎の症状が軽減した患者さんでは、精液所見も改善するケースを経験しており、両者の関連性を実感するところであります。
今後、鍼治療が性機能に及ぼす影響も、少しづつ集積していきたいと思います!
烏丸いとう鍼灸院 院長:伊藤千展
京都市中京区元竹田町639-1 友和ビル5F
TEL: 075-555-7224