大阪ストラグル(第2部)第10話
「……ヤメるか」
席を離れ、シマを出たところでニヤニヤ顔の藤井副店長に声をかけられる。
「おい不良、エラいやないか、遠目からずっと見とったけどドツかんったな。まぁー、ドツいた瞬間首根っこ掴んでボコボコにしたろ思うてたんやけどな。命拾いしたのー、ははは」
「…ははは……」
俺はそそくさとホールをあとにした。
ふぅー、危なかった。遠くからとはいえ張り付かれてる事にすら気付かないとは…集中力が欠けとる証拠や。それもこれも牧…アイツや。
ホールから出ると、冬の冷たい風が全身を襲ってきた。首をすくめながら俺はバイクへと近づいた。
何故、今回のいざこざに牧が登場するのか、意味がわからなかった。
ちょっとしたことから発展し、栗谷という危ない男のせいでS工業とK商業の揉め事になってはいたものの……それだけの話だったはずだ。もう二度と関わりたくはなかった男……あの牧が……何故。
気づけば、ぐるぐると同じような事を考えてしまっていた。答えの出ない疑問を追い出すように頭を強く振り、バイクに跨った。
「関係ない。よし、ほっとこう」
わざと口に出してエンジンをかける。
「スッキリしたらまたパチスロ打ちたくなってきたな。仕切り直しにホール変えるか!」
ほとんど空元気だが、これ以上頭を悩ましても何かが変わるワケではない。半分やけくそで鼻歌まじりにバイクをすっ飛ばし、国道沿いにある大型店へ向かった。
「久しぶりにココ来たなー」
数ヶ月前までは、奥村のドリームXが朝イチ台だったので、プチモーニング狙いで500円ずつ打っては小遣いを稼いでいた。
「なんやパチスロはまだスーパーセブンのままかいな。まぁー、エエか」
スーパーセブンのスベリを一人堪能していると、唐突にコーヒーを差し出してくるヤツが現れた。「誰や?」と振り向くとヒロだった。
「ヒロ‼ 久しぶりやな。学校行ってんのか」
「毎日やる事ないし金ないからな、お前と違って俺は真面目な学生や」
「真面目な学生は咥えタバコでこんなとこおらんやろ」
「この間の土日に山下のトコで鉄筋屋の日雇い手伝ったからな。小金増やしたろ思うてな」
「こんな寒い時期によう現場なんか出たな」
「お前、夏でもそれ言うやん。要は働きたないんやろ、ただ単に」
俺はヒロに、隣の台に座ることを促した。
「まぁー、しのごの言わずに久しぶりにツレ打ちでもしよや」
「いや、俺はもうオケラや。小金を増やすのに失敗して退散するとこや」「何してんねんお前は……ほな、飯でも奢るわ、行こうか」
俺がそう言うとヒロは満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。
「なんやお前、久しぶり会ったらめっちゃ優しいやんけ‼ 行こ行こ」
「現金なやっちゃな」
ホール裏にある、10人ほどしか入れない床が油まみれの中華屋へ入った。
俺にとってヒロは親友と言って良い、落ち着くツレだ。久しぶりに会ったという事もあって、他愛のない会話が続く。
飯も食い終わり、一服していると、ヒロが俺の顔をジッと見て言った。
「タケシ、お前なんか隠してるやろ」
「いや、なんもないで」
「アホ、お前と何年一緒におると思ってんねん、分かるぞ、あの、揉めてる最中のK商業の事か?」
「……ヒロ、お前には言うつもりはなかったんやけど、もうそんな話ちゃうんや、今。牧が……」
俺は思わず今の状況をヒロに話してしまった。
栗谷が牧と繋がっているらしいということ。栗谷がK商業の奴らにシンナーを捌かせたり、金を毟ったりしていること。そしてそのせいで疎まれていること。
「牧か……またその名前を聞くとはなぁ…去年の夏ぶりやん」
ヒロは煙草に火をつけて、さらに続けた。
「まぁ~…ほっとけほっとけ。俺らには関係ない話やろ?栗谷ってのもK商業のヤツらに煙たがられてる…ってコトはK商業との揉め事も落ち着くってコトやし」
「確かに…関係ない、俺もそう考えよう、忘れようとしてるんやけどな、栗谷の幼馴染みで直人ってヤツとパチスロ繋がりで仲良うなってもうてな……俺は直人の力にはなってやりたいんや」
しばし沈黙が流れた。一吸いした煙草を灰皿に置き、ヒロが口を開く。
「お前はホンマお人好しやのー。アホか、関わるな、牧には。またヤクザやらなんやら出てきて巻き込まれるぞ。直人ってヤツには悪いけど、K商業の中の事なんやから、お前が首突っ込まんでエエねん」
ヒロは呆れている、という雰囲気を出してはいるが、本当は心底心配して「関わるな」と俺を説得しようとしている。そう思った。
「まぁー、そやな、お前の言う通りやな…」
灰皿の上でモクモクと煙を吐き続けるセブンスター。
ヒロはタバコに火をつけている事すら忘れ、必死に説得してくれていた。
その時だ、俺のベルトに引っ掛けているポケベルが鳴った。
見てみると電話番号だけが送られてきたが、その次に「49106」とメッセージが入る。
これは「至急、電話くれ」というメッセージだ。
「オッちゃん会計してー。ヒロ、出よか。ちょっと電話せなアカン」
「わかった。エエかタケシ、ほっとけよ」
「わかったて。ほなまたな」
「またな、ごっそさん」
ヒロは駐輪場へ向かい、俺は道路を挟んだ向こう側の公衆電話へ向かった。電話をかけるとその相手はカベ君だった。
3週間前、K商業の栗谷達と揉めた時の最初の被害者だ。1人でいるところを狙われ、入院していたハズだった。
「タケシか、カベやけど」
「おー、カベ君かいな、見たことある番号や思うたわ。家の番号って事は……退院したんか」
「まぁー、すっかり元気や。頭やってもうてたからな、検査入院してたようなもんやし」
「そうか、よかったな。で、どないしてん」
「俺が入院してた間にな、中学の時のツレが栗谷のこと探し回ってくれたらしいねん。きっちりお礼はせなアカン言うてな」
血の気の多いツレやな…と思ったが俺は黙って聞いていた。
「タケシ、俺がなんでお前に電話したと思う」
「仕返しに行こうや、とかか?」
「ちょっと違う。さっきの続きや。栗谷の事を探ってってたら八幡のチンピラに繋がったらしいねん」
八幡のチンピラ…こっちでも繋がったか。
「…牧のことか?」
「そうや、お前とヒロ……前にその牧ってヤツと揉めたらしいな? しかも、あの金子まで敵に回したって聞いたで」
「あったな、そんなこと…で?」
「タケシ、栗谷のツレの直人いうヤツと仲ええらしいやん」
「まぁー、おう。アカンのか」
「おい、なにキレてんねん。落ち着け、エエか、その直人いうヤツ、八幡の牧に拉致られたみたいやぞ」
心臓がバクンと音を立てた気がした。直人が拉致られた…?
「はぁ?」
「今さっきな、K商業のヤツ1人捕まえてな、ちょっと詰めたってん。そしたら……」
「ちょっと待ってくれ」
俺は反射的に湧き上がる怒りを、状況を整理するために抑えつけるので必死だった。直人と最後に会ったのは1週間ほど前だった。
あの時の様子、あの時に引っかかっていたこと――直人は栗谷に対して怒りを感じつつも心配しているのでは――という疑念は確信に変わっていた。
直人は…栗谷を牧から引き剥がそうとしたのだ、そう直感した。
俺たちにとっては、栗谷はただの危ないヤツであり敵でしかない。
だが、直人にとっては揉めてるとはいえやはりツレなんや……。
受話器から聞こえるカベ君の声がやっと耳に届きだした。
「おい…タケシ? 聞いてんのか?」
「ああ…すまん」
「とにかく、直人がその牧やら栗谷やらに拉致られてるってよ。話の流れでタケシの名前も出てきたから伝えとこうって思ってな……どうする?」
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