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大阪ストラグル(第2部)第4話

「寒いし、タバコもないし、戻ろか」

日が落ちるにつれて、ホールの出入り口から外の寒さが染み込んで来ているようだった。俺は体をブルっとさせ、そそくさとスーパーバニーガールのシマへ戻った。K商業の男も後を追うようについてくる。

チラチラとお互いの顔や台を見ていたが、俺の台にすぐさま例の中段チェリーが降臨。この出目の圧倒的――視覚的にも今まで打ってきた台の中でもナンバーワンといえるほどの――インパクトは、朝の乱闘や事情聴取、さらに今まさにすぐそばにいるK商業のヤンキーくん…そんな全てを忘れさせるのに充分なものだった。

BIG、REGを織り交ぜ、時にはロング集中でもあるフルーツゲーム(60G)で出玉を増やしながら、無我夢中でレバーを叩いていた。

どれだけ時間が経過したのだろうか、コインも一箱獲得している。このホールは一回交換ではないので、ウハウハな気分で堪能していると、肩をポンポンと叩かれる。振り向くとK商業のアイツだ。すっかり存在を忘れていた。

「ノマれてもうたし帰るわ」

「そうか、俺もぼちぼちヤメるわ、またな」

俺がそう返すと、ヤツはその言葉に頷いた。俺はあえて「またな」と口にし、ヤツもそれを聞いたうえで頷いたんだ、と理解した。

K商業の男はシマから姿を消した。俺はその後ろ姿をぼんやり眺めながら、少しだけ口元が緩むのを感じた。喧嘩相手だった一人の男との見えぬ絆を、パチスロが結んだように思えた瞬間だった。

なんとはなしに気が抜けた気分になり、俺もコインを流した。裏の駐車場の片隅にある換金所で金をもらい、ダラダラと歩きながら駅に向かっていると、後ろからやかましいバイクが近づいてきた。

目をそちらに向けると、さっきのアイツだった。

「電車か?」

「そやで」

「帰るんか?」

「そやな」

名前も知らない、今朝まで揉め事を起こしていたグループで、お互い喧嘩相手同士だが、そんな空気は一切なかった。恐らく飯にでも誘っているのだろう、俺はなんとなく察したので誘ってみた。パチスロの話がしたかったのもある。

「なぁー、飯でも行かんか?」

「エエやん。行こや。バイクで5分くらいのとこに王将あるから乗りーや」

「エエな」

そう言いながら俺はCBXのケツにストンと座った。あっという間に王将へ到着する。

「めちゃくちゃ寒いなホンマ」

「俺なんか軍手忘れたから手ガチガチやわ」

「はよ入ろ」

20時頃だというのに、店内は思いのほか空いている。俺らは奥のテーブルへと座った。すぐさま店員が水を運んできたので、俺はメニューも広げず注文をする。

「天津飯と餃子で」

「おいおい、決まってんのかいな。俺もほな…えーっと、ラーメンと唐揚げ、あとチャーハンちょうだい」

店員さんはスッと席を離れる。さて、名前も知らないこの男と何から話すか。そう考えていると、向こうから先に尋ねてきた。

「名前なんていうん?」

「タケシやで」

「下の名前でいきなり言われたん初めてやわ。自分、オモロいな」

「そうか。自分は?」

「俺は直人やで」

「お前も下の名前で言うてるやん」

俺らは笑った。ホールで会った時の直感通りだ。気が合う。

「タケシはパチスロ好きなん?」

「めっちゃ好きやで。毎日、パチスロの事しか考えてないからな…」

「女は?彼女おんの?」

「おらんで」

一瞬、和美さんの顔が頭をよぎった。だが、もうかれこれ2ヶ月ほど会っていなかったし連絡も取り合ってもいない。付き合っている感覚はお互いないまま、なし崩しに放置している状態だった。

「タケシは地元どこなん?」

「枚方の方やで」

「そうなんや。枚パー行ったことあるで」

「まぁー、それしかないしなアソコ」

「バイクなんか乗ってるん?」

「XJ乗ってるで」

「めっちゃエエやん!」

「CBXのがエエやん」

「ほな交換しようや!」

また俺たちは笑いあう。他愛のない会話をしながら――。


会話を遮るように店員さんが注文していた料理を運んできた。

「タケシ、俺な、王将めっちゃ好きやねん」

「俺も好きやで」

どうでもいい事でも、思った事をなんでも口にする。ひたすら話しかけてくる直人の話に頷きながら、俺は目の前に並べられている飯に食らいついた。直人も同様に食べ始めるが、会話は止まらない。

「なぁー、タケシのそれ、リーパなん?」

「うーん、内巻きやな、軽めの。直人はガッツリリーパやな」

「せやねん。ビーバップのヒロシみたいやろ?」

「顔は全然ちゃうけどな」

「キッツー!」

そう言って、ハハハッと直人は笑った。

「なぁー、直人ってヒロシじゃなくて、純に似てるな」

「純?北の国からのか?」

「ちゃうわ!! ビーバップのほれ、愛徳の川端純。知ってるか?」

「あの眉毛ないヤツか‼ 俺のが男前やろ‼」

「キッツー」

俺がそう言うと直人は爆笑し、俺もそれにつられて爆笑した。とにかく直人は楽しいヤツやった。今日初めて喋ったにも関わらず、中学の時からのツレといるような空気感。下らない冗談を言い合いながら笑っていると、店の引き戸がガラガラっと空く音がした。すうっと冬の夜の外気が店内に入り込む。

「いらっしゃいませー、何名様ですか?」

「2や」

入口のほうを見ると、いかにもといったドヤンキーでおそらく同年代ぐらいであろう2人組が店に入ってくるところだった。何もなければいいが…と思う間もなくドヤンキーの1人が声をかけてきた。

「あれ?直人やんけ?」

直人は声をかけてきた男を見上げながら応える。

「おーっ、カッちゃん。何してんお前ら」

「何してんって、しょっちゅう来てるやんけ。んっ? どちらさん?」

カッちゃんと呼ばれた男は俺に直接声をかけてきた。

「直人のツレやで」と俺は返した。少し歯切れが悪かったか。

「へー。どこなん自分?」

そこへ直人が割って入る。

「S工業やねんタケシは。パチスロ屋で仲良くなってな」

「S工業?栗谷がモメてるとこやん。……ふーん」

含みを持たせたような間を置き、「ほなな直人」とだけ言い残して2人組は少し離れたテーブルに腰を下ろした。

直人は俺に顔を近づけながら言った。

「タケシ、すまんな、アイツは地元のツレやねん。俺らと同じK商業やったんやけど、中退したヤツや。栗谷とは今もつるんでるみたいやけど…まぁ関係あらへん、食お食お」

「そやな」

そう答えながらも直感的に嫌な予感がした。その予感は加速度を増して増大していく。

「直人、これ食ったら行こか」

とりあえずこの場所から離れないとアカン、そう思ったが、直人は何も気にしていない様子で王将の飯を堪能している。

「タケシ、明日も打ちに行く?」

「んっ、お、おう、そやな」

「ほなこの近くにモーニング楽勝で取れる店あるから一緒に行こや」

「そ、そうか、エエな」

直人には、俺の立場や栗谷のツレが近くにいるという、緊迫感はまったくないようだった。その後も直人は喋り続け、気づけば時間はそれなりに経過してしまっていた。痺れを切らした俺は直人に帰ろうか、と声を掛け席を立った。その時だ。

「いらっしゃいませー。何名様ですか?」

そう声をかけられたにもかかわらず、店員なんて目に入っていないのか、その男は一直線で俺と直人のテーブルへやってきた。

「おったおったー。いやー、会いたかったよS工業くん」

あーあ。来てもうた。やっぱりさっさと店を出てればよかったのだ。

「栗谷!! どないしてん!」

「直人よー、ちゃんと連絡くれなアカンやないかー、カッちゃんが連絡くれたから良かったものの、取り逃がすとこやないか。一掃や一掃。S工業一掃作戦、忘れたんかぁー?」

K商業のイカれた男、警察にも直人にも「近付くな」と言われた男……栗谷の登場だった。

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