大阪ストラグル(第1部)第6話

 気づけば、細い路地に入ったところにあるアパートの前に辿り着いていた。和美さんのアパートだ。
 和美さんとは最近知り合った。
 俺より5歳上、時たまスナックで働いているらしい、それ以外は何も知らない。特に恋人だとか彼女だとかいった意識はなかったが、いつの間にやらアパートに泊まりに行くような関係になっていた。


 部屋のドアをコンコン、と叩く。
 中から物音がしてドアの方に近づいてくる気配があった。鍵を開ける音の後、ガチャリと開いたドアの隙間から、和美さんの顔が覗いた。
「タケシくんやん、どうしたん」
「別に…入ってええ?」
「あっ、うん」
 和美さんは風呂上がり直後だったらしく、少し恥ずかしそうにしている。俺も目のやり場に困ったが、とっさにタバコを吸い、気を紛らわせる。
「なんか悪いな急に、バイト行ってんのか思ったんやけど、帰りにアパートの前を通ったら部屋に灯りが見えてな、つい」
「なんやのんそれ、タケシくん来てくれたら嬉しいでウチ。ふふふ」
 和美さんは年上ということもあり、俺は完全にガキ扱いをされていた。恋人でもなんでもないが、男と女の関係はもちろんあった。お互い、そのことについてとりたてて話し合ったこともなければ、「付き合おう」とどちらかが言ったこともなかった。いわゆる不思議な関係というヤツだ。

 和美さんとの出会いはスナックだった。俺はパチスロやパチンコを打つタマが切れた時、決まってツレの親父さんがやっている鉄筋屋でバイトをさせてもらっていた。当時の日当は8千円。学校をサボって5日も現場へ出れば4万にはなったので、16 歳の俺にとっては非常に助かるバイトだった。
 ある日の現場終わり、里崎さんという職人のおっちゃんが「お前、飲みに連れてったろか?」と和美さんがバイトをしているスナックに俺を連れて行った。
 そこで俺は和美さんに出会ったのだった。

「なぁー、和美さん。なんで俺のこと…いつも何も聞かへんの?」
「んっ?何が?」
「顔とか怪我してたら普通、喧嘩か?…とかあるやん」
「タケシくん、そんなんしょっちゅうやし。聞いても答えへんやろ、どうせ」
「あぁ…まぁー、うーん」
「バンドエイドぐらいは貼ったるで。ココに」
 そう言って、和美さんは顔の傷跡をつつく。
「痛いってアホ!! 触らんといてや!!」
「そんなぐらいで痛がるんやったら喧嘩なんかせーへんかったらエエのに」
「うるさいな」

 じゃれ合うような会話の後、少しの沈黙。
 俺はココ数日のモヤモヤした胸中をぶつけたいような気持ちになった。
「和美さん、めっちゃ仲エエヤツとしょうもないことでぎこちなくなったり、ツレになれそうなヤツとくだらんことで喧嘩なったりとかしたことある?」
「ん〜、あるんちゃうかな。でも、くだらんとかしょうもない…って言うてるぐらいやから、ウチは気にせーへんでそんなん」
「仲直りとかってできるんかな」
「ホンマの友達やったら離れへんって」
「そんなもんかなー。お互い口もきかへん状態でめんどくさいねんな…今」
「今日は珍しく自分のことえらい喋るな、タケシくん」
「えっ、そう…あっ、風呂借りてエエかな」
「勝手に入ってるやん、いつも。どうぞ」
 俺には相談する相手が誰一人としていなかった。だからこそ、年上で優しい和美さんに自然と甘えるようになっていたのだろう。

 風呂から上がると、綺麗なTシャツを用意してくれていた。俺は少しだけ寄って帰るつもりだったが、和美さんは泊まれと言っているのか。まぁー、イイわ。と俺はTシャツを拝借した。
「サイズどうやった?」
「うん? ちょうどやで。これ和美さんの?」
「前の彼氏のやつ…そんなんしかなくて」
「ああ、なんでもかまへんで、俺…」
 嫌な気分になった。俺はこの時、和美さんのことを好きになっていたのかもしれない。

 次の日。
「タケシくん、起きて。なんか友達来てるで。玄関のとこ」
「友達?なんでココおるん分かるんや?誰やろう…」
 俺は寝ぼけていたので警戒心もなく扉を開けた。警察や喧嘩相手なら一貫の終わりだったが、そこにいたのは柿本だった。

「柿やん!? 何してんねんお前」
「下にお前のバイク止まってたから、ヒロにもココやって聞いたし」
 そう言いながらも柿本の視線は部屋の中の方に向いていた。やはり年頃の男としては一人暮らしの女の部屋に興味津々なのだろう。
「ヒロ…あぁ、そうか」
 そういえばヒロは俺と和美さんとの関係を知っていたし、このアパートの場所も知っている。しかし、俺とヒロは現在、絶賛険悪中だ。そんな状況なのだから、たとえ柿本がヒロに対して、俺の居場所の心当たりを尋ねたとしても「知らん」の一言で済ませそうなものだが…。
 そんな俺の心に浮かんだ疑問は、この後の柿本との会話で氷解した。

「お前、昨日、大川とやりあったらしいな」
「まぁな…で、何やねん。お前のツレやからケジメでもつけろって言うんか?」
「ちゃうわアホ!! 大川があの後、大変なことになってるらしいねん」
「俺との喧嘩の後か?」
「多分そうや!! アイツ、グループの金ちょろまかしてたんがバレて拉致られたんや」
「はぁ〜!? 」
 柿本は自分の話に焦らされるかのように、だんだんと早口になっていった。
「昨日アイツ、彼女と夜中にファミレスで飯食ってて…そんでその帰り際に駐車場で3人組に車に押し込まれたって…」
「その彼女は?」
「なんとか店に逃げ込んだらしいわ」
「穏やかちゃうなオイ…。とりあえずホール行ってみよか、柿やん」
 和美さんに一言、「行くわ」とだけ言い残して、アパートの前に停めてあったバイクにまたがった。向かう先は昨日、大川と揉めたコスモスホールだ。

 ホールの駐車場にバイクを乱雑に停め、足早にホールの入口を目指し歩いた。柿本も緊迫した面持ちで少し後ろをついてくる。
「タケシ、大川が入ってたグループの…誰か顔分かるんか?」
「一人だけ、大川とよう話してた奴を覚えてんねん。パーマ頭で背のデカい奴やからすぐ分かる」
 柿本は自動ドアが開くと、すぐに俺に耳打ちした。
「俺はパチスロのシマ見てくるわ。タケシは…」
 俺はその言葉を遮り、
「いや、アイツらパチンコだけっぽい言い方やったからパチスロの方はエエ。柿やんはアッチ側回ってくれ」と指示した。
 柿本がシマの反対側に向かうのを確認して、どこかのシマに目当ての男がいないかを探す。
 すると、レクサスのシマで、頭一つ飛びでているパーマ頭の男をすぐに見つけた。
 パーマの真後ろに陣取ってから、おもむろに肩を叩く。
「なぁー、ちょっとエエかな」
 パーマは咥えていた煙草を指ではさみながらゆっくりと振り向いた。
「なんや~?お前?」
「大川のことなんやけど」
 大川の名を聞いて、明らかに取り乱すパーマ。
「大川!? し、知らんな、そんなヤツ」
 何やねん、そのベタすぎるリアクション…と一瞬笑いそうになるが、事態は割と穏やかではないのだ、ということを思い出す。
「よう言うわ、自分。アイツと一緒におったん知ってんねん。ちょっと表出てや」
 しぶしぶ立ち上がった男を前に立たせ、後ろからプレッシャーを与えるようにホールの外へ出した。
「大川、どこにおるんや」
「知らん」
 パーマの、少し落ち着きを取り戻してシラを切る態度に俺はムカついた。
「オイ、ナメてんのかお前」
「いきなりなんやねんお前コラ!!」
 パーマも臨戦態勢のようだ。よし、そんなら一発…と思ったところで柿本が慌ててホールの外へ出てくる。
「タケシ、見つけたら一言ぐらい言えや…。パーマ頭ってコイツか…」
 2人に囲まれる形になったパーマは虚勢を張るように俺たちを睨み付けた。
「なんやねんお前ら。大川のことなんか知らんぞ俺」
 その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、柿本はのど輪のような突きでパーマの首を掴んだ。

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