大阪ストラグル(第1部)第19話

 俺は無言で玄関へ向かい、そのまま靴を乱暴に履き、勢いそのままに外へ出た。扉を閉めて数秒立ち止まっていたが、和美さんの引き止める声は聞こえてこない。鉄骨剥き出しの階段を駆け降りた。カンカンカンカン、と寂しい音だけが耳に突き刺さる。
 バイクにまたがり和美さんの部屋を一瞬見上げたが、やはり出てきてくれる気配はない。この瞬間、俺は和美さんともう二度と会わないような気がした。一息ついてエンジンキーを回す。

 ヴォンヴォン‼

 俺のXJについている真っ黒なモリワキの集合管が鳴り響く。こんな時はいつもパチンコ屋に行き、やりきれない気待ちを忘れようとしていたが、時間は深夜の1時を過ぎている。当然の事ながらホールなんて開いてはいない。
 和美さんのあの態度…和美さんと金子・兄は元恋人なんじゃないか……そう思ったのは今回が初めてではなく、すでに薄々そんな気がしていた。しかし、今となっては関係ない。和美さんと俺は、ちゃんと付き合っていた訳でもない。こうなった以上、もう会うこともないだろうから…。

 数時間前に俺とヒロは「金子」、そして金髪ハンサムの「牧やん」にヤラれた。たまたまとはいえ、その「金子」の兄と、和美さんが(俺の思い込みかもしれないが)元恋人だなんて、よくわからん偶然もあったもんや。

 バイクを走らせながらとりとめもなく考えを巡らせていく。ふとヤツらにやられた顔面に熱を感じて、思考はまた金子と牧のことに戻る。
 マナミはすでに解放された、アイツらの目的は今となっては大川ただ一人のはず。
 俺とヒロが八幡に乗り込んだのは、あくまで柿やんのリベンジのためであって、そんな目的などヤツらは知らないし、当然、俺と大川の繋がりだって知るはずもない。にも関わらず、なんで牧ってヤツは俺のことを知っていて、喧嘩を売ってきたのか……。

 気がつけば実家の前だった。たまには家で寝るか、と静かに家へ入り込み、そーっと自室に潜りこんだ。一瞬で落ちたのだろう。目が覚めたのは部屋中に響くオカンの声のせいだった。

「タケシ‼ タケシて‼」
「…なに」
 俺は枕に突っ伏したまま、思いっきり不機嫌な声を出した。
「アンタ、また学校行ってへんねやろ。久しぶりに帰ってきたら傷だらけやし。いつまでガキみたいなことしてんの」
「……」
「学校ヤメてもエエで。どうせ留年するやろし、働いたらどうや」
 なんか機嫌悪そうやな…めんどくさ…と思った時だった。

 ヴォンヴォン!!

「ヒロか」
 バイクの音で誰が来たかすぐ分かる。
「オカン、ヒロや。あがれ言うて」
 オカンは表に出てヒロと何か会話をしている。直後にズカズカと足音がしてヒロが耳元で怒鳴った。
「お邪魔しまーす!おーい、起きろタケシ! 」
「なんやねん騒がしいなお前は。バイク戻したんやな」
「ああ。くっさんブツブツ言うてたわ。そんなことよりタケシ、アイツらシバきに行こうぜ」
 俺は起き上がった。無言のまま煙草を咥える。
「昨日の夜、病院で話したやんけ。このままやったら腹の虫が治まらんって」
「お前、金子に勝てる自信あるんか?」
「ないな。一発だけでもシバき返したいだけや」
「アホやなホンマ、お前は」
 そう言いながら俺はショッポ(ショートホープ)に火をつけた。
「ふぅー、ほな…行こか。いやな、俺も気になってんねや色々と」
「その前に『いいとも』観てから行こや」
「なんでやねん! ほな、俺とりあえず着替えてくるからゆっくりタモさんでも観といてくれ」
 ジーパンに足を通そうとしてふと止まる。
「動きやすい方がエエな」
 下はスウェットに変更し、上はTシャツ一枚にした。
 呑気にテレビを観て笑っているヒロの背中を蹴る。
「オイ、行くぞ! お前は緊張感とか無いんか」
「アホ、シバきに行くんやけど、どうせシバかれるんやぞ。気合い入れてもしゃーないやろ」
「まぁー、そらそうや」
 とはいえ、俺は負ける気なんてなかった。金髪の牧が空手を使うことは分かった。なら、掴んだらなんとかなるやろ、と安易な作戦を立てていた。
「ほな行こか」


「どないしよか、1台で行こか」
 ヒロがバイクにまたがりながら言った。
「せやな。ほなヒロ乗せてくれ」
「地獄への片道切符はお持ちですか、お客さん」
「そんなもんあれへん、帰りの切符もちゃんとあるぞ運転手!!」
「誰が運転手やねんボケ!!」
「はよ行けや!!」
 俺とヒロはアスファルトから照りつける暑さよりも、金子と牧へのリベンジに燃えていた。
 ヒロが走らせるFXのケツに乗りながら、いろいろなことが頭の中を駆け巡っていた。
 俺に見事なハイキックをお見舞いしてくれた金髪…そう、牧の顔がチラついて仕方が無かった。
 牧は単なるの金子のツレなのだろうか。金子はただの喧嘩バカに違いない。そのバカをうまく利用しているのが、牧という男ではないだろうか。本丸はアイツのような気がしてならなかった。くわえて、俺の存在も知っていたことを考えると、これは色々な罠が張り巡らされていてもおかしくはない、とまで思えた。
 このまま特攻していいものなのか、もう少し考えて行動するべきだったか、と悩んでいる間に周囲の風景がすでに敵の本拠地である八幡あたりだと気がつく。
 ここまで来たら悩んでてもしゃあないか…そう思った時だった。
 ヒロが急にブレーキをかけ、路上でバイクを停めた。
「どないした? ションベンか?」
「牧や」
「はぁ?」
 ヒロは通り過ぎた方向を振り返り言った。
「あそこのスクラップ工場」
 俺もそっちの方を振り返る。
「その横に黒田組ってのがあんねん。その事務所から出てきたヤツ、あの牧ってヤツや。一瞬やけど間違いない。あの金髪はアイツや」

 黒田組? 攻略法がらみのいざこざとは無関係だったハズだ。

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