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大阪ストラグル(第2部)第5話

嫌な予感は的中。地獄へ突き落とされた気分だった。
「S工業一掃作戦って…警察も動いてるし、もう終わったやろ」

この場のヤバさを感じていることを隠すように直人は言った。
栗谷は直人の顔を覗き込むようにして、
「直人ー、なんなんお前、あれ? あれれー?もしかしてソッチ側についたんか?」と言い、今度は体の向きを変えながら「どないしよか~カッちゃん」と必要以上にデカい声でわめいた。

栗谷に声をかけられた“カッちゃん”はテーブルに肘をつきながら直人の方を向いた。

「直人、お前、どないしてん。コイツになんかそそのかされてんか?」
「そんなんちゃうけど、もうエエんちゃうんかって思ってるだけや」

栗谷はおもむろに俺らのテーブルのすぐ横の席にドカっと座り、バカデカい声で喚いた。
「あーっ! 俺も腹減ってきたなー! おーい店員、餃子一枚追加や!」

そんな栗谷の態度に直人は少しイラついたようだった。
「なんやねん栗谷、他で食えよ」
「いちびんなよ直人!! エエやないか餃子ぐらい。なぁ、S工業くん」

栗谷は相変わらず(といっても存在を知ったのは3日ほど前だが…)目がぶっ飛んでる。薬でもやってるんちゃうか、と思わせるほど危ない目だった。そう思いつつも、「S工業くん」などと声をかけられた以上、俺も言葉を返さねばならない。

「エエよ直人…餃子食えよ。俺も話したかったし」
栗谷の表情が険しくなった。
「…なんかお前、ムカつくな」
「そうか?」
相手は4人(直人がアッチにつけば5人だが)……もはや俺に勝ち目などはない。諦めもあってか、一周回って冷静に反応する事しか出来なかった。

「栗谷、今日は勘弁してくれ、頼む」
直人は俺の窮状を察して助け舟を出してくれた。
「なんで? 直人、お前マジなんなん?」
栗谷の怒りは直人に向かう。栗谷は感情の爆発を抑えるように貧乏ゆすりをしていた。
「俺が無理やり誘ってココにおるだけやし、コイツは栗谷と揉めた相手ちゃうやろ」
「いやいや、コイツの顔めっちゃ覚えてるから、俺。揉めたヤツのツレやん。だからシバかせてもらおうかなって」
その言葉には、思わず俺も反応してしまった。
「シバかれる気はないけどな、お前に。お前も中坊みたいにいつまでこんなんしてんねん。サムいわー」

栗谷は俺の言葉に激高した。立ち上がり俺に詰め寄ってくる。
「あぁーんッ!? 表出ろコラァ!!」
「餃子食うんちゃうんか?」
俺は座ったまま返す。
「喋んなカス! 出ろ!」
「ヤメろや栗谷!」
直人も立ち上がった。
「直人!さっきから何やお前コラ!」
テーブルを挟んで栗谷と直人が胸ぐらを掴み合った。ガシャンとテーブルの上の食器が音を立てる。すぐさま店員が飛んでくる。
「お客さん、困ります!! 警察呼びますよ」
栗谷は店員に突っかかるのかと思いきや違った。
「あーっ、ごめんごめん。お友達とちょっと言い合いになってもうて。餃子もうエエわ、帰るし」
「えっ、あっ、わかりました」
ここで警察に来られるのはさすがにマズいと判断したんやろう。冷静なフリをして表に上手いこと誘い出されてしまった。

店の外の駐車場はガランとしていた。
「コラ、いちびり直人、タイマンやろや」
栗谷の敵意は完全に直人に向いていた。
「お前ら仲間ちゃうんか!! 直人、ヤメとけ」
俺がそう声をかけると、栗谷は低い唸り声で、
「よそ者は喋んな」
とだけ言い、直人から目を逸らさなかった。
「タケシ、エエよ。俺もコイツ前からムカついてたから」
直人がそう言い終わるや否や、栗谷は直人の胸ぐらを掴み引き倒そうとした。直人は必死に踏ん張り、栗谷の首元に手を回した。ヘッドロックのような形になる。夜の駐車場に怒号が鳴り響く。そこへ栗谷のツレのカッちゃんという男が横から直人を蹴り上げる。
「なんやお前コラ‼」
直人は痛みに顔を歪めるが栗谷の首からは手を離していない。
「直人、もうお前は終わりなんじゃ‼」
そう言いながら、なおも直人に蹴りを入れようとする栗谷のツレ――考える前に俺はソイツの脇腹に横蹴りを放り込んでいた。気づけば2対3の形になり、距離を少し置いて向かい合う。

その時、パトカーのサイレンが遠くの方で聞こえてきた。店員が通報したのかもしれない。栗谷は舌打ちをして、すぐさま駐車場にあるバイクに飛び乗った。栗谷の仲間たちも追随して駆け出す。俺と直人もバイクに乗り、駐車場を飛び出した。

直人のバイクは暗い路地を抜け、パトカーの音が遠くなっていく。その間、互いに会話はなかった。


「ありがとう、ここでエエわ」
俺は家の近所まで直人に送ってもらった。バイクに跨ったままの直人は顔を伏せながら言った。
「なんか今日は悪いことしたな」
「俺はエエんやけど、直人、お前…栗谷と揉めて大丈夫なんか」
「…大丈夫や、ほなまたどこかのホールで」

あっという間に直人のバイクは見えなくなった。誰が悪いのかさえも分からない状況だ。
直人はなぜ俺を庇ってまで栗谷にあそこまで突っかかったのか……それ以外にも引っかかることはあったが、考えるのが面倒くさかった。俺は家に入ってすぐに眠りに落ちた。

――次の日の朝。

「あら、アンタ帰って来てたんかいな」
冷蔵庫を物色し、飲み物を手に取る俺にオカンが声をかけてきた。
「おはよう。はよ起きてたんやけどな、ぼーっとしてたらこんな時間やわ。とりあえずパンでエエし焼いてや」
「なんや学校行くんか、珍しい」
「いや最近は行ってるで。まぁー、色々あってな。オカンは今日も仕事か」
「そやで。貧乏暇なしやわ、ハハハ。はい、パン焼けたで」
「ありがとう」
パンにマーガリンを塗りたくり、5口ほどで食べ終え家を出た。

俺は入学した時から学校なんて早く辞めたかった。とにかく仕事をして、金が欲しかったからだ。しかし、オカンはせっかく入学したんやから辞めるなという。色々と思うことはあったが、とりあえずはオカンの言う通り辞めていない、というだけだ。
昨日の夜のこともあったので、皆には伝えておこうとS工業へ足を向けた。

直人の電話番号かベル番(ポケベル)聞いとけば良かったな…とか、あの調子だと栗谷はしつこく付きまとってきそうやな…などと電車に揺られアレコレ考えていると駅に到着した。周りには学生はいなかった。無理もない。朝とは言えど、時間はすでに10 時前でとっくに授業は始まっている時間だからだ。

改札を抜けたあたりで、2人、倒れているのが見えた。
名前は知らないが、同じS工業のヤツだった。

「おい、どうしたんや!! めっちゃ鼻血出てるやん‼」
俺は駆け寄りながら声をかけた。
「うっ…なんやよう分からん、K商業のヤツらに…電車降りた瞬間追いかけ回されて…この様や…」

瞬間的に栗谷の顔が頭をよぎる。
「アイツら…」
「なんや? 自分の知り合いか?」
「いや、ちょっとな…とりあえず駅のトイレからティッシュ持ってくるから待っとき」
俺は駅員にトイレへ行かせてほしい、と伝えて改札をくぐり、ティッシュを大量にポケットに詰め込んだ。

「おい、これでとりあえず血、拭き。そっちの自分は大丈夫か」
近くにいたもう1人は呆然とした表情で自分の右手を俺に見せる。
「これ…手の甲と指、折れてるわ、何回も踏みつけられてな、アイツら狂ってるわ」
俺は何も言えなかった。栗谷たちが言っていた〝S工業一掃作戦〟…馬鹿げた響きだと思っていたが、ヤツらは本当に無関係な生徒にまで手を出し始めている。普通、警察沙汰になり、目をつけられたなら、しばらくの間は大人しくしているものだが……。
だが、栗谷はそんなことにはお構いナシ、らしい。この状況を目の当たりにして、俺はあらためて「栗谷は本気で狂ってるヤツなんや」と生唾を飲み込んだ。
二人が駅裏の病院に行くのに付き添った後、俺はS工業へ向かった。
自分の教室には向かわず、二つ隣の3組の教室の扉を開けた。
「トシユキ、ちょっと来てくれ」
「えっ、お、おう」

廊下の端にある階段に座り込み、トシユキに昨日のこと、今朝の出来事をすべて話した。

「なんやねんアイツ‼ しつこいなホンマ!! どうするタケシ。俺らも頭数揃えて、逆に待ち伏せしてヤッてまうか?」

「いや、アイツは違うんやトシユキ。もしそれでボコしても栗谷はまた仕返しにくる。無限に続く。アイツが死ぬか捕まるかせな終わらんねや」


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