【連載小説「辻家の人々」】018 辻発彦のギャンブル/辻ヤスシ
16年間の現役生活に幕を下ろした父親。
そんな父親だが、何も最初からそこまでプロの世界で生き残れる自信を持っていた選手ではなく、入団するか否かで迷うほどであったという。
父親が18歳の頃。
彼は高校野球引退後、進路に頭を悩ませていた。家庭はお世辞にも裕福ではなかったため、大好きな野球を続けるには社会人野球への道しか残されていなかった。
しかし、高校でもスポットを浴びた注目のスラッガーというわけではなく、どこにでもいる普通高校の中軸バッター……レベルの高い社会人野球で通用する実力はなかった。
当然欲しいと手を挙げるチームはない。それを家族に相談すると社会人野球の監督と繋がりがあると告げられ、頼み込んでその会社に入社することができた。
その後、結果を出さなければクビと通告されるほど追い込まれた年もあったが、並々ならぬ努力の末にそのハードルをクリアし、数年後にはチームの主軸になる程に成長した。
話は逸れるが、父親の入社した会社には1つのルールがある。
それは入社1年目かつ東京支社に配属された一般社員は、社会人野球の試合時に男性は応援団、女性はチアガールとして駆り出される。
ソレに該当したのが発彦の4年後に入社してきた節子、現在の自分の母親である。
元々、野球観戦が趣味だった母親はチアガールそっちのけで試合に釘付けだった。そこでピカイチの活躍をしたのが父親だったという。息子の自分からすればその後どちらがアタックしたとか、どうやって結ばれたのか……などは興味がないので尋ねたことはないが、上手くやったようだ。
そこから2年間の交際を経て、2人は結婚を決意した。
その数ヶ月後、辻家にとって人生の分岐が訪れる。「ドラフトで指名したい」という調査書が、父が所属するチームに届いたのである。それも複数の球団から。
社会人野球でレギュラーを取ってから、輝かしい成績を残し続けた父親をプロ野球界は放っておかなかった。
会社に残れば安定した給料をもらいながら、野球を続けられる。
加えて、引退後も大手の会社で定年まで働くことができる。
一方、社会人野球でいくら活躍できていたとしても、プロ野球のレベルはさらにもう1段も2段も上であり、活躍できる保証なんてどこにもない。
早ければ2年でクビだ。
それ以降、路頭に迷う可能性だってある。
プロ野球に憧れはあったものの、その選択はギャンブルと言っても良い。父親は悩みに悩んだが一家の主人としてそんな選択はできない。
そう思い、プロ野球選手への道を諦めかけた。
しかし、
「良いんじゃない、やってみれば」
報告を受けた母親は喰い気味に、かつ軽々と返答したらしい。
この一言で父親はプロ野球の世界へと飛び込む決意をした。
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