大阪ストラグル(第1部)第9話
門の外の路上にいた柿本も、玄関口に近づいてきて彼女に声をかける。
「ゴメンな、いきなり。なんか知らんけど、コイツ…タケシって言うねんけど…マナミちゃんの家に行こうって言いだしてな…大川から連絡あった?」
大川の彼女の名前はマナミというらしい。マナミは柿本から目を逸らしながら答えた。
「えっ、ううん。ないけど」
その瞬間、俺は確信した。
「ちょっと上がらせてもろてエエかな」
そう言うなり、玄関のドアを強引に引く。
「なんなん自分!! ヤメてよ!!」
「はいはい。ゴメンね」
俺はドアを完全に引き開け、ズカズカと家の中に入って行った。後から柿本が大声をあげる。俺は無視して廊下を奥に進む。
「タケシ、どないしてん、いきなり!?」
廊下の奥にあった小さな居間に、Tシャツにトランクス姿の男が、床に手をついて立ち上がろうとしていた。ド金髪の頭。大川だ。
「お前何してんねん、いきなり! ええ加減にせーよ!」
柿本が怒声を上げながら追いつき、俺の肩を強く引いた。その直後、部屋にいる大川に気づき、1オクターブ高い声を上げた。
「大川!? 何でお前がココにおんねん!?」
「柿やん!? 何で…」
「何でやないやろ!! お前拉致られてたんちゃうんか?」
「はぁ〜?」
柿本は、驚きと安堵と心配をかけられたことによる怒りがごちゃ混ぜになっていたのだろう。混乱気味に大川を詰問していた。それに対する大川の意外とも言えるリアクション。
その様子を見ていた俺には、だんだんと今回の騒動の全体像が掴めてきた。
「大川、柿やんを巻き込まんようにしようと思ったんやろ?」
俺がそう大川に声をかけると、大川はこちらを見上げた。
「ほんで、マナミちゃんって言うたっけ? マナミちゃんは余計なアドリブきかしてくれたんやんな?」
続いて俺は玄関口の方に突っ立っている、マナミにも声をかけた。マナミは俯いたままだ。
痺れをきらした柿本が喚く。
「一体どうゆうことやねん!イチから説明してくれや、タケシ!!」
「そうやな…一言で言うと、今日1日の俺たちの動きは、アホ丸出しやった、ってことや」
「何がやねん」
「騒いでたのは俺と柿やん、俺ら2人だけやねん」
「へ?」
「大川が打ち子してたんはホンマや。現に俺も誘われたからな。しかも昨日や」
「そんなん俺も知ってるで。そんでお前らは揉めてるんやからな」
「その後に大川が拉致られた、と柿やんが俺に言いに来たのが今朝やったな?」
「ああ…そうや」
「誰に聞いたんや? 拉致られたって」
「それは…ここにいるマナミちゃんに…」
「多分、それが嘘や」
「えっ? マナミちゃんが、何で俺に嘘つくねん」
俺は今回の大川拉致事件の騒動に違和感を抱いていた。
事件発生当時は俺も、迷う事なく柿やんに協力をし、大川を必死に探した。が、追求していくうちにおかしな点がいくつか出てくる。しかし、それが何のためなのか、という意図が見えなかったが、ここへきて点と点がようやく結びついた。俺は頭の中で言葉を整理し、落ち着いた口調で言葉を吐いた。
「おそらく、大川が打ち子グループの金をチョロまかしてたのがバレて、詰められそうになった。そんで、この家…マナミちゃんの家に逃げ込んでたんやろうな。その時に柿やん、お前を巻き込みたくなかったから、大川は彼女に口止めをした」
完全に自信があったワケではなかったので、大川の表情を窺った。目をすっと下に落とし、言い返してこない。ということは俺の予想もあながち間違ってないってことや。
「大川、お前、マナミちゃんに、『柿やんは俺がおらんくなったら心配して色々と聞いてくるやろうけど、何も言うな。今回の件に柿やんは関係ないから。俺一人でカタつける』……そんな風に言ったんやろ」
柿やんは突然の出来事に頭がついてきていない。俺の言葉を一言も聞き漏らすまい、そういった表情で、必死に自分のおかれている状況と真実をのみこもうとしている。俺は柿やんに気にすることなく核心へ迫った。
「ここからや。今回、事の発端となったのがマナミちゃんのアドリブ劇場や。彼氏に口止めされたマナミちゃん…その予想通りに柿やんが大川の動向を聞いてきた。柿やんは地元じゃ名の通った男や。この人なら今、彼氏のことを酷い目にあわせようとしてる人たちをやっつけてくれるかもしれない…一瞬でそう判断したマナミちゃんは、相手のヤツらを悪者に仕立て上げた。拉致された、と」
「マナミ! ホンマかそれ!?」
突然、大川が怒声を上げた。反射的に俺も怒鳴る。
「黙っとけ大川!! 元はと言えばお前が悪いんやろ!! 柿やん、マナミちゃんに大川が拉致られたと聞いたお前は、俺と一緒に長身パーマんところに行ったよな? そこで柿やんの名前を聞いてビビったパーマが口から出まかせに黒田組の名前を出したんや。多分、今回の騒動の全体像がコレや」
柿本は呆気にとられた顔をしていた。コイツ、ホンマに理解してんのかな…と俺は一瞬不安になった。
その柿本がようやく口を開く。
「なんや? なんやこれ? えーと…どこまでがホンマの話なんや?」
やっぱりコイツアホやわ…と、俺はピリっと張り詰めたこの場で吹き出しそうになった。笑いを押し殺し、俺は柿やんに分かりやすくもう一度、説明してあげた。
「えーと、大川がチンピラグループに詰められそうになってる…っていう一点だけがホンマにあったことやねん。それ以外の…拉致とか黒田組とかは全部ウソ!! 笑けるやろ?」
「………な…何やねんソレ…ホンマか? オイ、大川?」
柿本は力が抜けていくような情けない声で問いかけた。
大川は意を決した表情で答える。
「マナミが…マナミが俺を助けるために、そんなウソまでついてたとは全く知らんかった。ゴメンなマナミ。……か、柿やん、マナミの嘘がこんな大ごとになってもうて、心配かけて悪かった。許してくれ」
柿やんは下唇を嚙みながら黙っている。
そう言った後に、大川は俺の方に向き直り、ガバッと頭を下げた。
「タケシ!お前にも迷惑かけてすまんかった!俺もまさかお前を打ち子に誘った夜に、アイツらに追い込みかけられるとは思ってなかったしな…」
大川は自嘲気味に笑った。
「『アイツら』…って、結局のところ何者やねん? お前らカップルと…パーマの3人で黙って打ち子やってりゃ、その『アイツら』だってキレることないのとちゃうんか?」
俺がそう訊くと、大川は驚いた表情を見せた。
「マナミは関係ない! 確かに、あの攻略法で俺らは裏で荒稼ぎしてた。だから…ほとぼりが冷めるまで…ココで」
「アホか! 女の家に転がり込んでる時点で巻き込んでるやんけ!!」
「………」
「ケジメつけに行くんやろ? このままダラダラしてたら余計ややこしくなるんちゃうか? まぁ相手次第やろうけどな。で、誰やねんアイツらって」
大川とマナミは顔を見合わせた。静かに大川が口にしたその名前に俺は、「は~~~っ!?」と、思わず驚きの声を上げた。
柿やんも目を見開いて驚いている。
「大川!! お前アホか!! 八幡の金子やと!?」
「………そうや」
「金子って!! 俺らの2コ上のアイツやろ!? あのガラの悪い京都の八幡で一番危ないヤツやないか!!」
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