大阪ストラグル(第1部)第24話

 夏らしい日差しを浴びながら、アパートの階段をカンカンと音を鳴らしながら降りる。あっ、ヤバ、ガスあんまりあれへんやん。スタンド寄ってこ。
 和美さんの家から5分ほどの場所にあるガソリンスタンドに立ち寄った。タンクに注がれるコポコポコポという音を聞きながら、ウィンウィンと上がっていくメーターをただ眺めていた。
「2852円になります」
 ポケットからしわくちゃになった千円札の束を出し、三枚数えて店員に渡した。ムダに元気な声と共にお釣りをもらい、とりあえずガソリンスタンドを出た。
 アクセルをひらきバイクを走らせてみたはいいが、学校に行く気が全くしなかった。
 暇やし柿本の見舞いにでも行くか。ふと思い立ち総合病院を目的地に決めた。病院へ行く途中にヒロの家もある。アイツもどーせ暇やろうし誘ってみるか。
 ヒロの家の呼び鈴を鳴らすと、ヒロのおかんが出てきた。
「はいはいー、タケシくん、おはよう。上がり上がり」
「あっ、うん」
 俺はバイクを停め、促されるままに上がり込んだ。
「ヒロは?」
「寝てるんちゃう? あの子、3日ほど前やったかな、傷だらけで帰ってきたと思ったら、なんも言わんとご飯を食べては寝ての繰り返しやで。あれ? タケシくんも怪我してるやん。あっ、アンタらやりあったんか?」
「ちゃうちゃう。ちょっとな。ヒロ起こしてくるわ」
 部屋に入ると、散らかった部屋の片隅にあるベッドでヒロが丸くなっていた。
「ヒロ…おい、ヒロって…ヒロ‼」
「なんやねんうるさいな‼」
 数ミリほど目を開けこっちを睨みつける。「ん~っ、タケシかっ、なにしてんねんお前」
「いや、柿やんの見舞い行こかな思うて」
「柿本の?そうか、行ってらっしゃい」
「違うやん‼ 一緒に行こうぜ」
「なんでやねん面倒くさいわ…」
「お前、アレから外にも出てへんのやろ。金子に二連敗、しかも一方的、いや、圧倒的な力の差で負けたもんな、凹むよなぁ…」
「やかましいわっ‼ 体中、痛いだけや‼ 落ち込んでるんちゃう‼ お前、あのゴリラのパワー知らんやろ、思い出しただけでもゾッとするわ」
「ははは。ありゃ反則やな確かに。まっ、気分転換がてら行こや。乗せたるから」
「わかったわかった。とりあえずそこのセッタとって」
 散らかり放題のテーブルの上に、セッタがひっそり紛れ込んでいた。
「ほれ。俺も1本もらうぞ」

 照りつける太陽の下、快調にニケツでかっ飛ばした。あっという間に柿やんが入院している病院へ着く。ヒロがバイクのケツから降り、暑い暑いと念仏のように唱えている。
「あっ‼ 手ぶらやん‼」
「いらんやろそんなもん、柿本やぞ」

「アイツ、もう退院ぐらいちゃうかな? あれ?あっちやった?」
「こっちや」
 俺は適当にふらふら歩くヒロを首根っこを掴み、柿本の病室の前へ来た。扉を開けようとしたその時、なにやら中から会話が聞こえてきた。
「ん?誰か来てるみたいやな。タケシ、どないする」
「シッ‼ 静かにしろヒロ」
「なんやねん…」

 俺は病室の扉に耳をあてた。聞き覚えのある声。間違いない、アイツや。

「柿やん、ホンマに、ホンマに悪かった。許してくれ‼ 俺、俺あれから…」
「もうエエ。悪いと思って見舞いに来てくれたんやろ、それだけでかまへんって」
「柿やん…ありがとう。ホンマに俺…」

 俺は許せなかった。柿本の甘さも、“アイツ”のここ数日の行動すべても。怒りが一瞬で沸点に到達した。いてもたってもいられず、扉を開けた。
「大川ーっ‼」
 鼻っ面めがけておもいっきり渾身のストレートをぶち込んだ。大川は窓側まで吹っ飛び、両鼻からドス黒い血が滴り落ちた。
「タケシ!?」
 寝ていた体を俊敏に起こし、俺と大川の間に割って入る柿本。気づけば俺は後ろからヒロに羽交い締めにされていた。
「大川コラッ‼ このカスッ‼ 殺すぞオラーッ‼」
 俺は怒りがおさまらなかった。大川は鼻を押さえ、俺の顔を睨みつけている。
「なんじゃそのツラ‼ 文句あんのかコラ‼ かかってこんかいっ‼」
「ヤメろタケシ‼」
 病室中に響き渡るような声で柿本は叫んだ。
「タケシ、お前の気持ちも分かる。でも、大川も十分反省してるみたいやから、もう水に流したってくれへんか」
「柿やん‼ お前アホなんか!? コイツのせいでどれだけの人間が心配して、どれだけの人間が血を流して…お前なんか病院送りやんけっ‼」
 柿本は苦しいような悲しいような表情で俺の目を見た。

 そして、

「もうエエねんって。そもそもお前とヒロは途中から勝手に金子たちとやり合ってただけやないか」

俺は耳を疑った。柿本からそんな言葉が出てくるとは想像していなかった。

「はぁ〜っ? お前の敵討ちやろが‼」
「頼んだんか俺が? お前ら勝手に……大ごとにしとんのやないか」
「おい柿本、さっきから黙って聞いてたらなんやその言い草は。俺はそこにおる鼻血ブーとは面識もないけど、お前の包帯ぐるぐる巻きの姿を見たら…動いて当然やろが」
「ヒロ、タケシ、お前らは暴れたかっただけやろ。その理由を常に探してる。お前らとここ数日おって分かったわ。無茶苦茶や、お前ら」
「そうか…そうかそうかー。分かったわ柿やん、俺とヒロは頭イカれてるって事やな。ようわかった。ふぅー、行こか。ヒロ」
 俺は怒りで震える身を無理矢理落ち着けようと深呼吸した。ヒロも俺の身体から拘束を解いた。
「おい鼻血ブー、どこかで会ったら覚悟しとけよ。一発シバかな俺も気が収まらんわ」
 ヒロの言葉に俺も続いた。
「柿やん、大川…俺らは地元もちゃうし、やっぱり元々合わんかったようやな。ほなな」

 俺は遣る瀬無い気持ちのままヒロと病室を出た。


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