大阪ストラグル(第1部)第13話

「オイ、柿本‼」
 少年はベッドに駆け寄り、横たわる男に声をかけた。近くにいた医者がけげんそうに声をかけてくる。
「君は……彼、柿本君の知り合いか?」
「ツレや。どないしたんやコイツ」
 医者が簡単ではあるが、ことの成り行きを少年に話した。少年は絶句していた。

 医者は、「まだ眠っているようだから、また明日にでも来てあげなさい」と言い、部屋を出て行った。
 少年は、痛々しく包帯を巻かれた柿本の顔を見下ろした。そして独り言のように呟く。
「お前がヤラれるって…何があってん」
 すると、ベッドに横たわったままの柿本の口が動き、傍らの少年に問いかけた。
「…ヒロか?」
「柿本!?」
 意識を失っているかに見えた柿本が自分の名を呼びかけたので、ヒロは驚いた。しかし、すぐにココが病院だと思い出して声を潜める。
「おい、エエって。柿本、何があったか知らんけど、ボロボロやんけ」
 起こしてしまったかと思いつつも、一体何故、これほどまでの怪我を柿本が負っているのか、ヒロは純粋に気になった。
 まどろんでいるように見えた柿本だったが、急激に緊迫した声を上げながら身体を起こそうとした。
「マナミちゃんは!? マナミちゃん、無事なんか!?」
 うまく身体を起こせずに、苦痛に顔をゆがませながらも柿本は周囲を見渡そうとしていた。
「マナミちゃんって誰や…? ただごとじゃなさそうやけど、一体何があってん?」
 身体のどこかが痛むのか、柿本からの返答は呻き声だけだった。ヒロは質問を変えた。
「お前、最近タケシとようつるんでたやろ? タケシはお前がこんなんなってんの知ってんのか?」
「タケシは知らんハズや…ヒロ、今日って何曜日や?」
「えーっと水曜やな」
「じゃあまだ1日も経ってないな…俺が襲われたんは昨日の夜中やからな」
「で? お前ら一体何やってんねん。誰かと揉めてんのか?」
「お前には関係ないやろ。もう大川のことで巻き込みたくないんや」
「あっそ。マナミとか大川とか、知らん登場人物ばっかりやし、ホンマに関係なさそうやな、俺は」
 そう言ってヒロは病室を出ようとした。柿本がボロボロなのは間違いないが、1週間もしたら退院する程度のダメージに感じられた。なんとなく安心して、じゃあなと片手を挙げた。
「ちょっと待ってくれヒロ!」
「何やねん、ジュースでも飲みたいんか?」
「俺はこんなんや、1個だけ頼まれてくれへんか?」
「だから何や? ジュースけ?」
「さっき言ったマナミちゃんって子の居場所を確認したいねん。電話番号言うから、ちょっと電話かけて…」
「そのマナミちゃんってのはお前の彼女け?」
「はぁ!? はぁ!? ちゃ…ちゃうわ!! マナミちゃんは大川の彼女や!!」
 柿本の慌てぶりにヒロは思わず吹き出した。
「お前、もうワケわからんわ。また大川ってヤツ出てきたし。ややこしいから話せや。全部」
「金子や」
 また新しい登場人物やんけ!と即座に突っ込もうとしたが、ヒロは瞬間的に不吉さを感じた。
「……金子?」
「そうや」
「金子って……もしかして八幡の金子のことか?」
「おう、そうや」
 話を聞くなんて言わなければよかった。ヒロは後悔しながら気丈に笑って見せたが、顔は引きつっていた。

 和美さんが仕事に出たので俺は家に帰った。早朝に起きたせいで、おかんが用意していたメシを食ったらすぐに熟睡してしまった。
 翌朝、起きた瞬間から蝉の声が耳に飛び込んできたので、また今日も暑そうやな…と早速げんなりした。くっさんの家に行くかタカラホールに行くか…と考えながらシャワーを浴びていたら、たまには学校に顔を出してみるかと気まぐれに思った。
 途中のコンビニでガッツリ立ち読みしたせいで教室に入ったのは2時限目の途中。先生も慣れたもんで特に何も言わない。何人かが俺のほうを振り向き、「おっ珍しい!」などと声をかけてきたが、「うっさいアホ」と笑って返しながら自分の席に座った。
 座って頬杖をついた途端に、何しに来たんやろ俺…と後悔し始めた。
 やっぱりタカラホールに行ってれば良かったわ、とか、一昨日の夕方に柿本とマナミから聞かされた面倒ごとの顛末、などをとりとめもなく考えていると、教室から見下ろせる中庭に轟音を響かせて漆黒のFX400が乗り込んできた。
 アレっ、あのバイク、ヒロのヤツやんけ…と眺めていると、案の定メットを脱いだヒロの姿が見えた。
 ヒロは校舎を見上げるような仕草をした。直後、がなり声が響く。
「タケシ!おるか!? 出て来い!」

 中庭に降りると、ヒロが駆け寄ってきた。中華料理屋での大喧嘩の後、川原での乱闘の時にしか言葉を交わしていない。だが「気まずい」などと思う前にヒロの表情が「それどころではない」と雄弁に物語っていた。
「何やねん。何かあったんか?」
「柿本がボコられたぞ」
「誰に?」
「金子や」
「金子!? 金子にヤラれたんかアイツ」
「お前ら、どえらい面倒くさいのとモメてんやな」
「俺は関係あれへん」
 俺はあくまでも無関係だということを自分に言い聞かせた。それほど金子という存在は凶暴で、関わりたくないと体が拒絶反応を起こしていた。
「柿やん、どこの病院おんねん」
「枚方大学病院や」


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