【連載小説「辻家の人々」】008 一文無しの家出/辻ヤスシ
水泳に公文、さらには学習塾、と小学4年生になった頃には週6日が習い事で埋まっていた。
休日に朝から出掛けたり、学校終わりに友達の家で遊ぶ時間なんて皆無に等しかった。
水泳に関しては自分からやりたいと言って通わせてもらっていたので文句はなかったけれど、勉強系の2つは母親の強制。周りの友達は毎日のように遊び呆けているのになんで僕だけ…と常に思っていた。
そんな日々はもう嫌だ、と小学4年生の夏休みに意を決して母親に「塾を辞めたい」と直訴した。しかし、聞く耳すら持ってくれず、将来のためだなんだかんだと説教をされた。
それに腹が立った自分はそのまま家を飛び出した。
人生初の家出である。もちろん、計画性なんてない。
勢いで家を出たため、お金なんて1円もない。
自転車も倉庫の中で家の中から開けないと取り出せない。
そこで自分が取った行動は歩いておばあちゃんの家に行くことだった。
おばあちゃんの家は年に数回行っていたので道は熟知していた。時間的にいつも車で1時間ほどだったので、歩いて2時間ほどで着くと思っていた。今思えば何のために毎日毎日学習塾に通っていたんだと情けなくなるほどの計算力の無さである。
当然、いくら歩いても中々たどり着けない。それでも引き返せないところまで来てしまったのは流石に分かっていたので、ひたすら歩いた。距離にして23km。小学4年生が飲まず食わずでおいそれと歩ける距離ではない。
それでも、18時ごろに家を出て、くじける事なく歩き続けた結果、夜中の2時ごろに到着したんだから自分で言うのもなんだが根性がある少年だと思う。
結局、夜中に親父が迎えにきて、車で家に帰ったのだが、その車内で決めた事がある。
それは「週6日の習い事」なんて「飲まず食わずで8時間歩く」よりもよっぽど楽だからもう少し頑張ろうという事だった。