大阪ストラグル(第2部)第3話
――コイツは絶対にヤバいヤツやな……。
気がつけば待機していたのであろう、他の私服警官や制服のお巡りさん十数人に囲まれていた。とにかくK商業のヤツらと俺らとは引き離され、パトカー数台で警察署へ連行された。
署内に連れられ、長机が数個置かれた部屋に通された。先導して入った私服警官がドカッと着席し、目の前に座れと促した。
それは取り調べというよりも、雑談に近かった。事の発端、どっちが先に手を出したか、K商業との関係性など、長机を挟み小一時間ほど私服警官と話をした。
「まぁー、わかった。あのギャーギャー喚いてたヤツが…いきなり掴みかかってきたって事やな。で、その後、スイッチが入ったK商業のヤツらは徒党を組んで……S工業高校のヤンキーを……関係ないヤツだろうが……片っ端からシバき回ってると」
そう言い終わった警官は汚い字で埋まったメモ用紙のうえにボールペンを転がした。俺はぼんやりとそのメモ用紙を見ながら、こんな汚くて後から読み返せるんか?などと考えていた。
「……あのギャーギャー喚いてたヤツ…アレは完全に頭イカれてるわ。オッちゃん、アレ有名な奴なん?」
「オッちゃんって! まぁーエエ。…アレな、なんか最近この辺に引越して来た奴らしいが、エエ噂は聞かんな」
俺らは黙って話の続きを待った。
「俺ら生安(生活安全部)の中でもマークしとった一人や。どんな奴かはさすがに喋れんけど、これだけは言うといたる。お前ら、アイツと今後、絶対に揉めるなよ。壁山の復讐とか忘れろ、エエか、もう一回言う、関わるな」
警察署を出るとヒロやトシユキが所在なげに突っ立っていた。俺を見つけると近づいてきて一言「行こか」と言った。その後はしばらく無言で駅までぶらぶらと歩いて行った。
なんかややこしいのと揉めてもうたな、そうトシユキがポツリとこぼす。その言葉に俺も頷いた。だが、頷いたものの、この時はまだ、俺は巻き込まれている側の気分だった。
短ランの上に羽織っていた革ジャンのポケットに手を突っ込み、クシャクシャのショッポ(ショートホープ)を取り出し火をつける。
寒さでかじかんだ手でタバコを一吸いし、何気なく駅前を見回した。よくよく考えると、ほとんど降りたことのない駅やな。
そう思った途端にそわそわしてきた。ここらへんは何というホールがあるんやろ、どんな台があるんやろ、と。
「ちょっと行くわ」そう言って視界の先にあるホールを俺が顎で示すと、皆は一様に呆れ顔を作った。それに構わず俺はスタスタとそちらに歩を進める。
ヒロとトシユキ、他のメンツは口々に「ほなな」という言葉を俺の背中に投げて、駅へと消えていった。
俺は一人、ホールの扉を押し開けた。
下はボンタンだが、上着は革ジャンのコートを羽織っているし大丈夫だろう。そのままの格好でホールへ入った。
早足でパチスロのシマへ飛び込むと、目の前にはスーパーバニーガールが鎮座している。
「バニーガールの後継機やんか‼」
台と対面しただけで興奮は最高潮だ。シマの隅にあるコイン貸し機で千円分のコインを借り、逸る気持ちを抑えながら席につき、無我夢中で打ち始める。
先代であるバニーガールはモーニング狙いでよく打っていたので、小役のズレ目がアツいのだろう、という予測の元、一打一打制御を堪能するように打っていた。
BIG絵柄が黒図柄なのがイマイチしっくりこないな……などと考えていた、その時だった。今まで止まらなかった中段チェリーがスッと停止する。上段からBIG絵柄、チェリー、REG絵柄。
俺は無意識に右リールを狙った。すると、REG絵柄がズレ、BIG絵柄がテンパイする。これは揃う、自信満々に中リールを狙うと見事に揃った。それと同時に草競馬のファンファーレが鳴り響いた。初代よりも面白いかもしれない……そんな風に感じたファーストコンタクトだった。――余談だが、1リール確定目はこのスーパーバニーガールの中段チェリーがパチスロ史上初となる。
俺の地元とは違い、四條畷駅前にあるこのホールは賑わっていた。店員は初顔の俺を少し警戒している様子だったが、そんなものは関係ない。とにかく目の前にあるスーパーバニーガールが面白すぎるのだ。
無我夢中で打っていたが、ふと俺の二つ向こうで打っている男が視界に入った。ついさっき見かけた顔――。
今朝、ホームで乱闘寸前になったK商業のグループの1人だった。
一瞬で緊張感に包まれる。パチスロから意識がアイツに向いてしまった。リーゼントパーマでかっちりとした頭をしている。俺たちS工業、奴らK商業、そして私服警官が入り乱れた今朝の騒動だったが、俺は冷静に向こうのヤツらの顔を冷静に観察していた。間違いなく、あの中にいた1人だ。
ソイツが席を立ちトイレへ向かった……のを確認し、何故だか俺もあとを追った。
喧嘩を売るのか、俺は…?いや、そもそもなぜ追いかけた?
そう頭で考えているうちに、ソイツの隣で用を足していた。
「このホールよう来るん自分?」自然な感じで俺は問いかけた。
「んっ?そうやな…。あれ、お前…」向こうも俺に気づいたようだ。
途端に向こうは血相を変えた。
「お前、朝の!! なんやねん、表出るか!?」
見た目は派手ではないが、血の気の多いヤツのようだ。「ちょっと話しよか」俺はそう冷静に返した。
俺たちは連れだって便所から出た。ホールの出入り口にある溜まりの空間まで歩いた。ここなら多少は音もうるさくないし、外ほど寒くもない。ふと外を見ると、もう日は傾きかけていた。
「お前らS工業やろ?」
向こうもすでに落ち着いていた。カッチリしたリーゼントパーマに眉毛をそり上げた顔。一見は強面だがよく見ると優しそうな顔つきだった。
「そうや。お前らはK商業やろ、で、あの一番騒いでたアイツ……なんやアレ?」
俺は一番気になっていた、あの“イカれた男”の情報を得ようと思っていた。
「栗谷のことか…」
独り言のように呟く。くりや…警察が言うには“最近引っ越してきたヤツ”。有名なヤンキーなら噂レベルで名前ぐらいは聞こえてくるものだが、初耳だった。
「くりや…言うんや、アイツ。そもそも何でお前ら喧嘩売ってきてんねん」
「知らんがな。お前らがこの間、電車の中で栗谷と揉めたんやろ。俺らは、S工業のヤツら片っ端からシバくから…言われて招集かけられただけや」
「なんやそれ。まぁ…言うてもこうして警察沙汰になってもうた今、栗谷とか言うやつも動けんやろ」
「アホ。アイツはホンマに危ないぞ。警察とか関係あらへん。徹底的に追いかけ回すかもしれん。近づいてきたらとにかく離れろ。関わるな」
「めんどくさいヤツやな…」
「……俺も……K商業で知り合っただけやから、あんまり知らんけど」
少しの間、沈黙があった。何となく、栗谷については話したくないという空気を感じた。
空気を変えたくなった俺は、わざと明るい声で言った。
「そうか!それにしてもお前、なんかエエヤツやな」
「なんでやねん。まぁー、俺は喧嘩とかよりもパチスロのが好きやしな」
向こうもその流れにノッてきた。急に人懐っこい笑顔を見せる。
「俺と一緒やないか!……なぁタバコちょうだいや、台のとこに置いてきてもうたわ」
「俺も置いてきてもうたわ」
「それも一緒かいな」
俺たちは同時にククク…っと笑い合っていた。
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