【連載小説「辻家の人々」】012 甲子園と松坂/辻ヤスシ
中学2年生・夏。
野球部を辞めたのち、読書部という名の帰宅部に所属したため夏休みは文字通り毎日が休みである。朝から晩まで友達の家に入り浸り、目的のない無駄な時間を過ごしていた。
そんなある日、いつものように友達の家へと向かい変わらぬ日常を過ごしていると、たまたま回したチャンネルで甲子園が放送されていた。
野球部を辞めて以来、久々に野球に触れた瞬間だった。
そこで行われていた試合というのが平成の怪物・松坂大輔率いる横浜高校対PL学園の伝説の準決勝だ。
見始めたのは試合序盤だった。
「暑い中よくやるよ。何のために戦ってんだろうね」
なんて友達とバカにするように観ていたが、試合が進むにつれお互いの口数は減っていき、決着のついた延長17回は声を張り上げて応援するほど試合に釘付けになっていた。
自分と年齢が少ししか違わないのに野球で人を興奮・感動させる選手たち。中でもずば抜けたパフォーマンスを見せてくれた松坂大輔に大きな憧れを抱いた。その夜、自分は彼らの試合が頭から離れずほとんど眠ることができなかった。
そこから数日間、自分は外に出ず家に籠った。理由は当然、松坂大輔だ。
結局、横浜高校は甲子園優勝を決めたのだが、準決勝の大逆転劇も決勝のノーヒットノーランも試合の中心には松坂大輔がいた。そして、その決勝戦が終わるころには自分の中で1年以上モヤモヤしていた心の整理が終わっていた。
やることがないからやるわけじゃない。
父親がプロ野球選手だからやるわけじゃない。
あの場所に…甲子園に立って松坂大輔のように興奮や感動を与えられるような野球選手になりたい。
初めて野球をやる理由を見つけた中学2年の夏だった。
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