大阪ストラグル(第1部)第1話
S工業。
大阪の底辺ともいえる高校へ俺は入学した。
通学時間は家から電車で30分、最寄り駅から歩いて20分。ヤル気のない俺にとっては地獄のような遠征だ。とくれば、当然のように休みがちになる。行けば行ったで、俺と似たような連中がゴロゴロしていてそれなりに楽しかったが、いかんせん遠い。めんどくさい。サボる理由はそれだけで充分だった。
学校を休んでもやることはなし。家にいても暇なので、とりあえず「くっさん」の家へ遊びに行く。くっさんってのは中学の時からの仲間で、一緒にS工業を受験した8人の仲間内で唯1人だけ落ちるというミラクルを見せた強者だ。受験に落ちたくっさんは、夜間の工業高校へ泣く泣く通っていた。夜間ということは当然、昼間は家にいる。つまり、暇を持て余している俺の格好の餌食となるわけだ。
寝ている部屋へ勝手に上がり込み、ゲームをしたりマンガを読んだり、カップラーメンを食べたり…と好き放題していた。ガサゴソしていると、決まって「お前…勝手に漁るなや」と眠たそうに起き上がる。
俺1人ならまだしも、一緒にS工業へ通っていた「ヒロ」もいると、くっさんの安眠の時間はさらに短くなる。ヒロも、くっさん同様に中学からの仲間だ。俺に比べると高校へは行っていた方だが、朝に俺が「行くのヤメようや、今日」とサボりの道連れにしては、2人してくっさんの家に乗り込んでいた。
そんなある日。くっさんの家で新聞のチラシに目がいく。「新装開店」ーーよく見ると日付はまさに今日、夕方から〜と書いてある。俺の目線を追ってか、見るでもなくチラシに視線を落している2人に、「新装って絶対に勝てるらしいで」と、適当な事を言ってみた。
「ホンマかぁ?」と半信半疑ではあるが、食いつく2人。全員16 歳、さらに俺以外はパチスロに関しては素人丸出し。そんな2人を連れて打ちに行くという思いつきは、ことのほか刺激的に思えた。
「新装も面白そうやけど、ガッコあるし」と、くっさんは夜間学校へ行く準備を始めた。俺は必死に説得にあたる。
「新装行こや!! 千円あったら絶対勝てるし!! 行こうぜ!!」
とにかく無理矢理に誘った。くっさんは陥落、夜間学校をサボることを決定(後にくっさんは俺のせいで夜間学校を留年する事になるが、理由はもちろん、俺がこうして無理矢理休ませてばかりいたからだ)。
ヒロは最初から「行く側」に組み込まれているので問題ナシだ。
俺は既に地元の先輩とファイヤーバード7Uやトロピカーナなんかも打っていたのでパチスロに対する免疫はあった。しかし、くっさんやヒロをはじめとする同級のツレたちは皆、パチンコの羽モノしか打ったことがなかったのだ。
パチスロは金がかかる、というイメージだったのだろう。こないだまで中学生だったヤツらが、パチスロに対して尻込みするのは当然かもしれない。だからこそ、「新装」という言葉を援軍に使い、俺はツレをホールに連れ出すことに成功した。あとは、バイクを10 分飛ばすだけだ。
16 時。5人ほどの先客がいる。常連のオッサン連中だ。オッサンらは俺たちを見つけると、
「兄ちゃんら新台打つんけ」「パチンコやったらアッチやぞ」と明らかに煙たそうな態度をとる。相手が誰であれ、ナメられるのが凄く嫌だった俺は、「オッサンらもスロットけ?」と、とりあえず半笑いで言い返す。ムッとする1人の常連。
「俺らはな、毎日ここでスロット打っとんや」
常連お得意のアピールをかましてくるが知ったこっちゃない。
「オッサンやからパチンコか思うたわ」
この一言に隣にいたチンピラ風のオッサンが凄む。
「こらガキ!! 新台打ちたかったらおとなしくしとけよ!!」
「はぁ〜? なんで俺が新台打つのにお前らの許可いんねん」
一触即発である。顔では余裕の表情を見せつつも臨戦態勢をとっていた。少し距離をおき、左足を斜め45度付近に前へ出し、右足を少し下げ、重心をやや後方に保つ。大抵のヤツはとりあえず胸ぐらを掴んでくるので腕をいなして倒すか、金的にヒザを入れる、もしくは頭突きが妥当だ。
案の定、胸ぐらを掴んで凄んでくるチンピラ。咄嗟に頭突きをかました瞬間、5対3の乱闘戦が巻き起こる。そこへ、1人の店員が飛び込んできた。
「オイ!!ヤメろ!!何しとんねん!!」
よく見ると数人の店員もいる。
「ここで警察沙汰になったら新装なんかできひんで。エエ加減にしーや」そう言われた途端に常連らしき連中はすぐに落ち着いた。俺らは若さゆえにまだ興奮状態である。すると、真っ先に乱闘に割り込んできた店員が俺たちの方へ向き直し、話しかけてきた。
「お兄ちゃんら、まだ高校生やろ? ホンマやったら打たれへん年齢やな。いつもやったら目瞑るんやけど…こんな問題起こすんやったら無理やで?でもな、あのオッサン連中に謝るんやったら、今日打たせたるわ。折角、並んでるんやしな、お前らも」
徐々に落ち着いてきた俺とヒロとくっさんだったが、落ち着きついでにくっさんだけは冷めきってしまい、「帰ろうや。もうエエわ」と新装開店に対する興味を完全に失くした表情で言い放つ。だが俺はどうしても打ちたかった。
「ちょっと待てや、くっさん。俺がなんとかするから」
そう言って俺は常連のオッサンに「悪かったわ」とボソリと謝った。
オッサン連中も「大人げなかったなぁ、俺らも」と、予想外の返事。
こうして、一瞬にして乱闘現場となった新装開店のホール前に平和が訪れたのだった。