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皇帝様は絵師を褒めて伸ばしたい【000-001】


【プロローグ ~出会いは突然に~】


空を見上げると、そこには吸い込まれそうなほど深くて青々とした空が広がっていた。視線を道端に向けると、そこには花々が凛と力強く咲いていた。

五感全てで春を感じることができる心地の良い昼下がり。こんな日は何か素敵なことが起きそうな予感がした。暖かな日差し、吹き抜ける風の音、草木の優しい香り、そして、行き倒れている男。


私は真っすぐに歩みを進めた。すると、足元から悲鳴が聞こえた。まるで人が踏まれたときに発するような悲鳴だ。一体、何が起きたのだろうか。悲鳴が空耳かどうかを確かめるため、あえて何度かそこで足踏みをしてみたが、そのたびに「きゅっ」とか「みっ」とかいう変な音がした。

私は意を決して足元に視線を移した。そこには行き倒れている男が横たわっていた。よく見てみると男の身体は靴跡だらけで、何度も無慈悲に踏みつけられたかのようだった。靴跡は私の靴のものに酷似していた。

――助けなければいけない。

幼少の頃から両親に人助けの尊さを学んでいた私は、迷うことなく男を抱きかかえて連れて帰ることにした。ちょうど我が家の地下にはコンクリートで四方を囲まれた小部屋が空いていたで、男をそこで看病することにした。

日の光が入ることのない薄暗い地下室に男を放り込み、バケツいっぱいの氷水を浴びせると男の口がゆっくりと開いたので行き倒れるまでの経緯を訊いてみた。

「スィンゴ・ミカミン」、それが男の名だった。

なんでも、画家を目指して故郷を出たはいいが、旅のための資金をギャンブルで全てスってしまい行き倒れていたという。自業自得としかいいようがないが、彼の言った「画家」という一言が私の興味を引いた。

何を隠そう、私は無類の「愛で師」である。北に美少女の紙絵があると聞けば行って「尊い」と呟き、南に特殊なフェチイラストがあると聞けば行って保存する……そんな毎日を送っているうちに、いつの間にか「仮面の変態パトロン」とか「今世紀最大の愛で師」とか、とにかく多くの称号を与えられている。

「初めまして、私の名はカイザー烈。どうだい、私のもとで絵画を描かないかい」

私はスィンゴに手を差し伸べた。スィンゴは震える手でそれに応えてくれた。こうして私とスィンゴの奇妙な共同生活が始まった。

このときの私は、のちにスィンゴ・ミカミンの名が世界に知れ渡ることになるとは知る由もなかった。


【第1作 ~始まる奇跡~】


私とスィンゴとの関係は対等でなくてはならぬ。私は彼に衣食住を提供し、彼は私のために美しい絵を描く。私の心を打つ絵が生まれた暁には、スィンゴは自由の身だ。完全なるギブアンドテイクの関係。優れた芸術はこうした環境下で花開くものなのだ。

私はかわいい女の子が好きなので、スィンゴには基本的に美少女画だけを描いてもらおうと考えている。そのことをスィンゴに告げると、彼は苦虫を嚙み潰したような表情をした。なんでも、美少女画は苦手とのこと。私に逆らい腹が立ったので本当に苦虫を嚙み潰させた。

困ったことになった。せっかく拉致…いや、保護した絵描きだ。彼が物理的に逃走することは不可能だが、「絵を描く」ということから精神的に逃走されては困るのだ。彼にはやる気を出してもらい、褒めて伸ばすことで私好みの絵師様になって頂きたい。

幸い、私は気が短くない。手前味噌になるが、1人の女性が自分好みに育つのを幼女の頃から見守っていられるぐらいには気長な人物だ。

よし。お題を出そう。「かわいい女の子を描け」だけではテーマの自由度が高すぎて逆に困る――イラストレーター界隈でよく聞く苦情だ。「とりあえず描いてみて、それを見せてもらって修正かけます」などいった発注元は全力で忌避すべき、といった言説はSNSで死ぬほど目にする。

最初のお題はコレだ。

『サイズの合っていない学生服を着て、悪魔を祓っている金髪ツインテール美少女』

最初のお題は比較的オーソドックスで易しいものにした。少し甘すぎるかもしれないが、「厳しさだけでは人は伸びない」これが私のモットーだ。

スィンゴは「え~~?」とか「え~~~?」とか言いながら筆を進めていった。時々「はぁ~?」「何で俺が…」とか言うので、百叩きの計に処している自分を想像して我慢した。

待つこと30分。

スィンゴの第1作が完成した。


それではご覧ください。

『サイズの合っていない学生服を着て、
悪魔を祓っている金髪ツインテール美少女』



第1作

私はこの作品を見て震えた。

「美少女画は苦手」というだけあって筆遣いに若干の迷いを感じ取れたが、それでもシンゴの才能が伝わってきた。

まずは息遣いが聞こえてきそうなほど、金髪ツインテール美少女がリアリスティック。実はモデルがいてデッサンしたのではないかと一瞬疑ってしまった。生々しい彼女の姿を見ていると、不思議と月に替わってお仕置きされてしまいたくなる感覚に襲われる。

また、まるで版権フリーの素材を張り付けたかのような繊細な背景はどうだ。背景に少女が違和感なく溶け込んでいるので、「これは写真か」との感想を持つ者もいるだろう。

彼女の表情にも注目してほしい。善良な市民を三人ぐらい殺めていそうなほど猟奇的で、思わず固唾を飲みこんでしまった。もし、夜な夜な彼女が絵画から抜け出したら、間違いなく快楽殺人を犯すので一休さんを呼んで縛り上げてもらわないといけないだろう。

「えい」と描かれた吹き出し。おそらく、これは掛け声の「えい!」と「海中に棲むエイの悪魔を祓っている」という二つの意味があるのだろう。この物語性を感じる描写を見たら、誰もが魔法少女の冒険譚を書き綴ってしまう。ちなみに私は文庫本にして三冊分書き綴った。

左手に持っている黒い謎の物体、間違いなくこれは虚無。「己の人生は誰かの手に握られており、抵抗することができず振り回される」そんな現代社会の闇を暗喩しているのだろう。ただの美少女画ではなく風刺画の側面も見せている。断じて学生カバンとかではない。

そして、兎にも角にも彼女は素足だ。ここのポイントは高い。周知の通り私は稀代の素足フェチ、狙ったのか偶然なのか、そんな私の性癖を見事に射抜いた。「クライアントの意図を的確に掴む」、これはクリエイターに必要な能力の一つだ。それを教えることなく、既に身につけているとは末恐ろしい。


処女作とは思えないほど、濃厚で濃密な作品。同じ人間とは思えないほど、豊かな感性。いったい、スィンゴの目にはこの世界がどう見えているのか。

もしかすると、私は絵画の歴史を塗り替える伝説の幕開けに立ち会ったのかもしれない。


第1作アップ

第1作アップ02



文:カイザー・烈
画:スィンゴ・ミカミン

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