【連載小説「辻家の人々」】019辻発彦の妻/辻ヤスシ
辻家の人々の第16話を読んで違和感を感じた方は大勢いたと思う。
(「辻家の人々」第16話はコチラ)
何故、父親の引退試合に母親の姿がなかったのか。
それは母親の性格と環境に原因があったから、父親から引退試合の帰りの車中でそう聞かされた。
母は、両親の影響で幼い頃からプロ野球(特に巨人)の大ファンだった。
そんな彼女が、(念願だったかは定かではないが)プロ野球選手の妻となった。
辻発彦はルーキー時代から試合にはちょこちょこと出場していた。
その時期の母は、大好きなプロ野球を、そして旦那が活躍している姿を見ようと頻繁に球場に足を運んでいた。
もちろん、他の選手の家族も球場に来ており、ルーキー選手の妻として挨拶回りなど気を使うことも多かったらしい。
そして、2年目。
この年から父親は、それまでレギュラーを張っていたベテラン選手を退け、毎試合出場するようになった。
2年目とはいえ、チーム内は先輩の方が当然多い。
妻としては挨拶回りは当然やらざるを得ない日課である。
母親は人見知りで中々人と打ち解けることができないため、それだけで疲れてしまっていたようだ。加えて、母親は極度の“気にしい”である。
――昨年までレギュラーを張っていた選手の家族、そしてその周辺グループは、さぞ辻家を憎たらしく思っているだろう――
「ちょっと意地悪してやろう」
実際のところはそんなことはなかったと信じたいが、そう思われているような気がしてならなかったらしい。
そういう精神的なストレスに耐えきれなくなり、いつしか球場に足を運ばなくなってしまった。
では、中堅・ベテラン時代はどうだったか。
父親は自分にも他人にも厳しくて有名だった。そのため、他のチームメイトから嫌われ、その家族から白い目で見られるのではないか……と母親は考えてしまい、やはり1度も球場に行くことはなかった。
故に、自分自身、母親と野球を見に行ったことは皆無である。
引退試合も同様である。
引退試合にも行かないと母親が言い出した当時は、前述のような事情など何も知らなかったため、自分は怒鳴るぐらいの声量で説得を試みた。
しかし、母親は涙ながら「無理だよ…」の一点張り。
結局テレビ中継でその模様を見届けた。なお、父親は事情を知っているだけに誘うことはなかったという。
ちなみに、監督をやっている現在も同様である。
レギュラーとして使っていない選手の家族から…など色々と不安があり、就任後1度も球場に足を運んでいない。
毎試合、必ず中継を見ているにもかかわらずだ。
先日、60歳の還暦を迎えた母親。
もう少し図太い母ちゃんになって欲しいものだ。
文:辻ヤスシ
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