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大阪ストラグル(第2部)第1話
「おったぞ‼ アイツらやっ‼」
電車の扉が開くと同時に、ホームで待ち構えていたK商業の5人が雪崩れ込んできた。
「降りろコラーッ‼」
「お前らかクソガキ‼」
「なんやオッさん‼」
「警察じゃあボケ‼」
電車から私服警官3名がK商業の5人をホームに押し戻す。それと同時に、私服警官のうち最も強面のおっさんが、俺たち5人にも「お前らも降りんかいっ‼」と怒鳴る。通勤電車に悲鳴と怒号が飛び交うなか、電車の扉は無関心に静かに閉まる。何もなかったかのように通勤電車は発車していく。ほんの数秒の出来事だった。
事の発端は3日前に遡る。
夏にあった金子事件から半年、俺は平和な日々を過ごしていた。バイトにパチスロ、バイク、音楽、たまに学校へ行く……たまにちょっとした刺激がある日々、そんな毎日だったのだが、とある朝にちょっとどころではない刺激が、予兆もなく、突然にやってきた。
1月22日。
冬の朝、俺はS工業に行くため地元の駅のホームにいた。この駅からS工業へと通うヤツは7、8人はいた。普段は(俺を含め)、特に時間帯を示し合わせるでもなかったが、何となく3~4人ほど揃ったらプラプラと電車に乗り込むのが常だった。とはいえ、1時限目の授業に間に合うように、とか朝礼の時間までに…などといった概念を持ち合わせている者は誰もいなかったし、当たり前のようにサボるようなヤツらばかりだったので、しばらくしても誰も来ない、なんてこともそれなりにあった。そんな場合、俺の行動パターンとしては…①行ってもいいかという気分なら学校へ、②それ以外の気分ならサボってパチンコ屋にでも行く……と決まっていた。
それが、この日は俺を含めて5人も同じ時間帯に揃った。珍しいことだった。
「あれ、カベくんは休みかいな? アイツ学校はちゃんと行くのに…今日おらんな」サボりがちなヤツが多かったとはいえ、カベという友人はわりと律儀な方であった。
俺がタバコの煙と白い息を吐きながらそう言うと、
「ここ最近アホみたいに寒いからな、アイツ風邪でもひいたんちゃうか」
まだ眠たそうなヒロがぶっきらぼうに言い放つ。
そこへ電車が滑り込んできたので、俺ら5人は電車へ乗り込んだ。
乗車するなりトシユキが口を開く。
「タケシとヒロが揃って朝からってのも珍しいな。なんかあるんか?」
「気まぐれや気まぐれ」
「雪でも降るんちゃうか、ハハハ」
トシユキとは同じ中学のツレだった。180cmほどの長身で痩せ型。俺とヒロ同様、中学時代にきっちりとやんちゃして今では見事、大阪の底辺であるS工業に仲良く通っている。
くだらない話を交わしながら、電車は目的地へ粛々と走っていた。俺は途中から会話に参加せず、ぼんやりと窓から見える景色を見ていた。
その刹那、突然、怒号が鳴り響く。
「なんやお前コラっ‼」
瞬時に声の方に振り返ると、トシユキが髪の毛を後ろから掴まれていた。
トシユキは即座に反撃体制に入り、「なにしとんじゃコラっ‼」と、相手に飛び掛かった。
突然、車内で取っ組み合いの喧嘩が始まった。俺らはとりあえず止めに入ったが、相手がえらく興奮しているのか、トシユキを襟首あたりを両手でガッチリと掴み、離さない。
強引にトシユキとそいつをひっぺがすと、向こうは怒りがおさまらないのか、何かわめき散らしている。見ると向こうは2人組だった。傍らのツレは興奮しわめき散らすそいつを止めようともしない。わめいている男の目には狂気が滲んでいた。背は高くはないが、暴れる身体を抑えつけただけでもわかる硬い筋肉質な肉。俺は一瞬、砲丸投げの砲丸を想像した。
なんやコイツ、頭イカれてんのか…。第一印象はそんな感じだった。コイツが第一印象通り、本当にイカれてるヤツだと知るのはだいぶあとの事になる。
俺たちが一触即発のなか、電車は次の駅に停車した。5人がかりでイカれた2人組を車外へと放り出す。扉が閉まり、電車が走り出したあとも、2人組はホームで何かを叫び、電車を少しの間、追いかけて来ていた。
「トシユキ、お前なにしてんねん」
「知らんって‼ アイツがいきなり後ろから髪の毛掴んできたんやんけ」
トシユキの話を聞いてみると……恐らく一、二度視線が合い、それを向こうはメンチを切ってきたと判断し喧嘩をふっかけてきたのではないか、という結論に落ち着いた。
「何やねんソレ…」と苦笑しつつ、あんなヤツらのことは放っておくに限るといった空気を俺たち5人のなかを流れた。その後はまたポツリポツリと実のない会話を交わしながらとにもかくにも電車に揺られていた。
俺たちが学校に到着した頃、それは起こっていた。
朝、地元の駅にいなかったカベ君は、俺らより少し遅い電車に一人で乗っていた。
そして、数分前に俺たちとモメたイカれた二人組に見つかった。
先ほど俺たちに無理やり放り出された2人組は、そのままその駅のホームで苛立ちを増大させていたのだろう。やってきた電車の扉が開き、その扉付近にいたカベ君を見つけるなり、奴らはカベ君を引きずり降ろした。
「お前、S工業か」
「なんやお前、時間ないんや、どけ」
カベ君はそう答え、再び電車に乗り込もうとした。しかし奴らは力任せにカベ君を後方から引き倒し、頭を踏みつけ、そのまま蹴りを連続で放った。
喧嘩に気づいた駅員が走ってくる。それに合図に2人組は走って逃げた。
カベ君はそのまま救急車で病院へ運ばれ、側頭部を数針縫うことになった。
――12 時20分。
菓子パンを1つ胃袋へ放り込みながら、俺は教室の片隅にあるガスストーブの群がりに加わっていた。
「ちゃうって! 赤パネルの方が連チャンするやろ! 寒いのーしかし‼」
「いやいや、俺は青やと思うで。寒っ‼」
俺が披露した『赤パネルの方が連チャンする説』をトシユキは自信満々で否定してきた。ストーブに背を向けて熱気を感じながら、俺はトシユキに反論する。
「アホやな、トシユキ。クラウンで青パネルのリバベル(リバティーベルⅢ)が出てるの見たことないぞ、俺」
「あそこはBIG1回交換やからそう見えるだけなんやて。今日行くかタケシ? タカラばっかり行きすぎて、贔屓目になってるとこあるからな」
トシユキは両手をポケットにつっこみ、何とか身体を温めようと全身を小刻みに揺らしている。
「なんでやねんっ‼ ほな行こけ。ついでに攻略法も見つけたから教えたるわトシユキ」
俺がそう言うと、ドンと後方からヒロがぶつかってきた。ヒロは悪戯小僧のような笑顔を見せながら、
「なんやそれタケシ、そうなると話は変わってくるぞ。俺、今日の帰り女と会う約束してたけどキャンセルやな。攻略法の方が大事や」
と、誘ってもいないのに会話に割り込んできた。女よりも「攻略法」という三文字にまんまと釣られたのだ。
トシユキが憎々しそうにヒロに向かって言う。
「ヒロ、お前、女できて浮かれてるらしいやないか。フラれろ、お前なんか!」
「ハイハイ。ほな来週、トシユキに女紹介したろ思うてたけどヤメとくわ」
「冗談やんかヒロ。来週まで寝んと楽しみに待っとく♡」
トシユキはヒロにすり寄りながら猫撫で声を出した。
「嘘つけ、お前‼ いっつも寝まくっとるがな‼ おい、ぼちぼち昼休み終わりや。俺、パチスロの話してたら打ちたくなってきたし抜けるわ。ヒロとトシユキはどないする?」
俺はそう言いながらストーブから離れて教室の出口へと向かった。
「待てって、タケシ。お前、珍しく昼休みまでおると思ったら、結局、帰るんかいっ‼…ほな、俺も」
「なんでやねんっ‼ ん~っ……ほな俺も」
こうして俺とトシユキ、ヒロはそそくさと学校をあとにし、地元ホールへと向かった。
――クラウンホール。
「めっちゃ久しぶりに来たわ、クラウン。アラジンのパニック(集中役)で笑けるほど出したぶりやわ」
俺がそう言うと、
「お前、あの頃からホール来てたんか? 狂ってんな、ホンマ」
とトシユキは呆れた様子で言い放った。そして、クラウンが自分の陣地であるかの如く、ズンズンとリバベルのシマへと歩いていく。
先客は2人。適当に3つ並びで腰を下ろす。
「俺の台、これ…出目見てみ。交換して1Gも回してないやろ?」
そう言って俺は自分の台のリール部分を指差した。
「そやな。うんうん。で?」
トシユキとヒロは攻略法に興味津々だった。真ん中に座った俺の両サイドから、目を輝かせて講釈の続きを待っている。
「ボーナス終了後、2千円だけ打つようにしてたら、めっちゃ勝てるようなってな…」
「マジで!?」
興奮気味の2人はボーナス終了後に即ヤメしている台を探し、2千円打つ打法を早速試し始めた。
後に、リバティーベルⅢは11Gの周期で抽選していることが発覚した。厳密に言うと、11G、22G、33G、44Gがチャンスになるのだ。
「タケシ‼ マジで当たったぞ‼ ヤバいな‼ バイトせんでエエやんけこんなん!」
トシユキは興奮を抑えられない様子だった。ヒロもちょこちょこと当ててはいるが、彼女との約束をドタキャンしたのが気になる様子で、どうもソワソワしていた。しばらくして、ついに痺れを切らしたのか、ヒロが俺のそばに寄ってきた。
「タケシ、5千円勝ったし…ぼちぼちヤメるわ俺。また明日な」
「そうか、ほなまたな」
ヒロはそそくさとホールから出て行った。一方、トシユキは1人興奮し、ヒロが帰った事にすら気付いていない有り様だった。
俺たちは、今朝の電車内での乱闘の事をすっかり忘れていた。当然のことだが、カベ君が病院送りにされた事なぞ知る由もなかった。
ここから――パチスロどころではない最悪の事態に巻き込まれていくことになる。
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