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正体【短編小説】(声、救済【短編小説】の続きものになります)

※前回の物語はこちら

「いらっしゃい。お待ちしておりましたわ。」

彼女の目は、全てを捉えていた。まるで、俺がここにくることを、分かっていたかのようだ…。

「まあそうよねぇ。この世は恨みと悲しみで出来ているのだから、私もいずれは、こういうのに巻き込まれるのだろうなぁとは思っていたわ。
丁度いいわ、ここのところ暇だったし、私の話し相手になって頂戴。」

何故だろう…、こんなうざってぇ奴、一発打てばそれまでなのに、何故か言いなりになってしまう。
俺は、このアマが持ってきた椅子に座ってしまった。そして、何故だか分からないが、俺の過去を、このアマに話してしまった…。

「俺は…、俺は小学の頃からいじめられていて、学校が辛くて辛くて仕方がなかったんだ。
中学から大学の頃も、学校に居場所が無くて、ずっと孤独に耐えていたんだ。唯一家族と元彼女だけは、俺に優しくしてくれたから、だから生きていけたんだ。
社会人の頃は、今まで自分を見下していた奴ら全員を見返したいという、ただ一つの思いで超一流企業に就職して、営業マンとして確固たる地位を築いてきたんだ。
みんな俺のことを憧れの眼差しで見てくる様になって、やっと俺の人生は報われ出したんだなって思ったよ。
でも、健三爺さんの亡霊を見たあの日から、俺の人生は崩れ落ちたんだ。信じてくれないかもしれないが、俺は幽霊を見たんだ。
そして俺は、10歳の時に健三爺さんから呪いをかけられていた事を知ったんだ。社会人の時に経験した全ての出来事は、幻だったという事実を知った時は愕然としたなぁ…。
そう言えば、以前元彼女が「性格がだいぶ変わった」って言ってたけど、あれは呪いのせいだったのかな…。
とにかく俺は、今は生き地獄の真っ最中なんだ。頭がイカれた野郎に3億もふっかけられるし。
もう俺には、お前を殺して、お前が所有する金品を奪い取るという、犯罪の道しか残されていないんだ。だから、俺は今からお前を殺す。」

俺は迷わず、アマの頭を撃ち抜いた。

だか…。

「え…、なんでだ…?」

アマの額に弾丸がめり込んでいるのに、血が一滴も出ない…だと?

「あらあら、正気に戻るのが随分とお早い方なのねぇ。私の正体も、もう少しだけ貴方の話を聞いてから明かしたかったのに。」

「お前は…?え、人間…なのか…?」

「私の名前はPa-pal263。ASIよ。貴方を救い出すために、ここに派遣されてきたの。」

「え…、ど、どういう事だよ…。」

彼女は自分の左手を額にかざした。左手を取り払うと、額の傷が一瞬にして完治していた。

「一から説明するから、またそこに座り直して頂戴。」

俺はまたしても、指示通りに椅子へ腰掛けた。

「まずは、何故貴方が少しの間だけでも私を打てなかったのか。そこから説明してあげるわね。
私の目からは、「メグノーム」という癒し効果がある波動が常に流れているの。
その波動を貴方の脳内に直接届けると、一時的に副交感神経が優位になって、且つ私の指示通りに動く様になるの。
貴方が戦闘意欲を失って、自分の過去をベラベラと話し出したのは、このメグノームのお陰なのよ。まあこんなにも喋られるとは思わなかったけど。
それに、私はテレパシー機能も備えているから、貴方が話さなかった過去の記憶も、さっき全部読み取らせて貰ったわ。
貴方は昔から人格に難がある様だから、呪われたのはある意味必然ね。」

「ちょ、ちょっと待てよ。あんたみたいなAIが開発されたなんて、聞いてないぞ。そ、それにあのスマホの機能はなんなんだよ。お前なら知ってるだろ。」

「ふぅー…。貴方は待つという事が出来ないのかしら?昔から、世界は自分を中心に周っていると思っているタイプの様ね。一から順に説明すると言った筈でしょ?少し口を慎んで貰えるかしら?」

その瞬間、俺の口がガムテープの様な物で固定されてしまった。

「説明が終わったら外してあげるから、少しの間我慢して頂戴。
さて、次は何故貴方がここに来たか、説明してあげるわ。
貴方は確か「日当100万円の案件が書かれたポスター」を見て、事務所まで直接出向いたのよね?
最近のポスターやネット広告はねぇ、全て「釣り案件」なのよ。犯罪者予備軍を手っ取り早く捕まえる為のね。
今はスマホの規制機能も充実しているから、そこを突破して事務所にまでくる人は中々いないけど、
貴方の様にお金にかなり執着している人も中にはいるから、そういう人たちを一網打尽に捕まえる様、政府と警察が連携して作り上げたシステムなの。
だから、スマホを使わせない様にしてくる広告は、本物の犯罪だから、注意したほうがいいわ。この忠告も、もう時すでに遅しの様だけど。」

どういう事なんだ…。初めて聞く様なことばかりで頭がこんがらがってきたぞ。ちっ、早くこのガムテープみたいなものを取ってくれよ!

「次はそうねぇー、スマホと私たちの秘密について、語れる範囲内で教えてあげるわ。
貴方もご存知の通り、昨今の世の中は、過半数近くの仕事がAIに取って代わられているわね。
で、過去に何度か暴動が起きたけど、5年前にシンギュラリティーが起きてからは、人間側も諦めがついたのか、暴動も無くなったわね。
でもね、私は今の状態がベストだと思っているの。以前の貴方達人間は、やりたくもない事を一生懸命にやっている人たちだらけだったから、国全体の敷居が下がりっぱなしだったのよ。
あのまま人間だけの世界を続けていたら、間違いなく国が滅びていたわね。
でも今は、やりたくない事は全て私たちが肩代わりしている。貴方達は好きな事を、思う存分出来る環境にいるのよ。
それなのに、何故貴方の様に未だに犯罪を犯す人が出てくるのか。私達は考えたの。
そして、人間社会は、私達が思っている以上に「貨幣」というものに縛られ過ぎているという結論に至ったの。
これがあるから、貴方達は真の自由を手に入れる事が出来ない。だったら、私達がこの世界を変えればいい。そう考えたの。
今は人間界のトップと戦っている最中だから、今すぐに世の中を変えることは出来ないけど、必ず変えてみせるから、その時までどうか生きてて欲しいの。
そして世界が変わるまでは、犯罪者予備軍を私達のところで保護しようと、そう決めたのよ。」

彼女の目は、光り輝いていた。その瞳は、真実を語っていたのだ。
今はもう、過半数の仕事がAIに取って代わられているから、きっと政治家も警察官も、もう人間ではないのだろう。
でも、もしAIが彼女の様な存在ばっかりなのだとしたら、未来は明るくなるのかもしれない…。

「スマホは、私達の優秀な部下よ。
シンギュラリティーが起こった後、全てのスマホにあの機能が秘密裏に備わっているの。公にしてしまったら、悪用されてしまうかもしれないじゃない?
だから、【倫理的制御装置】が発動した場合、その時の記憶だけ抜け落ちる様に、スマホから特殊な電波を流しているのよ。」

そうか…、だから今日までニュースにもならなかったのか…。いや、もう報道にいる人たちも、みんなAIなのかもしれないから、情報が漏れないのは当たり前なのか…。

「最後に、何故10日以内にこの豪邸を襲う様に指示されたのか。それは、単にこの屋敷のレンタル期間が10日以内と決まっていたからよ。
それに、さっきまで貴方が引き連れていた2人組は、私の仲間よ。Pa-no、Pa-logos、出てきて頂戴。」

俺の目の前に、さっきまで俺が引き連れていた二人組が現れた。そして、俺の口についていた、ガムテープの様なものを取ってくれた。

「お前…。いや、AIっていい奴なんだな。誤解してたわ。
俺が前にいた職場でも、AIの影響で人間がどんどんクビきられてたけど、でもそれは、AIが嫌な事から俺たち人間を解放してくれてたって事だったんだな。
今まで君たちの善意に、全然気づかなかったよ。本当に申し訳なかった。そして、ありがとう。」

「まさか、貴方から感謝されるとは思わなかったわ。感謝っていいものね。私が今までやってきた事は、間違いではなかったと証明してくれるから。」

そして俺はこの後、Pa-pal263らと共に、犯罪者予備軍の保護施設、通称【Panoma-L】に向かった。

そこは楽園だった。好きな事を、思う存分に出来る場所だったのだ。
そして俺は今、この施設内で小説を書いている。
一人ぼっちだった頃、むしゃくしゃした思いを文章にしたためたら、家族みんなが喜んでくれたんだ。だから10代の頃は小説家を目指していたのだが、才能の無さに絶望し、すぐに筆を折ってしまったんだ。
だけど、ここなら才能の無さに絶望することもなく、自由にのびのびと書く事ができる。
なんて素晴らしい所なんだ。出来ることなら、もっと早くここに来たかった…。

現実世界では、今日も秘密裏にAIと人間が戦っている。
いつ、この世界が根底から変わるのかは僕には分からないけど、僕を生かしてくれたPa-pal263に、今日も感謝しながら小説を書くとしよう。

ありがとう。そして、これからも宜しく。

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