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蓮【短編小説】
20××年×月×日 晴天
今日は、君との出会いから別れまでを、ここに書き記そうと思う。
私の頭の中で、幾度となく正解を見つけ出そうとしてきたが、何日経っても答えを出せずにいる。
こうやって日記にしたためれば、何か正解が出るのでは無いかと思ったから、いつもの出来事日記を辞め、初めてこの紙に、自分の思いを綴るよ。
君との出会いは、赤ん坊の頃までに遡るね。
当時小学6年生だった私は、家に帰ると叔母さんが赤ちゃんを抱いて家の客間にいたから、私は黒いランドセルをほっぽり出して、君の顔を食い入るように見つめてしまったよ。
ミルクの香りに包まれた、絹のように繊細な頬。
柔らかい服に包まれたその体は、私が抱き上げていいものなのか不安になるくらい、神聖な光を放っている様に感じた。
笑った顔は、恵比寿様そっくりだった。
叔母さんは、君が3歳くらいになるまで、週に一回家に来てくれていたから、私は毎週君に出会えるのを楽しみにしていたんだ。
君が七五三を迎えた頃、当時の私は高校受験で忙しかったはずなんだけど、君の晴れ姿を一目見る為に、君の専属カメラマンに立候補したんだよ。そして当日は無事に、買ったばかりの一眼レフで、君の晴れ姿を収める事が出来たんだ。この時の写真は、今は私の部屋に飾ってあるよ。
君は、動物や植物を助ける事が大好きだったね。でも、そのやり方は、度々私を驚かせるものだった。
その行動を私が初めて見た時、君はまだ4歳だったね。
当時高校生だった私は、その日は半ドンで、昼過ぎに帰ってきたんだ。家の鍵を開けようとした時、奥の方から動物のけたたましい鳴声が聞こえてきたんだよ。何事かと思って声のする方へ駆け寄ったら、君が、野良猫に向かって何度も何度も石をぶつけていたんだ。
猫は全身から血を吹き出していて、もう助からない姿をしているのに、それでも石をぶつけ続けていたから、私は慌てて君が持っていた石を強引に奪い取り、猫にこれ以上暴力を振るわない様に制止させたね。そして、私は人生で初めて君をぶって𠮟ったね。「何故こんな事ををしたのか」と。
そしたら君は、「だってこの猫ちゃん、小鳥さんのことをいじめていたから。だから私がコテンパンにやっつけたのよ!」って言ったね。
確かに猫の傍には、ぐったりして動かなくなった小鳥が1羽いたから、君は嘘つきでは無かったんだ。でもだからといって、自分の正義で傷つけていい命なんて、1つもないんだよと君に教えたら、「分からない。分からないよ!私の目の前で、誰かがいじめられていたら、私は絶対に助けるの!悪い子はおしおきなの!!」と言ってきかなかったね。
君は、4歳になった頃から母親に暴力を振るわれていたから、恐らくそれが元凶だと思った私は、叔母さんに君への暴力を辞めるようにお願いしに行ったんだよ。君の顔が痣だらけになっていく姿も、もう見たくなかったしね。叔母さんも、その場では毎回改心するんだけど、でも、数日もしたら改心したことなんて忘れていたんだろうね。結局、叔母さんが病気で入院する日まで、君への暴力は続いていたんだ。私と君の家は近かったから、家が避難所の役割を果たせていたんだね。君の事、家で面倒を見れないか、私の両親に何度もお願いしていたんだけど、どういう訳だが頑なに却下されていたんだ。恐らく、叔母さんの夫に原因があるんだろうけど、もう亡くなっているし、君とはもう関係ないから、ここには書かないよ。君のためにね。
君の「正義の鉄槌」は、日増しに酷くなる一方だった。私の家に逃げてくる度に、君は家の庭で動物を殺していたね。とても残虐な方法で。私が何度注意をしても、「これは仕方のないことなの。私のためでもあるんだから。」といって辞めてくれなかった。あの時、私がもっと外部の人間と繋がりを持てていたら、きっと違った未来が待っていたのだろう…。
君の両親が立て続けに亡くなったとき、君は血走った目で私にこんな事を言ってきたね。
「私の両親が死んだのは、因果応報だから全く悲しくないわ。寧ろ殺さなかっただけましよ。あいつらの足の指と、あいつの大事な部分を切っただけで済ませたんだから。私の事をいつも助けてくれてた貴方には分からないかもしれないけど、悪いことをした者は、それなりの罰を受けなければならないのよ。どうせ、法で裁かれるものなんて限られているのだから、だから私が、この手で鉄槌をくだすの。いつだって。私の事をいじめていた奴らは全員片耳が無いし、私に向かっていつも吠えていたペットの犬はもうこの世にはいない。私はねえ、いつだって因果応報を自分で作っているのよ。だから、もう止めないでね。私の正義を。」
数日後、君は私の前から居なくなってしまった。
それから約1年後、君は、永遠の眠りについた状態で、私の前に現れてくれた。
防犯カメラの映像には、路上に正座した状態で、自分の額に石を何度も何度も打ち付けている様子が映し出されていた。
あの時、血走った目で私を見つめてきたとき、私はなりふり構わず止めるべきだったのだろうか…。
それとももう、二人だけの世界に身を投じるべきだったのだろうか…。
そもそも私は、君の事を助けているようで、実は助けていなかったのか…。
もう私には分からない。
結局答えはでなかった。
もう、君の後を追おう。
いままですまなかった。これが私の、せめてもの償いだ。