声【短編小説】
「おーい、おーい、」
まただ。これで何度目だろう。
半年前、仕事の転勤で都内に越してきた俺は、奮発してタワーマンションを購入した。一度は住んでみたかった憧れの場所。周りは羨望の眼差しで俺をみてきた。まぁ当然だろ。外資系企業のエリートサラリーマンなんだから、誰もが羨むようなところに住めるのは当たり前なんだよ。
これから先も、充実した日々が過ごせると、この時は本気で思っていた。
そう。あの声を聞くまでは。
異変が起きたのは、引っ越してきて5ヶ月が過ぎた頃だった。
その日の夜は中々寝付けず、時計を確認すると3時をまわっていた。
「ちっ、明日も早いのに全然寝れねーじゃねーか。」余りにも眠れないので、ベットから起き上がって水を飲もうとしたその時、
「おーい、おーい、」
なんだ。この声は。
「おーい、おーい、おーい、」
上から聞こえるぞ…。何故だ。ここは最上階の筈なのに。
低くしわがれた声が部屋中に響く。
声の正体を探るべく、俺は屋上に出向いた。
普段は閉め切られているのだが、この日は何故か鍵が解除されていた。
俺は迷わず、その扉を開いた。
そこには、誰もいなかった。
「なんだったんだ…、一体…。」
自分の部屋に戻った時には、声も止んでいた。
その日から、深夜3時をまわると必ずあのしわがれた声が聞こえる様になった。
そして今日も、あの声に悩まされている。
この声が聞こえる様になってからは、仕事もプライベートも上手くいかなくなった。
それまでは社内の営業成績は常にトップを誇っており、度々成績優秀者として賞まで貰っていたのに、ここ数日の営業成績はドベから二番目だ。余りの変わり様に、社内から腫れ物の様に扱われている。今まであんなに羨ましがってたくせに…。
それに、つい二日前に長年付き合っていた彼女と別れた。
別れは向こうから切り出された。
理由は「もうついていけない。」だとさ。意味が分からない。ついていけないなら、何故10年も付き合ってたんだ。そんな理由で別れるなら、今までの時間を返せと言いたくなる。
まあもういいか。今は少しでも営業成績を上げることに専念しよう。そのためには、この気持ち悪い声を一刻でも早く止めなければならない。
俺は迷わず屋上に出向いた。ドアが開けっ放しになっていたので、中に入るとそこにはお祖父さんが1人立っていた。
「おいなんだよじーさん。田舎くせー格好しやがって。部外者のくせに、どうやってここに入ってきやがったんだ。」
「……。」
じじいは俺に背を向けたまま、何も喋らない。
「おい聞いてんのか?耳が遠いようだから、近くまで行ってでっけー声で喋ってやるよ。」
「久しぶりだな。やっと問いかけに答えてくれたか。まあ今日出会える様に照準を合わせたのは、このわしだがなぁ。」
突然じじいが話しかけてきた。そしてゆっくりと振り向いてきたのだ。
「あ、あんたは…、健三爺さん…?」
「ああ、その通りだ。久しぶりだな。」
「なんで…。なんで健三爺がここに…?」
健三爺さんは、俺がガキの頃によく遊んでくれてた人だ。小学では長年いじめられており、学校に友達がいなかった俺が、唯一心の底から楽しめた遊び相手だった。だが俺が小学5年の頃、ダンプカーに轢かれて死んでしまったんだ。だから、ここにいるはずがないのだ。
「なんで…?なんでここに…?」
「それはだな。お前さんに報告したいことがあって、わざわざあの世から出向いてきたんだ。」
「報告したいこと…?何それ…?」
「昨日、お前さんの家族とおチビちゃんが、全員死んだんだよ。」
「え…?え、ちょっ、何言ってんだよ。」
「嘘だと思うなら、ネットニュースで真相を確かめてみるといい。」
俺はスマホで自分の家族と元彼女の名前を検索した。
「え…、俺の実家が…、全焼してるだと…??それに彼女が…、飛び降り自殺で下にいる人間を巻き込んだ…だと???」
「いやぁー、長かった。長かったねぇー。ここに来るまでが。」
「は?何言ってんだよ爺さん。これどういう事だよ。」
「お前さんは、丑の刻参りを知ってるかい?」
「あ?ああ。あの藁人形を杭で打ち付けるっていう。」
「そうだ。今から20年前、わしはお前さんの家族と、あのおチビちゃんを呪ったんだよ。」
「え…、なんでそんな事…。」
おチビちゃんとは、俺の元彼女の事だ。20歳の頃から10年付き合っていたが、それより前は幼馴染としてよく遊んでいた。学校でいじめられていた俺を、よく慰めてくれていた恩人でもあった。
「いやあー、全部、君の爺さんのせいなんだばい。」
「え、爺ちゃんのせい…?」
「君の爺さんはなぁ、そりゃー外面のいいやっちゃんでなぁ。側から見たら善人の塊のような人じゃったんよ。だかな、わしの前でだけは本性を表しおってな、まあー、わしの事をこき使ってきたんよ。それに、言葉巧みにわしを操ってくれたおかげで、全財産持ってかれたわい。お前さんの実家が突然豪華になったのは、間接的にわしのお陰ばい。」
「え…そんな事…初めて聞いたけど…。」
「そうだろうなぁ。あの爺さんは、自分の家族にもずーっといい顔をしていたからなぁ。で、あんたの爺さんとは対照的にわしは長年独り身で、財産も全部持って行かれた。それに、これからあの爺さんが生きている限り、わしは永遠にいいように使われるだろう。だから、わしは決意したのだ。直接手を下さずに、家族諸共爺さんを消すとな。わしにとって、あの爺さんの家族は、存在そのものが害悪だからなぁ。爺さんの血を引いているというだけで、虫唾が走るばい。あと、お前さんを長年支えていたあのおチビちゃんも、邪魔だから消えてもらったよ。」
「どうして…。どうしてだよ…。」
「お前さんにはこれから、永遠に続く生き地獄を味わってもらうぞ。お前さんはガキの頃からまあー、くそガキだったなぁ。人の物を平気で壊すし、人の家に土足で上がり込んで暴れ回るし、大声で猿の様に喚き散らすしで。そりゃあ、学校に居場所が無くなって当然だわなぁ。昔っから気に入らなかったから、お前さんには、死よりも辛い現実を与えてやるわ。まあ、20年前に呪いを遂行した時に、即お前さんらが居なくなっても良かったんだがなぁ、まあいい思いをさせてから地獄に突き落としてやったほうが、突き落としがいがあるってもんよ。呪いを遂行して、一年後にわしが事故死するとは思わなかったがなぁ!ダッハハハハッ!」
俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。健三爺さんはいつのまにか居なくなっていた。
それから、俺の人生は確実に崩れていった。
営業成績は下がり続け、ついに上司から自主退職に追い込まれた。転職活動も上手くいかず、貯金も底をついたので、タワーマンションを引き払った。身寄りもおらず、現在は家賃2万のアパートで細々と暮らしている。単発バイトの掛け持ちだから、いつ収入が切れるか分からない。不安が尽きない中、これからの人生を生きなければならないのか…。ほんと、健三爺さんが言った通りの生き地獄だな…。そんな事を思いながら、無意識的にSNSのTLをスクロールしていると、とある広告が目に入った。
「軽い荷物を運ぶだけ!簡単な業務で日当50万円!この広告を見たら、スマホの電源を落として、今すぐ公衆電話でお電話を!!」
俺はこの広告の言う通りにしてしまった。不安と疲れで頭が働かなかったのだ。スマホの電源を落とす直前に、何か声の様なものが聞こえた気がしたが、空耳だと思い込み、足早に近くの公衆電話に向かった。
「あのー、広告を見たものなんですけど…。」
「あ!ありがとうございます!本当にかけてくる馬鹿いたんですね!!!」
「え?」
「ありがとうございます!では今から私の借金肩代わりして貰いますねー!3億ですよ!3億!」
「は?え、ちょ何言って」
「残念ですが、もう貴方の位置情報特定してますからねー!全国の公衆電話と監視カメラ、その他諸々ぜーんぶハッキングしてるんで!これから貴方の住所にヤミ金の督促状が届くと思うんでー、宜しくお願いしますねー!」
「ちょっと待ってください!そんな事できるわけ無いじゃないですか!」
「出来るんだなぁーそれが。闇の組織とズブズブの関係なんでー、いけるんすよ🎶あと私の圧倒的なITスキルを駆使すればなんだっていけちゃうんですねー!!ではそう言う事でー!宜しくでーす!」
ガチャ。一方的に電話が切れた。ここで俺は、今更ながら現代社会は全ての物がネットに繋がれている事を思い出した。
数日後、本当にヤミ金の督促状が届いてしまった。
「3億…こんなの払えるわけねーだろ…。」
その時俺は、以前職場で見た怪しげな広告を思い出した。
「確か…、日当100万の案件だったな…。ネットで検索すれば載っているかもしれない。」
人は、借金まみれになると頭が働かなくなってしまうのだ。俺は、スマホが入っているポケットに視線を向けた…。
(「救済」に続く。)