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魔法使い
炭酸と私の出会いは、5歳の夏だ。
毎年夏になると、家族みんなで、母の実家である佐渡ヶ島にいるおばあちゃん家に遊びに行っていた。
家が海の目の前にあるので、毎日泳げるのを毎年楽しみにしていた。
納屋にいたおばあちゃんに「会いに来たよー」と言うと、くしゃっとした笑顔で「来たかー。ご苦労さん。さぁ、暑いから家あがれっちゃ」と言って出してくれたのが、瓶に入った三ツ矢サイダーだ。
コップに注いでくれて一口飲んでみる。
「シュワシュワして痛い!」
舌がピリピリする感覚にびっくりしたのを覚えている。
なかなか飲めずにいるとおばあちゃんが箸を持ってきて、コップの中をぐるぐる回し始めた。
すると、シュワシュワと泡がどんどん出てきて弾けていく。
「飲んでみっちゃ」
おばあちゃんは、なぜか得意げな表情だ。
おそるおそる飲んでみると、ピリピリする痛みが少なくなっていた。
「おばあちゃん、すごい!魔法使いみたい」
箸を杖みたいに扱うおばあちゃんが魔法使いに見えたのだろう。
これなら飲めるとゴクゴク一気に飲んだ。暑かったので、キンキンに冷えたサイダーは凄く美味しかった。
それから毎年おばあちゃん家に行くと、三ツ矢サイダーを飲むのが定番になった。
普段は全く飲まず、三ツ矢サイダーはおばあちゃん家で飲む特別な飲み物になっていた。
大きくなって、社会人にもなり、おばあちゃん家に行く機会がなくなってからも三ツ矢サイダーは飲んでいなかった。
おばあちゃんが亡くなった。
「そう言えば、三ツ矢サイダー飲んでないな。いつ以来なのだろう?」
亡くなった年の夏、数十年ぶりに三ツ矢サイダーを飲んでみた。
相変わらず炭酸は苦手なので、箸でぐるぐるかき混ぜる。シュワシュワ泡が出てくる光景は昔と変わらない。
ただそこには、おばあちゃんのあの笑顔と声はない。
かぼちゃの煮物が美味しいと言ったら、毎日作ってくれたおばあちゃん。
時代劇を見ると、子供のようにはしゃぐおばあちゃん。
塀の上に登ったら、危ねっちゃ!って、怒られたっけ…。
なんだか急に涙が溢れてきた。
“おばあちゃん… ありがとう”
きっとこの先も、私は炭酸を飲む時は箸でぐるぐるする。
三ツ矢サイダーを飲めば、おばあちゃんの笑顔が浮かぶ。そして、声が聞こえてくる。
そう、おばあちゃんの魔法はまだ解けていない。