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みんなだれかのかわいいこ

朝、家を出て歩いていると、カラスがゴミ袋から何かを取り出し郵便ポストの上でゆっくりつついていた

みんな足早に歩いているし、地べただと急からしいもんね

艶々の美しい黒い姿にクリクリの瞳で道行く人をじっと見つめ、堂々とポストの上に鎮座している

濡羽色(ぬればいろ)とはよく言ったもので、水に濡れたカラスの羽のようにしっとりとした艶のある黒色

“美しい黒髪の事をこのように表すこともある”とあるけれど今そんなふうな褒め言葉を、耳にする事は滅多にないように思う

濡羽色(ぬればいろ)とは、水に濡れたカラスの羽のようにしっとりとした艶のある黒色を指します。

濡羽色は、日本の伝統色「濡烏(ぬれがらす)」とも呼ばれ、烏色や烏羽色、烏の濡羽色などさまざまな呼び名があります。雨に濡れた羽の表面は乱反射がなくなり、青や緑、紫など複数の色が絡み合った光沢でより一層黒く見える様子を表しています。

また、黒の中でも特にその様子が深いことを表す言葉として「カラスの濡れは色」という言葉もあります。日本人の黒髪の美しさを表す代名詞でもありました。

AIによる概要

朝早くから大きな鳴き声は歓迎されたものではないし、対策の上をいく賢さでゴミを荒らしたりするので、あまり好まれていない鳥であるように思う

私もそうだった


10年近く前に会社のビルの横の電信柱の柱上変圧器(電信柱の上のバケツひっくり返したみたいな部分)にカラスが巣を拵えた事があった

度々何かを運んでいるので見ているとワイヤーハンガーを゙せっせせっせと運んで見事な巣を創り上げていた

強い雨の日もずぶ濡れになってじっとしている時間が増えたかと思ったら、数日後には雛が何羽か孵っていたところを見ると卵を守っていたのかもしれない

事務所のある階の窓からははちょうどその様子が丸見えで、上司のひとりは気になって仕方がないようで会社にいる時はしょっちゅうその様子を見守っていた

私を含め、他の人もその可愛らしい雛の様子を一目見ると夢中になっていった

巣から見えるか見えないかほどの小さな体の割に、親が帰ってくるのがわかると大きな口を開け真っ赤な口中を見せて一斉に鳴く、儚くて愛しくていじらしい姿にちょっと言いようのない感情が湧いたことは今でもはっきりと覚えている

そして幾日かが過ぎ、巣からはみ出すほどの大きさになった頃体の大きさの差なのか気性なのかいつも踏みつけにされるちびっ子と大きい子なんかの個体差が見えて来ると我々はまた気をもんだりしていたけれど、しばらくすると4羽は少しずつ外に出るようになり、仲良く飛ぶ練習みたいなのを経て、気がつけば巣立っていったようだった

その後、巣のある場所にカラスがとまると『あの子かなあ』なんて口にするほど我々は夢中になっていたのである

他の人が同じように思っているか分からないけれど、少なくとも私は、カラスに対して印象が変わってしまった

どんなに嫌われても疎まれても、誰かが大切に育てた『かわいいこ』なのだ

まだ前の会社にいた20年くらい前、営業の男性が『新幹線で、「この人痴漢です」って言った女の人が太った不細工で、多分乗ってた全員がそんなわけ無いやろって男の人に同情してたと思う。呼ばれた駅員さんも迷惑そうやった』と、出張先での出来事を話していて、どんな女性だったかを面白おかしく話していてみんなお腹を抱えて笑っていた

声に怒りや不快感を含ませないように『ひどい事言いますねえ〜』なんて返したけれど、何だかすごく傷ついた気がしたのを覚えている

こちらの曖昧な態度がよろしくないのだという意見もあろうことかと思うけれど、男性が9割のこういった事に対して認識の緩い小さな会社で物事を円滑に進めていく場合、こんなことくらいで事を荒立てていては上手くやっていけないと思っていた

父親もまさにそういったタイプだったので、『女の子は素直にハイと言いなさい』『気に入らんことや、間違っているからと偉そうな口を聞くのではない』『そんな事では社会で上手くやっていけない』が口癖で、母親もそれに従うような人だった

私はこうした家で育ち、元々の跳ねっ返りも手伝い、容姿の恵まれなさも笑いに変えて何とかやって来た

それに今、こうして生きているのは親が『かわいい』と思い育ててくれたおかげなのだ

今、色んなことがあったとしても、一瞬だったとしても、確実に親の『かわいいこ』だったはずだ


そのお腹を抱えて笑っていた人の中には私と同年代の息子さんが体型なんかの”からかい“を受け傷ついた事から学校に行けなくなり、今も家にいるという方がおられた

そのことに対して、“子ども”を持つ同僚から甘やかし過ぎでは?みたいな事を言われていたが『うちのは、すごい神経質で気があかん。それをわかってもらえない所では傷ついたりひどいこと言われたら耐えられない性格だから仕方がない』

『うちのこは違うのだ』と言っていた

よそのお家のことに口を出すつもりはない

私だって気が付かないうちにどこかの誰かを傷つけているかもしれないとも思う

太ってるだの不細工だのとどこの誰かも分からない女性の、何らかの困り事や助けを求めたひとコマをそこまで面白おかしく言わねばならなかったのかと少し嫌な気持ちで思い返すのと同時に、その女性も『だれかのかわいいこ』であり、そんな事をどこかで言われているかと思ったら『だれか』はひどく悲しい気持ちになるだろう、なんてステレオタイプな事さえ考える

うちの子もよその子もなく『傷つけても良い』相手など存在しない



なんて、朝見かけた一羽のカラスからちょっと思う

自分が言われたわけでもないのに執念深いと思うかもしれないけれど、嫌な気持ちはふとした時に蘇る


誰に、何を伝えたいでもない、ほんのひとりごと




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