勝者の陰に敗者あり
子どもの頃から運動が苦手だったので、スポーツにはあまり興味がありません。
ただ、サッカーを観るのだけは好きです。
スポーツに興味がないので、オリンピックにも関心がありません。
深夜まで起きてオリンピックを観戦するなんて、私には考えられないのでございます。
スポーツ選手が持つ「努力は報われる」という信念も、私にはあまり共感できません。
オリンピックで勝って泣いたり、負けて泣いたりする姿に対しても同様でございます。
そこまで人生を賭けて、競技に打ち込んで来たということなのでしょうか。
想像はできますが、共感するのは難しいです。
私が知っているのは、勝者の背後には必ず敗者がいるということです。
スポーツ選手には「自分こそが勝者になるべきだ」という自分中心主義の強い思い込みが必要なのかもしれません。
しかし、彼らは敗者の存在を見過ごしているような気がいたします。
これが、私がスポーツに対して相容れないと感じる理由かもしれません。
勝者と敗者の法則は、スポーツだけでなく社会全体にも存在します。
勝者の成功は、敗者の犠牲や屍の上に成り立っています。
私は、自分が勝者なのか敗者なのか、時々考えます。
ある分野では勝者で、別の分野では敗者なのかもしれません。
いずれにしても、勝者の陰には敗者が存在することを忘れないようにしたいと思うのでございます。