プロローグ——友人の結婚式で、なぜか早口で大金持ちの紳士にからまれた僕の幸運
27歳独身。彼女なし。そこそこの大学を出て、つぶしの効かない仕事をしている僕が、紳士から教わったのは、まったく聞いたこともない新しい成功法則だった――。「学び方を学べ」「才能は幻想。すべては技術だ」「必要なことはすべて調達できる」「日本を解散せよ」……、5年前に刊行され「今こそ読むべき!」と話題の書籍を特別に無料で公開。事業家・思想家の山口揚平さんが、新しい時代の新しい成功ルールを紹介します。
その紳士に会ったのは偶然だった。
その日は中学時代の友人の結婚式。 昔、仲のよかったその友人は、いわゆるエリート街道を突き進んだ英才だ。一流大学から一流企業へと進み、アメリカへの留学を経た後、自ら起業して成功した。
一方の僕は、本当にフツーの大学を出て、一般企業に就職したサラリーマン。誇れる実績も語れる趣味もない。人の生き方はそれぞれ、価値観も多様化している、そんな時代になりつつある今でも、絵に描いたような彼の成功物語に嫉妬しないというわけにはいかない。今日の参列者の多くもきっとそれなりの人が揃っているだろう。
しかも、奥さんは、キー局のアナウンサーをしていた明るい美人で才女と聞く。つい先日、彼女と別れたばかりの僕にとって、はっきりいって、辛い式になることはわかっている。
プライドと友情の間で、さんざん悩んだ挙句、あとで陰口を言われるのがやっぱり恐くて、しかたなく参加した披露宴会場のロビーで、僕はその紳士と出会ったのだ。
「君、そこの君」
「え?」
「今何時かな?」
「今ですか……」
僕はとっさに自分のスマホを取り出し、時刻を確認する。
「何時かな?」
もう一度、紳士を見る。するとその右腕には上品な時計が見える。
「あの、時計お持ちですよね」」
「あぁ」と紳士は屈託ない笑顔でさらりと言った。
「じゃあ……」
「君が時計を持っているかどうかを確かめるために聞いたんだ」
紳士は涼やかな笑顔を崩さない。
「は?」
「君の右腕には腕時計の日焼け跡がある。でも今日ここにはしてこなかった」
「だからなんです?」
「結婚式は、フォーマルな場だ。その場に合ったスーツにネクタイ、時には普段は身につけないチーフやカフスなどもつける。君もそうだ。なのに、なぜか君は腕時計をつけていない。それには、何か理由があるからだろう。理由はいくつか考えられるが、君の推定される年齢、身につけているスーツ、靴、そして君が出席するであろう式の雰囲気から推測するに、君はその場の人達に腕時計を見られたくないのではないかな……」
僕はどきりとした。
家で身支度を整えた時、無意識にしていた時計に目がいった。今日はこれを外していこう……。そう、紳士の言う通りだったからだ。
紳士は続ける。
「君の身につけている物から推測するに、腕時計は君が社会人になった記念に親からもらった、または自分で買ったものだろう。こんな場でお金の話をするのは品がないがおそらく10万〜30万円ほどの時計だろう」
まさにその通り、父が買ってくれた、15万円の時計。
「しかし、君は、今日この式場で出会うであろう、参列者がしてくるであろう時計の価格を推測した。彼らはきっと自分の身につけているモノよりも高価な時計をしてくるだろう。見たところ、君は自由に生きる勇気をまだ持ちあわせていない。ステータスを気にしている。男がステータスを主張する物は、偏っている。靴と、時計だ。おしゃれな君が今日、あえて時計を外してきた理由はそこにある」
「あ、あなた一体なんなんですか!」
「君の仕事は営業だね?」
「はい、そうですが!?」
一体何なんだとの疑問は解消されなかったが、彼の勢いに押され、答えてしまった。
「先ほどの動作から、君の利き腕は右腕だとわかった。一般的には腕時計は利き腕と反対側にするのが多いとされている。だから普通なら君は左腕に時計をするだろう。にもかかわらず君の腕時計の日焼け跡は右腕にある。これはどういうことか? それは君が電話をとる時にメモをよくするからだ。右手の時計を見ながらメモをとりやすい。そして、重い鞄を持って外に出歩くことが多い場合、鞄で腕が塞がるため、腕時計は右だと便利。つまり、君はそういった境遇に置かれている。さらに日焼け跡は、外回りが多いことを示している。営業職が当てはまる」
「ちょちょちょっと待ってください!」
これ以上紳士を放っておけば、僕のことが全部喋られてしまう。とっさに僕は紳士を止める。
「僕に何か用ですか……?」
「ちょうどお茶を飲もうと思っていたんだ。君の友人の式が始まるまでまだ時間はあるだろう?」
「えぇ、まぁ……」と僕は曖昧に答えた。
少しの間を置いて、ふと疑問を口にした。
「そんなあなたはなんでこの式場に?」
「婚活パーティーさ」
「婚活パーティー!?」
「今式場で婚活パーティーが流行ってるんだよ。知らないのかい? 恋は若者だけの特権じゃないのだよ」と、紳士は柔らかな笑顔を向けた。
放っておくと、立ち話のまま延々と喋り続けてしまう。しかも、紳士は、通る声で、周囲の人の目も気になってきた。このままだと僕もこの人の知り合いだと思われてしまう。とりあえず、僕は紳士とともに、式場の側にあったホテル内の喫茶ラウンジに入った。
◆
紳士の話は止まらない。
その内容を半ば聞き流しながら、改めて紳士を観察する。
身につけているものは、どれも品のよいものばかり。醸し出す雰囲気も上質で艶がある。きっと大きな成功を収めた紳士なのだろう。
まぁ、婚活のためにここに来ていると言っていたところを見ると、プライベートでは……といったところか。
「私をいわゆる成功者だと思ってるね、君」
「あ、は、はい……」
「君の目線が、足下から上に向って上がっていったよ。靴、時計、ネクタイ、そして髪型とね」
「初めて会う人をチェックするのは、もう職業病ですよ。この人はお金を持ってそうだ。とか、この人は自分の話を聞いてくれそうだとか、さっとチェックするんです」
「で、私を値踏みして、どう思ったかな?」
「値踏みだなんてそんな」
「数値化するのは別に悪いことではない。何事も曖昧なことは、数字に落としてみるといい。判断が明晰になる」
紳士は、一呼吸置いて続けた。
「だが注意が必要だ。安物買いの銭失いになりかねないからね。特に値段で選ぶ習慣をつけては絶対にいけない。安モノは壊れるばかりでなく処理するのにもお金がかかる。粗悪なファストフードは脳に中毒を訴えるだけで健康を損なう。モノだけでない。時間もそうだ。時間価値の計算はより難しい。品のない人と一緒にいればエネルギーを失う。それは極力避けなければならない。逆に、少し高いホテルに泊まってでも誰にも邪魔されない2日間の固まり時間を確保できれば、その生産性はコストを大きく上回る。電車を使わず、あえてタクシーで移動することで、移動のスキマ時間で仕事をすることもできるからだ。時間の価値を正しく認識するのは成功のための基本だよ」
「あの、あなたは、経営者か何かですか?」
「昔、色々とやっていたよ。宇宙開発や電気自動車の事業にかかわったこともある。今も、再生医療や認知療法、テクノロジーベンチャーなどいくつかの事業は続けている」
「!!!」
「なんだ、君は経営者になりたいのか?」
「経営者というか……成功者になりたい」
と自分で言って驚いた。いつもこんなことは言わないのに。今日結婚式を挙げる友人の顔が目に浮かんだ。いつから、彼と自分は道を分けてしまったんだろう。
「成功者か。なるほど。じゃあ、君にとって成功者とは何かな?」
「僕にとっての成功者ですか……。いい家に住んで、奥さんと子どもがいて、車があって、平和に暮らす」
「じゃあ、この日本の大抵の人は成功者だ。君のご実家だって成功者のうちに入るぞ」
「うちが!? 成功者なんてとんでもない!」
「ちなみに君のご実家は……」
「また、推理ですか。では、当ててみてください」
ここまできたら、とことん推理を聞いてみようじゃないか、と僕は思った。
「君の口調には標準語とは違うイントネーションがある。どちらかといえば、関西寄りの人間だ。しかし、大阪や神戸といった強い訛ではない。三重か、関西に近い東海のどこかではないか。そして君の着ているスーツ。とても仕立てがよい。まさに君にとって勝負服なのだろう。しかしどのブランドにもない形をしている。オーダーメイドだ。しかし、先ほど推理した君の仕事とその年収では、オーダーメイドのスーツを自分で買うとは考えにくい。これはプレゼントだ。もしかしたら親からのプレゼントではないだろうか。オーダーメイドのスーツをプレゼントするとは、なかなかにシャレたことをする親だ。いや待てよ。家が服飾関係の仕事をしているというのはどうだ。もともと東海地方は繊維の街として栄えた。かつてのトヨタも元々は車ではなく機織り機を作っていたくらいだからね。すると、君のご実家は、東海地方、関西寄りの服飾を営んでいる個人経営店ではないかな?」
僕は空いた口が塞がらなかった。ドンピシャだからだ。
「正解です。僕は愛知県の半田市出身。家は学生服の仕立て屋をやってます」
「ほぉ」
「ほら、地元のいわゆるヤンキーが着る、ぼんたんとか、短ランとかあるじゃないですか。あれをオーダーメイドしてます」
「では、君は、そのヤンキーくん達によって飯を食ってきたんだね」
「はい、ヤンキーがカツアゲをしたお金で、うちの学ランを買うんです。そのお金で、ここまで大きくなりました。だから、いまだにヤンキーには頭は上がりません。しかも最近はみんな、あんな学ラン着ないから、そろそろ父も引退を考えてます」
「君のような立派なご子息を世に送り出したんだ。成功者と言えるんじゃないかな」
「でもそうじゃないんですよねぇ……。うまく伝えられないなぁ。よくテレビに出てる、セレブな社長いるじゃないですか、あれが、成功者というイメージです」
「なるほど。そうなりたいのだね」と紳士は笑顔を絶やさず続けた。
「なれませんけど」
「いや、なれるよ」
「え!?」
「まぁ君の言う成功者の定義があまりにも絵に描いたように古典的で、可笑しくなってしまうが、成功することは誰でもできる。特にこれからの10年の生き方次第で、結果が大きく変わるだろうね。」
「またまたぁ、本屋に並んでる自己啓発本みたいなこと言って」
「じゃあ、聞きたくないのだね」
「聞きたいです!」
「成功する秘訣はただ1つ」
「ただ1つ……」
「成功するまでやることだ」
「……だけ?」
「成功するための唯一の方法は、成功するまでやり続けることだ」
うわぁ~、書店に並ぶビジネス書のほうがよっぽどましなことが書いてある。正直そう思ってしまった。
「当たり前です、と言った顔をしているね」
「だって、続けられない人がたくさんいるから、成功しないのでしょう?」
「それは、続けるための“仕組み”を最初に考えないからだ」
「仕組み……」
「たとえば君が健康のためにジムに通おうと決意したとする。だがそれは続くかね?」
「残念ながら、三日坊主には自信があります。そして4日目、自分を責めます。5日目ぼろぼろになった自分を慰めます。6日目忘れようと開き直ります。7日目新しい自分が誕生します。そして、また新たな三日坊主に向かうのですが……」
「冗長だな。神は7日間で人間を創ったそうだ。あながち間違ってはいないかもね。だが安心したまえ、君だけじゃなく、あらゆる人間のすべての意思は薄弱だ。意思やモチベーションは誰にとっても、成功とはまったく関係がない。ゼロだ。つまり、“やる気”なんてなんの意味もなさない」
「“やる気”が無意味ですって!? でも、それでは世の成功者達も、モチベーションはゼロということになりますよね!」
「まぁ、そうだね。しかし、成功する人はまず始めたりしない。モチベーションなんて信じない。いいかい? ほとんどの人は思い立ったら吉日とばかりに、まず始めようとする。それが間違っている。そうではなくて、継続する“仕組み”を先に考えるんだ。よし、お茶に付き合ってくれたお礼に、その方法を君に教えよう」
「はい!」
「いい返事だけどね。その返事の『がんばります!』感を私は好きじゃない」
「あ、すいません……」
「『がんばる』は『意志』だ。意思は薄弱だよ。君は継続するシステムを作りなさい。まずは、そのことを理解しておくこと」
「はい!」
「……」
次回へつづく
イラスト:須山奈津希
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