【怪談】 ソロキャンプ
これは、私が先日ソロキャンプに行ったときの話です
新型コロナの間にソロキャンプにハマッてしまった私は、さほど本格的ではないものの、テントやフィールドチェア、ランタンやローテーブルなどひと通りのキャンプギアを揃え、山の中のキャンプ場に行くのが楽しみになっていました
その日もお気に入りのキャンプギアをたずさえ、山の上のオートキャンプ場に私は車でやって来ました
そこは人気のあるサイトでしたので、到着したときにはすでに2張のテントが張られていました
なので私は、3つ並んだサイトの端っこに自分のテントを設営しました
隣の2つのテントは友人同士の男性のもののようで、お互いに声を掛け合いながら設営を完了しようとしているのが聞こえてきました
こちらは女性ひとりなので最初はちょっと気になりましたが、ちゃんと挨拶をしてくれたりして常識のある親切そうな人たちだったので安心しました
私も設営を終え、山の空気の清々しさを楽しみながらビールを飲んだりしてのんびりしていると、やがて日が暮れてきました
隣の男性たちはキャンプに慣れているらしく、どこかから薪を取り出してきて、焚火の準備を始めたようでした
私はまだ初心者なので、火を扱うのは怖くてまだ焚火をしたことはなく、何だか羨ましいなと思っていました
遠くに連なる山の向こうに太陽が隠れると、辺りはあっという間に真っ暗になりました
私はテントの中に入り、ランタンの明かりを点けました
隣のサイトからは、焚火の匂いが漂ってきます
ときどき木がはぜるパチッという音が聞こえたりして、いい雰囲気でした
焚火を囲みながら、男性たちはよもやま話を始めました
お互いに親しい間柄のようで、次々に共通の友人や知人の話をしていきます
辺りがとても静かなので、テントの中にいても彼らの声ははっきりと聞こえてきます
私は、聞くとはなしに彼らの話を聞いていました
ポツリ、ポツリとのんびりペースで続く彼らの話は、やがてある知り合いのことに移り変わっていきました
知り合いは2人から同じくらいの距離感にある女性のようで、そのとき話し手の声のトーンが変わった気がしたので思わず聞き耳を立てていると、話し手がこう言いました
「……ウサギを飼っていたらしいんだけどね、2匹。あまりに可愛くて、毎晩一匹ずつ両腕に抱いて一緒に寝てたらしいんだ。そしたらひどい病気になってしまってね……。重度のアレルギーだったらしい」
「あいたー。そりゃ大変だな。で、どうなったの?」
もう1人が言いました
「症状が重すぎて、結局、ウサギと一緒に住めなくなったらしい」
それを聞いて、私は「気の毒だな」と思いました
自分も猫を飼っている身だったので、そんなことになったらどれほど辛いだろうと想像出来たからです
けれど、間を置かず、話し手の男性はこう言いました
「彼女、それを苦にして自殺してしまったんだって」
「えーっ。マジで?」
聞き手の男性が驚いて言いました
ウサギと一緒に暮らすことが出来なくなった女性は、その辛さに耐えきれず、ある埠頭の防波堤から海に身を投げてしまったのだそうです
周りからは理解しにくいかもしれませんが、彼女はそれほど強くウサギたちを愛していたのでしょう
その行動の激しさにショックを受けたものの、心の痛みはわからないでもないなあ、と私はひとり共感を覚えていました
「ウサギってどれくらい慣れるもんかね……」
しんみりするからか、女性が自殺したという話題を切り替えるかのように、2人はウサギについて色々と話し始めました
……と、そのとき、私は彼らの話の間に何か別の声を聞いたような気がしました
「あー、ねー。そうなのよ」
確かそんな感じだったと思います。彼らの話しているウサギの話に相槌を打つように……それは女の人の声でした
えっ……
私は一瞬凍りつきました
彼らは男性2人のキャンパーのはず
途中から誰か合流した様子もありませんでした
しかも、彼ら自身には聞こえていないようで、その後も何事も無かったように話し続けています
今の……
自殺した女の人の声だったのかな!?
そう思うと背筋がゾーッとしました
声は、生きている人間のもののように生々しかったので、なおさらでした
しばらく集中して耳を澄ませていましたが、それからは一度も女の人の声みたいなものは聞こえなかったので、自分の勘違いだったのかもしれないと思い、気にしないようにして寝袋に入りました
正直、勘違いだったということにしなければ怖くて眠れないと思ったのもありました
夜も更けて、隣の男性たちの焚火も燃え尽き、彼らも眠りに就いたようで辺りはシーンと静まり返っていました
夜中になると風が出てきて、テントをユサユサと揺らしました
風の音とテントの布がこすれる音でなかなか寝つけなかった私は、それでも休息だけは取らなければと目を閉じてじっとしていました
夜中の2時だったか3時だったか、時計を見なかったのでわからないのですが、かなり深夜の時間帯なのは確かでした
突然、私のテントの入口のすぐ前で、
ズサッ!
というような大きめの音がしました
何かはわからないのですが、確実に何か〝質量のある〟、動くものだったという印象です
人間!? 咄嗟に私はそう思いました
動物にしては、地面を擦ったようなその音は大きかったのです
そこで私は思い出しました
自殺した女性は埠頭の防波堤から海に飛び込んだ、と男性は話していました
それは、飛び込んだときに女性の足が防波堤を擦った音だったのではないでしょうか
音がした後は、またシーンと静まり返って、辺りは沈黙に支配されていました
でも薄いテントの布一枚隔てた向こうに、もし誰か立っていたらと思うと私は恐怖で全身ぐっしょりと汗をかいていました
ただただ今度も何も聞かなかったことにして、「違う違う、私の勘違いだ」と自分に言い聞かせ、私は寝袋に深く潜り込みました
それからいつの間にか、眠ってしまったみたいでした
気がつくと朝になり、テントの向こうは明るくなっていました
何とも言えない気持ちのまま、私は身支度を整えテントを出て、朝食の準備にとりかかりました
隣の男性たちはもう起きていました
早く出発するようで、そのときにはもうテントを畳んだり、道具をしまったりしてサイトの撤収作業を始めていました
昨夜のことを、彼らに言おうかと思いましたが、果たしてそれがいいことなのかわからない気がして躊躇しました
知り合いでもない人から突然自殺した女性の霊が出たかもしれないなどと言われても、不快な思いをするだけかもしれません
それに、自殺した女性に言及することで、私が話を盗み聞きしていた感じになるのも困ります
結局何も言えないまま、彼らは荷物を車に積み込んで、サイトを去っていきました
ひとり残った私は、サイト全体を眺め渡しました
そこは完全に無人で、昨夜吹き荒れた風も収まり、平和に静まり返っています
夕べ感じたことが、全て嘘のようでした
女性の声も、テントの外で聞こえたズサッという音も、話を聞いて想像をたくましくしてしまった私の勘違いだったのかもしれません
ですが 更に想像することを許してもらえるのなら
知り合いの男性2人が焚火をしながら自分のことを話題に乗せてくれたこと そして隣のテントの中で、少しでも自分のことを「気の毒だな」と思ってくれた人がいたことを喜んで
その女性が出てきてくれたのだとしたら……
霊感の無い私としては、ちょっと嬉しかったりもするのでした