【怪談】 元カレ
これは、知人の女性から聞いた話です
彼女は以前、外国の方とつきあっていたことがあるそうなのですが
その彼が、霊感が強くて大変だったそうなのです
彼は西洋人で、出身は北米のある大きな都市とのことでした
その都市で育った彼は、十代の頃に好奇心から白魔術を習おうとして、それなりに本格的な
魔術の学校に通ったりもしたといいます
白魔術を学んだことと彼が霊感が強いということに、何らかの関係があるのかどうかはわかりません
元々霊感のようなものは、子供のときからあったようです
例えばまだほんの子供の頃、家にいるとき、何故か四六時中、何かから見つめられているような感じがしていたそうです
それが何かはわからなかったのですが、何故かものすごく強い悪意のこもった視線を感じていました
そんなことが影響したのかどうかわかりませんが、目に見えないものや人智の及ばない存在に惹かれるようになった彼は、白魔術を学びたいと思うようになったのだそうです
知人の女性が彼とつき合い始めてからしばらくの内は、一緒にいるときに特に何かが起こるということはありませんでした
ただ、当時懇意にしていた霊能者の方がいて、
その方に彼を霊視してもらったところ
「ものすごく取り憑かれてる」
「ゴマンと憑いてる感じ」
と、半笑いで言われたそうです
その霊能者の方は、すぐに話題を変えたり、忙しそうにしたりして
あまり関わり合いになりたくない様子だったそうです
それくらい大量の霊が彼に取り憑いていたということなのでしょうか……
「ゴマンと憑いてる」彼と付き合ってるんだ……
そのとき彼女は、正直ちょっと不安だったと言いました
でも自分には霊感とか無いし、彼と一緒にいても別に何も起こったこともないし、いいか
そう思っていたそうです
彼から、彼自身が怖いとか不思議な体験をした話を聞くことは何度もありました
これは彼が地元にいた頃の話ですが、一人で夜道を歩いていたとき、彼が歩くのにつれて、頭の上の街灯が次々と消えていったことがあったそうです
彼の地元には結構大きな有名な公園があるそうなのですが、冬の夜中にその公園を一人で歩いていたとき、厚く積もった雪の上を、黒いローブのようなマントのようなものを纏った女の人が
フワ~ッ、フワ~ッと空中を跳ぶように前進していくのを目撃したこともあるそうです
「あれはきっとこの世のものじゃなかった」
「魔女だったかもしれない」
と彼は言っていたそうです
あと、彼は頻繁に明晰夢を見ていたそうです
明晰夢というよりもそれは、もう肉体で痛みを感じるほどリアルでダイレクトな悪夢でした
彼が言うには、それはそのとき既に数週間に渡って続いていた悪夢なのだそうでしたが
日本人の男に捕らえられ、縛られるか何かして自由を奪われている状態で
その男にナイフをあてられ、
ゆっくりと体中の皮膚を切られるのだそうです
それは本当にリアルな痛みを伴っていて、起きたとき汗びっしょりになっているくらい怖いのだそうです
彼のその話に影響を受けたのか、
それとも彼女自身も彼につられて霊感体質になりかけていたのか
彼と付き合っている間に、彼女も何度か夢の中で怖い思いをしたそうです
夢の中で、彼女はとても寒いところにいました
ただでさえ気温が低くて凍えそうなのに、
加えて冷たい風が吹きつけてくるような……
そして、前方から明らかに〝幽霊〟とわかるものが近づいてきました
おそらくですが、女の霊でした
その霊が、彼女の前まで来たとき
そのまます~っと 彼女の体を通り抜けていったそうです
霊に体を通り抜けられるというのは、並大抵のことではなく
それは今まで感じたことのないくらい冷たく、異物感があり、
体の構造が変わってしまうのではないかと思うくらいの気持ち悪さだったそうです
そういう「寒いところ」で「女の幽霊に体の中を通り抜けられる」
という夢を、その頃の彼女は何度か見ていたそうです
そしてとうとう、決定的なことが起こりました
その晩は、彼が彼女のアパートに泊まりに来ていたそうです
二人で寝ていると、夜中に彼が急にベッドを飛び出し、廊下を駆けて行って玄関のドアを開け、
「ハハーッ!」
と何かを見つけたように叫んだのだそうです
「どうしたの?」
驚いて跳び起きた彼女は聞きました
時刻は夜中の2時とか3時でしたので、外の廊下に響くような大声に、近所迷惑になるのではないかと心配しました
「ユダヤ人の男性が入り込んできてた」
彼は言いました
ユダヤ人といっても、もちろん人ではなく幽霊です
彼に憑いてきてしまったようで、そのまま彼女のアパートの中にも入り込んでしまっていたそうなのでした
「出ていけって言って、一度はいなくなったんだけど、また入ってきてそこ、寝室の入口から覗いてた」
彼は言いました
それで血相変えて追いかけたら逃げていって、
玄関を開けたらすぐそこにいたので
威嚇したのだそうです
「もう大丈夫。いなくなったから」
彼は言いました
……何でここにユダヤ人がいるのか……
彼女は考えました
当時彼女が住んでいたのは地方の田舎街で、
外国人の姿を見ること自体滅多にありませんでした
彼女の部屋に泊まる前、彼はしばらくの間故郷に戻っていました
彼の故郷は国際都市でしたので、色んな人種が暮らしています
おそらく彼は、故郷でユダヤ人の男性の霊に取り憑かれ、そのまま日本まで連れてきていたのでしょう
結局それからろくに眠れず、
次の朝彼女は寝不足で出勤することになりました
睡眠を妨げられるわ、夜中に外廊下に向かって叫ばれるわ……
「彼のことは大好きだったけど……
これからもこんなことがずっと続くのかなあと思ったら、ちょっと憂鬱な気分になった」
と彼女は言い、その後しばらくして彼とはお別れした、と話しました
もし大好きな人がものすごく霊感が強くて
ゴマンと霊に取り憑かれていたら……
あなたなら、どうしますか……?