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「でんでらりゅうば」 第1話

山奥の小さな村で、食品加工販売の施設の手伝いをしながら田舎暮らしを満喫という広告を見た吉里安莉は、静かな環境への憧れからその仕事に応募する。村人は皆親切で、住環境も申し分ないものだったが、なぜか時々違和感を覚えることがあった。だが、村に住む澄竜という美しい青年に安莉は強烈に惹きつけられる。
秋が深まり、郷の駅の閉鎖とともに散歩を日課とするようになった安莉は、謎のアメリカ人と出会い、直ちに村を出るよう警告される。
やがて村の長老クラスの婆達を訪ねるようになった安莉は、村の古い歴史に興味を持つ。
突然襲い掛かる村の脅威になすすべもなく捕らえられた安莉は絶望の底に突き落とされ、この村の真の姿を知る。


  
 〽でんでらりゅうば でてくるばってん
  でんでられんけん でーてこんけん
  こんこられんけん こられられんけん
  こーんこん
 
 女子中学生たちの華やいだ声が響き渡る。田舎の山道を走るバスには、五、六人の乗客しか乗っていない。自分たちの遊びに夢中になるあまり、周囲への気づかいもすっかり忘れている風であるが、まだ幼さの抜けきらない少女らの発する無邪気なはしゃぎ声は、うるさいどころか車内に流れる間延びしたような時間をむしろ活気づけ、心地よいリズムをもたらしてくれているようだった。

 バスの前方に陣取ったセーラー服姿の三人の少女は、さっきから手遊びを交えた歌を歌って笑い興じている。ひとり掛けの座席にひとりずつ座り、前の座席の子は後ろを向き、中間の子は通路側を、一番後ろの子は前を向いて身を乗り出している。流行はやりなのか、皆一様に前髪をまっすぐに切りそろえていた。開いた左手の上に握った右手のこぶしを置き、唄のリズムに合わせて次々と右手の形を変えていく。右手の握り拳は一旦宙に浮いたあと、次に左手の上に置かれるときは微妙に形を変え、まるで何かの暗号を送り続けるかのように、延々と終わることなく謎めいたサインを形作っていく。
 目を凝らして見続けているうちに、段々とそれがある一定のパターンの繰り返しであることがわかってきた。握り拳、親指、正座した膝のように折り畳んだ人差し指と中指、中指と薬指だけ折り畳んでほかの指は伸ばした所謂いわゆる〝キツネ〟の形。その順番で、スピードを上げながら繰り返されていく。どんどんテンポが速くなるなか、歌に合わせて間違えずにその形を作り続けることは難しいようで、やり損ねると歌が途切れる。そして彼女たちのあいだから歓声が起こるのだった。ひとしきり続いた笑い声が収まると、次の子の番になる。ひとり上手な子がいるようで、その子の番のときには、かなり長いあいだ歌声が続いた。
 時折ぱっと花が咲いたように湧き上がる女の子たちの声に背を向けるように、吉里安莉よしざとあんりは車窓のほうに向き直った。若い人たちの無尽蔵のように見えるエネルギーは、ときとして彼女を虚ろな気分にさせる。
 窓の外には、先だってからずっと初秋の山間やまあいの景色が流れている。紅葉にはまだ早いブナや樫の木の葉はどっちつかずの季節に戸惑うかのように青い影を落とし、それとは対照的に、狭い道路の脇の斜面を覆い尽くして密生しているススキの群れは、午後の陽を照り返して黄金色に輝いていた。時折木々のあいだに見え隠れする蜜柑みかん色をした木の実は、からすうりだろうか。
 停留所には、あと十五分ほどで着く予定だった。見知らぬ土地へと分け入っていく高揚感が、山道のカーブを一つ曲がるごとに一段階上がる標高につられるかのように、にわかに湧き上がる。胸の奥からじわりと広がる、ある種の緊張感と期待感を同じだけ含んだその気持ちは、今もまだ続いている少女たちの手遊び歌が引き起こした物憂さを帳消しにしてくれるものだった。
安莉は膝の上に置いていた布製のバッグを開いて、一枚の紙を取り出した。
 そこには、
 
 若い力求む
 静かな環境で、私たちと一緒に働きませんか?
 完全無農薬の有機野菜と果物の加工・販売のお仕事
 二十~三十歳の元気な方 若干名募集
 家具付きアパートのご用意有ります 住居費込み 月○○万円……

 
 と書かれていた。一ヶ月前、行きつけのスーパーの情報掲示コーナーに置かれていたリーフレットだ。県外ではあったが、山奥の自然豊かな美しい風景の写真に、安莉はなぜか強く惹きつけられた。
「家具付きアパートか……」
 提示されている給料は決して高いものではなかったが、女ひとりが生活する分には不足ではなかった。それに住居費込みというのも随分魅力的な話だった。二、三日考えてから電話で問い合わせてみたところ、地域振興局の世話役という男性が出てきて、それは村の地域起こし事業の一環であると説明した。
「水は山からの湧水ですし、近くに水力発電のダムがあるから、村一帯の電気代も基本料金ぐらいで済んで、ほとんどタダみたいなものなんですよ」
ばたと名のるその男は言った。珍しい苗字だなと感じるとともに、何かほかのものを連想しそうになるまでの時間を与えず男が言うには、そのタダみたいなと言った水道代と電気代の基本料金も、すべて村で持つというのだった。
 今まで聞いたことのない、やけに抑揚の激しい独特のなまりで喋る男の話のなかで〝村〟と言ったとおり、その集落は二つの県にまたがる県境の山奥にあった。かなり標高が高く、奥深くに分け入った土地であることと、今年で三十一歳になってしまう自分の年齢が気になるところだったが、阿畑という男は鷹揚おうような物言いではっきりと説明してくれた。
「山奥の田舎ですが、比較的人口はある村でしてね。広告にはあんな風に書いてますが、三十歳を越えたらお断りなんてこと、まずしません。要は、若い世代の人たちにうちの村と、田舎暮らしのよさを知ってもらいたいってことなんですよね」
 すまなそうに、言い訳でもするかのように阿畑は話した。その話し方からは、契約等の責任を負う人間としての事務的な響きは残しつつも、彼の郷土に対する素朴な愛情が感じられるような気がして、同時に彼の言ってくれた内容にもほっとした安莉は、そのときこの広告に正式に応募することを決めたのだった。


「でんでらりゅうば」 第2話|縣青那 (あがた せいな) (note.com)

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