2度目のソロキャンプ③
~キャンプは夕暮れからが本番だ~
日が傾いてきた。私の最高純度のソロキャンプはいよいよ佳境を迎える。
遠くの山々の向こうに、段々と夕暮れのオレンジ色が差し始める。気温もぐっと下がって、持参した温度計を取り出して見ると16℃を指していた。
待ち構えていた時刻に間に合うように、テントの前に設置したローテーブルの上にガスコンロと塩コショウなどの調味料、その横に置いた100均のキャンプ用ミニテーブルの上にお皿とLEDランタンを置く。
ガスコンロの上に乗せた、今日のメインディッシュを調理する為のフライパンは実は四角い玉子焼き器だ。最初は白の丸いフライパンを持って来ようかと思っていたのだが、何となく持ってきたこちらの方が黒だし結果よりキャンプギアっぽく見えるな……と口の端で笑う。
お隣さん達も温泉から戻ってきて、そうするとまた音楽をかけ始めた。
低いボリュームでかけてくれているので、あまり気にはならない。どちらかというと完全にシーンとした静寂を求める私にとっては慣れない環境であったが、まあこれも経験と諦める。
ところが、ずっと聴いていると、極めて音質のいいスピーカーから流れてくる音楽は、私にとっても馴染みのある曲ばかりだということに気がついた。彼らは好きな曲を組み合わせたオリジナル音源を持って来ているようだったが、その全てが懐かしの昭和歌謡なのだ。昼間かけていた山下達郎を始めとして、奥様の竹内まりや、南こうせつからジュリー、サザンオールスターズ、谷村新司、渡辺美里、松田聖子、スターダスト☆レビュー、BARBEE BOYS、薬師丸ひろ子、テレサ・テンまで、かかる曲かかる曲昭和のヒットソングで、どれも知っている曲なのだった。
……完全に同じ世代だ……。
それがわかった途端、にわかに嬉しくなり、お隣さん達への親近感が湧いた。隣でずっと音楽をかけられたら正直どんな風に感じるのだろうと思っていたところが、何か逆にラッキーだったのではないかという気分になった。
日が暮れ始め、彼らはすでに焚火の火を起こしていた。パチパチという音と、薪の燃えるほのかな匂いが漂ってくる。私は焚火をしたことがないので、初めて身近に感じる焚火の雰囲気に憧れを感じた。「焚火って、あんなにいい匂いがするものなんだな。知らなかった……。いつかやってみたい!」強くそう思った。
山の上の空は段々とくっきりしたオレンジ色に染まっていった。曇り空はすっかり晴れ、今日は期待していた夕焼けが存分に見られそうだ。
最高純度のソロキャンがピークを迎える瞬間にその味を楽しもうと楽しみにとっておいたビールを保冷バッグからしずしずと取り出す。ヱビスのプレミアムメルツェン。これは数ヶ月前温泉旅館に泊まったときに初めて飲んだもので、以来その味の虜になっている。かといって、値段も決して安くはないし、しかも期間限定販売なのでそうそう手に入れられるものでもない。販売期間中に仕入れておいて、この日この時のためにずっと大事に保管しておいたのだ。
この特別なビールと合わせるツマミを、これから作っていく。作ると言ってもフライパンでシンプルに塩・コショウで焼くだけなのだけれど。厚めの国産豚肉をたっぷり2切れ、200g弱あるだろうか、これを豪快に焼いて喰らう。
カセットコンロに火をつけて、肉を焼き始めた。塩・コショウパラパラ。ジュウジュウと良い音を発して肉は焼けていく。低い台の上に置いたLEDランタンでは手元が見えにくいので、ランタンを持ち上げて手動で照らしながらしっかり火を通していった。
肉が焼き上がる頃を見計らって、静かに、儀式のようにかしこまってビールをグラスに注いだ。思いのほか泡が出て、飲み頃になるほど静まるまでしばし待つ。
その間、顔を上げてずっと向こうにある山を見ていた。山の上の空は今や劇的な夕景を呈していた。思わず胸が熱くなった。
これだ。私はこの景色を見たかったのだ。
夕刻のときは、貴重な一瞬一瞬を刻みながら、かくも速く過ぎ去っていく。「秋の夜はつるべ落とし」とは昔人のよく言った言葉であるが、現代の人にはピンと来ない。今の若い人達にとっては、つるべ落としなどと言うとあの人気落語家をどっかから落とすという画しか浮かばないだろう。そんなことを言っている私も、生まれたときには既に家には井戸などなかったし、つるべ落としというのは井戸に取り付けてある水を汲み上げる装置のパーツのひとつである桶が自然落下のスピードで水面まで落ちる様を言うのだと人から習った情報で知っているのみである。ちなみに「つるべ」は「釣瓶」と書く。
脱線してしまったが、つまり秋の夜はマジであっという間に訪れてしまうということだ。心震わせる夕焼けの向こう側に太陽が没すると、まさに釣瓶の自然落下と同じスピードで、辺りは夜の闇に包まれた。
泡が収まったビールを、うやうやしく掲げ持ってひと口いただく。11月とはいえ今日は気温が高く、日が暮れても美味しくビールが飲める雰囲気は崩れていない。
ヱビスプレミアムメルツェンのコク深く香り高い味わいが、口腔から喉へかけて広がっていく。最高の瞬間だ!
ツマミの豚もしっかり焼き上がった。ひと口含む。……うん……。キャンプにおいてビールと一緒にたしなむ豚には、しつこいほど塩コショウを振らないといけない、ということを学ぶ。
家では絶対にやらない量の塩コショウを大量投入で追加して更に焼き、味見する。今度こそ、完璧だ。
ビールがビールが進む君……と、宵闇の冷たく優しい感触を頬に感じながらグラスを傾けていく。ランタンの控えめな灯りが唯一の相棒となって寄り添ってくれている。
これがソロキャンのピークタイムか。
星空にはまだ早い、黒一色の天空を見上げながらそう思った。
お隣さん達の焚き火タイムもいい感じに出来上がってきたようだ。2人の男性の囁くような会話と引き続き彼らのかけている音楽が、今はちょうどよく耳に心地いい。
しかしホント、世代丸かぶりだなー……。
改めてそう思ったら、頬が緩んだ。あなた方のお陰で、今夜は最高の夜になりましたよ。ありがとう、お隣さん。心の中で、そう呟いた。
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