愉快なオジサン図鑑 サキノバシ
漫画の世界には愉快なおじさんがたくさん生息しているよ。ちょっとのぞいてみよう。
もう7年くらい前の話。ぼくが漫画のアシスタントをはじめてしばらく経ったころだった。歯が痛くなった。大学のときに虫歯を削って銀歯を被せず放って置いた箇所だった。痛みで作業中も気が散ってしまっていた。
仕事の帰り道に同じ仕事場の50代おじさんヨシトメさん(仮)と歯のことを話した。
歯が痛いんですよ。痛くて耐えられない。何年も行ってないし、さすがに歯医者いかないといけないですね。
とぼくが言うと、
歯は我慢していれば治るよ。
とヨシトメさんは言った。
へ?ヨシトメさんは歯医者行ってないんですか?
私は歯医者に30年は行ってないよ。
ぼくはこのひとはなにを言っているのだろうと思った。ヨシトメさんは笑うときにいつも口元を手で隠していた。そしてその手の後ろには前歯のわきがスカスカなのが見えていた。このときはそのことを考えずに歯の話をしてしまったのだが、数ヶ月一緒に働いてずっと気になっていたぼくは堪えきれずについ口走ってしまった。
でもヨシトメさん歯治ってないですよね?
それに対しての返答は以下のようだった。
歯の痛みは一週間も我慢していれば、そのうちに感じなくなる。
と。ヨシトメさんは一時的に痛みを凌ぎ神経が死ぬまで耐えることを「治る」と称していたのだ。
それで歯は大丈夫なんですか?
次第に崩れてきて、そのうちに根元だけになるよ。
他の歯は大丈夫なんですか?
周りの歯もより負担がかかるようになるし、虫歯もあるからどんどん崩れてくるよ。
ぼくは恐ろしくなり、すぐに歯医者に行った。よく磨きましょうと歯医者に言われるより、何倍も効果があった。歯を磨かない子のところにはヨシトメさんが出てきた方がいい。