コ・スリーピング(作品ハイライト)
第三章 田上様
家族がバタバタと歩き回る音が聞こえる。これから妻の両親が我が家にやってくるので、出迎える用意をしている。僕も動かなければいけないのは痛いほどわかっているのに、やらなければいけないことが頭に入ってこない。目の前の物事も先ほどまでのことも、ただ目の前を流れていくばかりで何一つ脳に焼きつかない。
「兄貴、入るぞ」
「いいよ」
先程まで仏壇の掃除をしていたはずのアキトだが、僕の様子を見にきたようだ。それからしばらくアキトが僕に向けて何か話していたみたいなのだけれど、考え事をしていてほとんど聞いていなかった。
「……だって……兄貴? ――話聞いてたか?」
「え、あ、ごめん。何か話してた?」
「――親父が葬儀屋と話付けてきたから大丈夫だって。とりあえずミズホさんのご両親ももうすぐ来るから兄貴は休んでろって言ってたぜ。とりあえずご両親がわかる範囲の友達には連絡したっぽいけど、他に連絡する人いないか?」
「……」
「兄貴」
「あ、多分大丈夫」
「……わかった」
別のことに気を取られて話半分でアキトの言葉を聞いていると、アキトが呆れたような諦めたような態度で横に乱暴に座る。そして携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。横目で画面を覗き込むと、見覚えのあるアイコンが表示されている。呼び出し音がうっすらと聞こえる。
『もしもし? こんな朝早くにどうしたの』
ユウキ君の声がした。
「おいユウキ。緊急依頼」
『え? なになに、誰から』
「兄貴」
『え?』
「兄貴の嫁さんが今朝亡くなった。三日前に事故にあってから意識がなかったんだけどダメだった」
『……ミズホさんが?』
隣で電話をかけるアキトは一見落ち着いているようだが、明らかに焦っていて矢継ぎ早に話を進めていこうとする。電話の向こうでユウキ君が混乱しているのがよくわかった。なだめるように肩に手を置いてみるが、それは若干乱暴に振り払われた。
『お腹のお子さんは!?』
「一命を取り留めたよ。今は新潟市の方のNICUにいる」
『なんだっけそれ』
「赤ん坊特化の集中治療室!」
苛ついたように声を荒げるアキトを流石に放置できない気がして、携帯を取り上げて電話口に出た。一瞬咎めるような顔をして携帯に手が伸びてきたが、同じ表情を向けると不満げにその手を引っ込めた。
「ユウキ君。アキトがごめんね。許してやって。アキトも混乱してるんだ」
『あ、コウシロウさん。それはいいんですけど、それよりさっきの話って』
「残念ながら本当なんだ」
『……それは、ご愁傷様でした』
そこで何を言うべきなのか迷った僕と彼の間でしばらくの沈黙が走る。そこで痺れを切らしたようにアキトが横から口を挟んできた。
「ユウキ、今日は依頼入ってないよな」
『うん。用事もないし暇だったところ』
「ミズホさんの記憶をサルベージしてほしい」
『んー』
電話の向こうで少し悩むような声が聞こえた。即決してくれると思っていたのか、アキトはなんだよと少し不満げな声を上げた。これだけ急に依頼しているのだから無理もないだろうし、当たり前と言えば当たり前の反応でしかない。軽く握り込んだ手をアキトの頭めがけて緩く落とす。そこでアキトはようやくぶー垂れ続けていた口を噤んだ。
『コウシロウさん、これはアキト君の暴走ではなくてコウシロウさんも望んでの連絡ですか?』
「うん、半分はアキトの暴走なんだけど、僕もミズホの声は聞いてほしいと思ってる」
『わかりました。是非ご協力させてください』
「ありがとうユウキ君!」
『ただし――』
食い気味にユウキ君の声が追ってくる。
『ミズホさんの声は生前聞いてるので特定に支障はありません。ですがミズホさんがコウシロウさんの側にいなかった場合は、まずミズホさんの居所から探さなければいけません』
「ああ、それはもう。何ヶ所も回ることは覚悟してるよ」
『それでいいんですか? お子さんのそばにいてあげたり、コウシロウさん本人の心を休める方を優先した方がいいのではないですか』
「いや。急がなきゃいけない理由があるんだ」
そう伝えると、ユウキくんはそうですかと呟いて一拍分の時間悩んで、そしてすぐに今からそちらに向かいますとの返事と共に、通話は切れた。十五分もすればやってくるだろう。さて、僕も動かなければ。服を着替えようと立ち上がった。
* * *
「おはようございます」
「よ。悪かったな、電話で叩き起こしたりして」
「本当にごめんね。アキトが暴走して……」
「大丈夫です。コウシロウさんとミズホさんには僕もお世話になってますので」
玄関口で軽く挨拶を交わして、家に上がってもらう。ユウキ君は礼儀正しく僕たちの両親に挨拶をして、手を洗ってから和室に入った。ユウキ君は座布団に座ることはなく、両親と僕に一言断ってアキトと共に家の中を見て回り始める。座っていてくれと言い残して行ったので、僕は一人で和室に座っていた。今いる和室の隣には襖で仕切られた仏間がある。ミズホがこの家にいるのなら仏間にいそうなものなのに、ユウキ君は一瞬覗いただけですぐ別の部屋に行ってしまった。恐らく仏間にはいなかったんだろう。
そうだ。仏壇といえば、位牌はどうすればいいんだろう。祖父母の位牌はすでに仏壇に上がっているのだけれど、ミズホの分はどうすべきなんだろうか。新しいのを買わないといけないかもしれない。どうすればいいのかは両親に聞けばわかるだろうしそこまで心配することもないのかもしれない。けれどそもそも位牌を置く場所は我が家でいいんだろうか。ミズホの実家に置くべきなんだろうか。せっかくならミズホの好きそうなシンプルで小綺麗なものを選んであげたいのだけれど、その辺はこちらで自由に選べるものだったりするんだろうか。
僕が考え事をしているうちにアキトとユウキ君が何かを話しながら戻ってきた。僕がどうのこうのと言っていた気がしたけれど、ユウキ君は部屋に入るやいなや、僕のことは何も言わず、いきなり本題に入った。
「ミズホさんですが、このお家にはいらっしゃらないです」
「そっか。ミズホに聞かなきゃいけないことがあるからユウキ君がよければすぐに探しに行きたいな」
「うーん。サイコメトリーと霊視は別物なので、今回はいつもみたいに記憶を見る方法だけでは、多少の手がかりは掴めても居場所まで特定するのは多分できません。ゆかりのある場所を順番に見て回るしかないと思います」
「うげ……。どうするよ兄貴。どこか思い当たる場所はあるか」
思い当たる場所。何箇所か考えてみたが、大方彼女の友人か僕たちの子供のそばにいるのではないのかなと思う。あとは二人で毎年白鳥を見ていたドライブコースがあるから、その周辺かもしれない。ようやく白鳥がやってくる時期になったから観に行こうとちょうど話していた矢先だったから。
「近所にとても仲良くしていた友達が二人いるから彼女たちのところか、あとは赤ちゃんのいる病院か、白鳥が見える田園の近くかな……」
「その中だったら赤ちゃんのところが一番有力ですね。NICU?って入れますか」
「入れるみたいだよ。僕は母さんと父さんに引きずられて帰ってきちゃってるし、面会制限もあるみたいだけど、病棟に入るくらいなら大丈夫だった」
「じゃあ病棟内でとりあえず探してみましょうか。その後はご友人と会って、そのあと田んぼの近くも行ってみましょうか」
「ありがとうユウキ君」
いそいそと外出準備をして外に出る。僕の車のキーを持って外に出たのだけれど、ユウキ君はアキトが運転するようにと言い出した。アキトの運転は少し荒っぽいというかなんというか、僕はあまり好きじゃない。一方でドライブ好きなアキトは乗り気なようで、任せろと呟いて車を出しに行った。
「あいつ運転荒いよ。大丈夫?」
「大丈夫です。何回か乗ったことありますし、さっき酔い止め飲んできました」
「用意周到だね」
「まだ聞き取り調査もしてないので道中でコウシロウさんから話を聞きたいんです。それにコウシロウさんは明らかに休めていなそうですし、やつれてる方に運転してもらうほど僕も考えなしじゃないですから」
「ごめんね、気を使わせて」
「こんな時くらい気を遣わせてください」
ユウキ君が目を細めると、アキトが窓を開けて乗れと声をかけてきた。
* * *
ミズホは僕の妻の名前だ。特別美人ではないのだけれど、笑顔が可愛らしくて芯のある女性。料理が上手で、少しだけおっちょこちょいで、守りたくなるような理想の妻だった。結婚して二年目にして子供を授かり、出産予定日まであと二ヶ月もないくらいだった。日に日にお腹が大きくなる彼女を、働きながら支えるのは大変でもあったけれど、大変という気持ちを楽しさと幸福感が圧倒的に上回っていて苦に感じたことは一度もなかった。それに僕が実家に住んでいることもあり、両親もアキトもミズホを支えてくれていた。特にアキトは僕たちの子供が生まれるのを本当に楽しみにしてくれていて、「俺を酒が飲める年になる前におじさんにしやがって」なんて言いながら、多くもないはずのバイト代で子供服やおもちゃを買ってくれた。ミズホは少し鈍臭いところもあったのだけれど、人と関係を築くのが上手かった。だからアキトとはもちろん、僕の両親とも上手くやってくれていて、僕たちを若干放置気味に育てたはずの両親はすっかり「嫁大好き、孫大好きなじいじとばあば」にされていた。ミズホは不思議な魅力のある人だった。
そんなミズホが、三日前の夕方頃に事故に遭った。近くのコンビニへ買い物に行っていたのだけれど、その帰り道に交差点に突っ込んできた居眠り運転の軽自動車に撥ねられたのだった。僕はその時仕事中で、家にいたアキトが病院からの電話を取って、取り乱した声で僕に電話をかけてきた。目の前が真っ白になるとはまさにこの事で、アキトが何を言っているのか長い時間理解できなかった。アキトが叫ぶようにして僕を呼び続ける声と、電話の向こうで両親がバタバタと走り回る音にハッとし、電話を切り会社を早退し外へ飛び出す。携帯には警察からの電話も何度か入っていたので、病院へ向かう道中で話を聞いた。ミズホは咄嗟にお腹を庇っていたと、ドライブレコーダーを見たであろう警官がやるせなそうに伝えてきた次の瞬間には、僕は涙が溢れて止まらなくなってしまった。そして皮肉なことに、事故を起こした運転手の方はエアバッグのおかげで命の別状はないとも聞かされた。
病院に着いた時にはミズホは集中治療室にいて、僕はガラス越しに管が大量に繋がれた彼女の体を眺めることしかできなかった。口に繋がれた酸素の管も、チカチカする心電図も、至る所に巻かれた包帯も、ドラマなんかで見る光景のように現実味がない。
何時間も処置をしてもらっている様子をただ眺めてはソファに座って頭を抱えて、またガラスに張り付くことを続けた。僕にはそれしかできなかった。どうにか二人が助かってほしい、そんな僕の願いも虚しく医師は僕が恐れていた質問をしてきた。
「母体とお子様の、どちらを優先されますか」
これまでの人生でも何度か時が巻き戻ればいいのにと思ったことはあったけれど、これほどまでに時間を遡る能力が欲しくなったことはなかった。それができないのならば、最悪時を止めるだけでも良かった。二人の命のどちらかを選ばなければいけないなんて僕には荷が重すぎる。僕に二人の命を選ぶ権利なんてない。過呼吸になる僕に向けて医師は言いづらそうに、でもはっきりと告げてきた。
「母体へのダメージが大きいため、奥様の命は保証できません。どちらを選択されても我々はベストを尽くしますが……私でしたら、お子様を選びます」
ミズホはうまくお腹を庇えていたようで、赤ちゃんへ大きなダメージが与えられることはどうにか避けることができたらしい。ミズホが守った命。ミズホの決めたこと。僕たちはお互いの意見が割れた時は話し合ってお互いの意見を合わせることをモットーにしていた。だから譲り合うこともあったし、妥協点を探すこともあった。けれど人命は妥協できない。ミズホも赤ちゃんも失いたくない。けれどこれが、赤ちゃんを守ることが彼女の最後の決断になるとしたら。僕は彼女の意思を尊重したかった。
「子供を、お願いします」
* * *
「……三日前に事故に遭われて、お子さんは緊急手術で取り上げられたけれどミズホさんは今朝方亡くなられた、という解釈であってますか」
「それであってるよ。でもやっぱり現実味がないんだ。ミズホがいなくなったって。事故だから検死が必要らしくて、明日か明後日にならないと家に帰ってこないし」
「きちんとお顔は見れましたか」
「霊安室で一応ね。酷かったよ。顔の皮が剥けちゃってて」
「そうですか。……わかりました。早いところミズホさんを見つけてご挨拶しましょう」
「うん」
アキトが車を飛ばす。高速道路だからといえど些か飛ばしすぎな気がして声をかけるが、赤ちゃんに会いたくて仕方がないらしい。多分面会できないという旨は伝えてあるのだが、それでもどうしても早く近くまで行きたい様子だった。僕はもう既に赤ちゃんに会っているけれど、アキトはまだ赤ちゃんに会えていない。両親も僕を迎えにきただけで孫の顔自体はまだ拝めていないと言っていた。ミズホが亡くなって、赤ちゃんが生まれて。おめでたいことと悔やまれることが同時に起こって、親族は皆どのような面持ちでいるべきか図りかねているようだった。特にミズホの母親はそれはもう、かえってこちらが冷静になるほどにひどく憔悴しきっていた。その誕生を祝う子供も、その死を悼む娘も、未だ帰ってきてはいないのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど。
「聞き取りはまだ終わってないんですけど、一旦終わりにしましょう。コウシロウさん、顔色が最悪です」
「え? 僕はまだ大丈夫だよ」
「少なくとも僕にはそうは見えないですよ」
アキト君はそう言いながら鞄から小さな手鏡を取り出して僕の方に向けて見せてくる。確かに白い肌から血の気が引いて病的に真っ青だった。僕とは対照的に程よく日焼けの跡が残るアキトの手がハンドルを離れ、僕たちの座る後部座席の方へ伸びてくる。その手にはアキトが休憩用に常に車に置いているアイマスクが握られていた。
「兄貴、ちょっと寝とけよ。全然寝れてないんだから病院に着くまで少し休んだ方がいい」
「え、でも」
「ユウキがいいって言ってんならいいだろ。そんな青白い顔してたら赤ちゃんがお化けだと思って泣くぞ」
二人に休め休めと念を押され続けて、僕は渋々アイマスクを着け目を閉じる。目を閉じても浮かんでくるのは集中治療室で見た管だらけのミズホと、保育器の中の小さな小さな我が子の姿だけなのだけれども。僕の意識と反して体は疲れていたらしく、その後すぐに意識が途切れた。
「……さん、コウシロウさん」
軽く揺すられて慌てて目を覚ます。アイマスクを外すといつのまにか暗雲が分厚く空を覆っていた。雨の予報じゃなかったんだけどな、なんてアキトが呟きながら車を降りた。
「着きましたよ。お子さんのところに行きましょう」
「うん」
忌避感を覚えるほどに大きな自動ドアを潜る。病院特有の、鼻の奥に染みるような雑多で淀んだ空気にはいつも気が滅入るのだけれど、今日はその気持ちに加え焦燥感も混ざってエントランスを過ぎたあたりでもう気分が悪かった。小児科のある階へ足を進める。途中にある産婦人科の方も含めユウキ君は注意深く辺りを見てくれていた。
「んん……なんというか、似てる人はいるんですけど。足がないし違う人な気がするなぁ」
「げェ。やめろよそういうの!」
「そんなこと言われても。仕方ないじゃん、ここは病院なんだよ。いろんな人がいるんだから。――まあ人じゃないけど」
「だからやめろって」
二人の話す声を背中に聞きながら小児科の方へ行き、大きな窓のある部屋の前で立ち止まる。NICU、新生児集中治療室。この先に、ミズホが守った僕の子どもがいる。
「うーん。やっぱり感染症対策で入れなそうだなぁ」
「残念だよなぁ。俺早く抱っこしたいのに」
頭の後ろでつまらなそうに手を組んだアキトの横でしばらく中を見つめていたユウキ君だったが、ふとその視線が僕の方を向く。ミズホさんはいないようです、という言葉に一拍も置かずユウキ君の声が続いた。
「そういえば、お子さんは女の子ですか? 男の子ですか?」
「女の子だよ」
「お名前は?」
「……それをミズホに聞きたいんだ」
実はユウキ君にミズホのことをお願いした一番の理由はミズホとのお別れがしたいからではない。僕とミズホはお互いに名前の案をずっと考えていて、案を三つ決めてからお互いに持ち寄って話し合おうということにしていた。しかしミズホは一週間前にとても良い笑顔でこれ一択、というような素晴らしい名前を思いついたと僕に言ったのだ。絶対あなたも気にいるからと嬉しそうに笑い、あなたの案が決まり次第教えてあげると言われた矢先の事故だった。
「僕だけで名前をつけてもいいけど、せっかく死者の声が聞ける君がいるんだから、君にお願いしたいんだ」
「そうですね。僕もせっかくならお二人で決めたほうがいいと思いますし、そのお手伝いをさせて貰えるのは嬉しいです」
「そう言ってくれると頼りやすいよ」
早く娘に名前をつけてあげなければ。ミズホの考えた名前が知りたいし、その名前で娘を呼んであげなければ。
その後も二人と話しながら病棟を歩き回った。あまり広くない小児科病棟を、看護師たちが怪訝そうに眺めてくるまで歩き回った。そのうち産婦人科や総合心療内科などの関係ありそうな病棟へも足を運んだのだが、ユウキ君は首を傾げるばかりだった。
「断定するには少し早いかもしれないけど、これだけ歩き回ってすれ違いもしないならここにはいないかもしれないですね」
「うーん。じゃあお友達のところかな。どうする? 連絡先知ってるから家に呼べるよ」
「それはありがたいですね。……ですがコウシロウさん、本当に続けても大丈夫ですか。今日はもう休みませんか」
「いや、続けて。早くあの子を名前で呼んであげたいんだ」
「……わかりました。そしたら白鳥の見える道を通って家に戻って、ご友人にお会いしましょう」
「了解」
帰り道は再びアイマスクを半ば強制的につけられて、白鳥の見える田園付近までは眠っていた。そしてぽつぽつと飛来し始めた白鳥を眺め、ユウキ君とアキトと話をしながら家に帰った。するとちょうどよくミズホの友人二人が我が家に到着したところだったらしく、すぐに和室に通してお茶を出した。この二人はミズホの昔からの友人で、ミズホのご両親も二人のことをよく知っていた。ミズホの遺品整理に来てくれていたご両親と友人たちが和室に揃って、皆でただただ泣いていた。
現実はこんなにも間近に横たわっているのに、まるで目の前の光景が現実だとは感じられない。辺り全体が陽炎に包まれているようで、外は曇っているのに視界が嫌に明るい。白昼夢でも見ているかと思うような気分だった。そんな僕の様子に気づいているのかどうか、アキトは動けないでいた僕を部屋の隅に引っ張って行き自分の横に座らせた。そして僕の手に何かを握らせてくる。開いてみると、アキトのポケットの中で温んで表面がとろけた一口チョコが二つ。アキトの顔を見るとただ一言、「顔が真っ白だから貧血なのかと思って」と言って僕から視線を外した。音を立てないようにそっと包みを開いて、広がる安いチョコレートの遠慮ない甘ったるい香りに安堵のため息が出る。どうやら呼吸もできないほどに緊張していたらしいとそこで気付かされ、ようやく僕は呼吸を戻して力を抜いて座り直せた。それから目の前の四人が泣き止むまでの間、アキトはただ気まずそうに部屋の隅に座っているだけだったし、ユウキ君はパッとしない顔のまま正座を崩さなかった。ふとした瞬間にユウキくんと目があったが、彼は何も言わずにそろりと首を左右に振るのみだった。
「他に思い当たる場所とかありますか?」
「うーん……他の場所なんて言ったら、何日かかっても探しきれないくらいに歩き回らないといけないかも」
「僕は何日でもお付き合いしますけど、早くしないと出生届の期限が来ちゃうので」
「流石に何日もお願いはできないよ。ユウキ君にも仕事があるし」
「僕のサイコメトリーを仕事にするための練習や準備にアキト君とコウシロウさん、ミズホさんには大変お世話になったので。これくらいはさせていただかないと困ります」
時刻はお昼の二時をまわり、ミズホのご両親と友人たちは一旦家を出て四人で食事に出かけた。僕たちも誘われたのだけれど、こういうときは昔馴染みの人たちだけの方がいいでしょうとユウキ君が断り、家で母の作ったカレーを食べることになった。アキトとそこそこに長い付き合いのユウキ君が久しぶりに我が家にきて、しかもミズホの決めた名前を探ろうとしてくれているということを聞いて僕の両親はとても喜んだ。喜んだあまり、母はカレーを作りすぎたし父はユウキ君にと近所で評判のケーキ屋で一番高いケーキを買ってきた。僕たち以外には世話を焼くのが好きなようで全く困ったものだな、なんて思う。
今朝ユウキ君が言っていた「僕たちの世話になった」というのは、ユウキ君とアキトが高校二年くらいの頃の話だ。彼にその特殊な力を使って開業すればいい、霊視もサイコメトリーもできるならきっと亡くなった方と向き合いたい人にはピッタリだと、そんなことを助言したことがある。当時はその力を持て余し将来を案じていた彼も僕やアキト、ミズホを始め、彼のご家族と僕たち家族を被験体にたくさんの練習をした。開業の手続きや勉強も時折付き合った。結果として彼が高校卒業と同時に開業をする形で今がある。学校に通い続けていた当時はなんだか浮かない顔をしていた彼だったけれど、多くの人に関わるのが好きなようで今は毎日楽しそうに仕事をしていた。
そんな時代もあったねと懐かしい話に花を咲かせていると、母が皿にケーキを乗せてやってきた。ユウキ君にニコニコで声をかけながらケーキを置いて台所へ消えると、今度はマグカップに紅茶を淹れて持ってきた。ユウキ君は賢そうな微笑で礼を言って受け取った。母があの笑顔のファンなのを伝えてから、よくその表情をするようになったことを思い出して吹き出しそうになるのを堪える。
「綺麗なマグカップですね。派手じゃないけれど、どっしりしてて。落ち着きがあって美しいし、使いやすい」
「でしょう? うちのマグカップ、五頭焼っていう阿賀野市の方に窯元がある焼き物なのよ。お父さんの友達が工房の近くに住んでるみたいでたまに遊びに行くたびに買ってくるのよ。困っちゃうわぁ」
「へぇ。地元周辺に気に入るものがあるって素敵なことですね」
そんなことをいいながら母は台所へと引っ込んでいった。先日土野家から白菜を分けていただいたそうで、母はお返しにと今年うまく漬けられたたくあんや味噌漬けをユウキ君に持たせたいらしい。いそいそと勝手口からサンダルの足音が遠ざかっていく。ぬか床のある車庫に行くんだろう。ついでに車庫にしまって欲しいものがあったのだが伝え忘れたなと思っていたら、ユウキ君が僕の方へ身を乗り出してきた。
「ごずやき? ですか」
「そう。五頭焼。父さんすっかりファンになっちゃったみたいで。しかも阿賀野市って他にも窯元があるらしくて、最近は笹神焼っていうのと庵地焼っていうのも集め始めちゃったんだよね。そろそろマグカップ以外も買ってこいなんて冗談のつもりで言ったら、今度はお土産が湯呑みやサラダ皿になっちゃった」
「はは、田上家のお父様らしいですね。僕は全然陶器には詳しくないんですけど、飲み口も広いし安定感があってすごく使いやすいです。お目が高いと言いますか」
「やだなぁ。あんまり褒めないでやってよ、どこで聞いてるかわからないから」
ユウキ君はしばらくしげしげとマグカップを眺めていた。
ふとカップを止め、じっと見つめている。ユウキ君の目の色が変わる。
「……気のせいじゃない、誰かの記憶が視える」
「え?」
「この家の方じゃないです……お客さん?」
「ユウキ君、土にかなり広い面積で触れてないと見えないんじゃなかったっけ」
「いや、見えないわけじゃないんですよ。土に特化している上に広い範囲で触れていた方が視えやすくて集中しやすいんです。すごく頑張ればオルゴールとかアクセサリー、ボールペンなんかの小物を持っただけでも視えます」
「あー、なるほど」
あまりにもずっと眺めているので怪訝な顔をしたアキトがユウキ君の横に座った。確かにただのマグカップを見る目ではないし、記憶を見ている時だってこんな顔はしない。
「なんでだろう? 触れるだけでこんなにしっかり記憶が見えるなんて。土以外ではこんなこと起きなかったのに」
「んー。ユウキってもしかして土ならなんでもいい感じ?」
「どういう意味?」
「例えばだけど、泥団子が家の中にあったとしてそれに触れたら外の土と同じように記憶が見えるか」
「あーそういうことか。うん。視えるよ」
「じゃあ同じことが起きてんじゃねぇの? 陶器っていいやつはちゃんと選んだ土使ってるらしいし。うちの親父はどうもあの辺りの土が気に入ったらしいんだよな。だから五頭焼に……えー、なんだっけ? あと二つ。ああいうのばっかり買ってくるんだ」
「ふーん。じゃあさっきのはこのマグカップを使ったお客さんのものか。……ってことは、今二人が使ってるマグカップも同じことが起きるのか。アキト君、よかったらそれ貸して」
「ん。ほい」
アキトがマグカップをユウキ君に貸す。ユウキ君は目を閉じて、少し考えるような仕草で眼球をくりくりと動かしているように見えた。すると目を開いて、ニヤリと笑う。
「アキト君、外ではブラックコーヒーばっかりなのに家だとすごい砂糖入れるんだね」
「なっ! いいだろ別に!」
「誰も悪いなんて言ってないよ。意外だなぁって」
そう言いながらユウキ君は悪戯っ子のように笑って、アキトの紅茶に自分のスティックシュガーを流し込んでからアキトに再びマグカップを手渡した。
「甘……」
「でも普段そのくらい入れるでしょ」
「うるせぇ」
そこで急に仏間の引き戸がサッと開かれる。石油ストーブで温められた空気が逃げて、入ってきた新鮮でひやっとした空気に、全員がそちらを向いた。そこには真顔の父が立っていた。一つのマグカップを持って、である。父は何も言わずにそのマグカップをユウキ君の前に置いて、ユウキ君の前に膝をつくと丁寧に頭を下げて再び扉の奥へ消えていった。
暫くの間、仏間を沈黙が満たす。目の前には落ち着いた深緑の少し小ぶりなマグカップ。ゆっくりと部屋に温もりが戻り始めた頃、ひと足先に我に帰ったアキトが口を開いた。
「……親父、そろそろユウキには人見知り発動しなくなってもいい頃じゃねぇの?」
「ユウキ君は憧れの人だからいつまで経っても話しかけられないんだよ」
「面白いお父さんだよね。僕は好きだよ」
そう言いながらユウキ君が例のマグカップを眺める。父が何を意図してこれを持ってきたのかが、なんとなくわかった。本当にどこで話を聞いているのか分かったものじゃない。父なりの「息子の嫁をよろしくお願いします」という精一杯のメッセージだったんだろう。
「ユウキ君。それ、ミズホが使ってたマグカップなんだ」
「ああ、成程。そういうことですね。失礼しても?」
「勿論」
「もう少し休憩しなくていいですか?」
「いいよ。急ぎたいんだ」
ユウキ君は一瞬躊躇うような姿勢を取ったように見えた。けれどすぐに仕事の顔をして、ミズホのマグカップに手を伸ばした。先程までの柔和な雰囲気が一変し、目つきが変わる。部屋の空気から水分が一気に蒸発するような、ピリついた空気が僕たちの周りを流れる。するとユウキ君が急に立ち上がった。
「そうか」
「どうしたユウキ? なんか分かったか?」
ユウキ君はアキトに返事をしなかった。アキトに返事をせずに、立ったまま僕の方へ顔を向ける。何か確信めいた視線が僕と目を合わせる。
「ミズホさんが事故の後担ぎ込まれてそのまま亡くなった病院って、二十分くらいいったところにある総合病院ですね」
「そうだね。大きい事故だったから」
「あそこって産婦人科ありましたよね? ミズホさんのかかりつけの産婦人科ももしかしてあの病院だったりします?」
「うん。……って、え? もしかして」
「僕の想像が間違ってなければ」
アキトが立ち上がる。机の上に放置されていた車のキーを乱暴に掴むと、急いでサンダルを履いて車の方へ走って行った。母と父が心配そうに部屋から覗いてくるのを構う暇もなく、少し出てくると手短に伝え僕とユウキ君は慌ててアキトの後を追った。
ミズホがお世話になっていた産婦人科が入っていて、かつミズホが車に轢かれた際に緊急外来で運び込まれた病院がここだった。いつもの三割増しで荒っぽい運転をしたアキトには少し冷や汗をかかされたのだけれど、一周回って冷静になったのでこれでよかったのかもしれない。冷や汗と一緒に緊張の汗も吹き出していて、焦りと不愉快さが相まって心臓が口から飛び出してしまいそうだった。産婦人科めがけて走る三人の男に院内の人たちは珍しいものを見るような目を向けてきた。産婦人科の病棟内には、ミズホの死を知っていて僕のことを哀れな目で見てくる看護婦もいた。好奇の視線と哀れみの視線に幾重にも晒されるが、心底どうでもよかった。ミズホが、ミズホがここにいるならば。産婦人科病棟についてから先頭はユウキ君になっていた。ユウキ君の周りの空気がピリピリと張り詰めていて、ごく自然に僕たちの前方が空いていく。前方が開けたのをいいことに彼は受付やロビーを足早に抜け、トイレや自販機の死角まで素早く、しかしくまなく視線を送る。その後ろを僕とアキトで追いかける。
そしてついにその時が来た。ユウキ君がぴたりと歩みを止めた。自然と後続の僕たちも歩みを止めることになる。そこには以前何度も訪れており、先週も二人でここを歩いたのだ。新生児室の前の、大きなガラス窓の前を。
「ミズホさん」
僕にミズホの姿は見えない。けれど彼がミズホを呼ぶ声色は、どう聞いたって見つけたという安堵に満ちた声だった。
『ずっと赤ちゃんを探してたの』
ユウキ君が書き留めたミズホの第一声に、心臓が掴まれたような気分になる。病院の一番端にある、古い自販機と机、椅子がある休憩スペースに来ていた。病院の端であるもの全てが有り合わせのようなこの空間は、あまり人が来る様子もないようだった。死者と話をするにはちょうどいいかもしれない。あまり大きくない机に四脚の椅子が置かれていたので僕とアキトが隣り合って座り、ユウキ君が反対側でノートを広げた。
「ミズホさんは赤ちゃんが別の病院に運ばれたことなんて知らないはずですもんね。もっと早く気づくべきでした」
「言われてみれば。よく気づいたな」
「ミズホさんの記憶、あの新生児室の前の光景が結構多くて。近くに僕もお世話になったことがある診療科があってよかった。そこが見えてこの病院だってわかったから」
そう言いながらユウキ君はペンを動かしていた。その速度が速くなったりゆっくりになったりするのだが、いつもより書き取る速度が遅いことに少し疑問を抱く。しかし話を聞いている最中に声をかけるわけにも行かないので、どうしたのかと思いつつ次の言葉を待つことにした。
『三人で来てくれてよかった。ユウキ君が来てくれれば声が伝えられるし、アキト君が来てくれれば話を整理してくれるし。コウシロウさんが来てくれないわけないけど、赤ちゃんもいなくてずっと心細かった』
ミズホが書き取りやすい速度で話してくれていることを耳打ちされる。僕はミズホのこういうところが好きだった。そしてずっと心細い思いをしながら新生児室の前で僕を待っていたミズホの姿があまりにも容易く想像できてしまって心が痛くなる。なぜミズホはもう生きていないのだろう。生きていれば、隣にいれば抱きしめてあげられるのに。
「ミズホ、痛かったよな、苦しかったよな……ごめんね、抱きしめてあげられなくて……」
アキトが下を向く。ユウキ君はペンを動かす。
『私の方こそ、浮かれて横断歩道の左右確認が足りなかったの。こんな小さなミスで、あなたに私たちの子供を託すことになってしまってごめんなさい』
ユウキ君がこれを僕に見せながら、ノートの端をペンで突いた。小さな文字で「ごめんなさいと繰り返しながら泣いています」と書かれていた。例の居眠り運転手に謝られることはあっても、ミズホが謝るのは違う。そう思った。
「ミズホ、謝らないで。俺も悲しいし今も現実だと思えてない。でもミズホが僕たちの赤ちゃんを守ってくれたおかげで、今赤ちゃんはNICUの保育器に入ってる。生きようとしてくれてるんだ」
話したいことは山ほどある。けれど既に日は傾き始めていたし、みんな早朝から動いていることもあって疲れていた。心残りなんてきっとずっと消えない。だからユウキ君の疲労がピークになる前に、目先のタスクを済ませなければならない。
「ミズホ。赤ちゃんの名前を教えて欲しい。僕は君の案を聞いて決めたい」
ユウキ君がメモを取り始めたが、不意にその手がぴたりと止まった。何事かと思ったのだが、ユウキ君がペンを置いて僕の方を見つめる。どうしたのかと声をかけようとしたが、左に座ったアキトに服を引っ張って止められた。そこでよくユウキ君の方を見ると微かに視線が僕からズレていて、僕の右後ろを見ているようだった。どうやら、そこにミズホがいるようだった。
「ミズホさん。僕がお二人のことに口を出す権利はないですが、それは違うと思います」
「ミズホが、なんて?」
「『貴方一人にこの子の全てを任せることになってしまった私には、名前をつける資格なんてない』とおっしゃってます」
「それは違うな。ミズホと僕の子供なんだから君がいなければ生まれてこなかったし、君が守った命なんだよ。資格がないなんてそんな馬鹿な話があっちゃたまらない」
「でも、だそうです」
「僕一人で育てるわけじゃない。僕の両親だってミズホのご両親だって、すごく協力的だったじゃないか。大丈夫だよ。それにここに既に姪バカの兆しが見えてる叔父さんもいるじゃないか」
アキトに説得をパスしてみることにした。こういうことはアキトの方が上手い。アキトは僕の心を察したようにユウキ君の見ている辺りに体ごと向き直ったかと思うと、そちらへスマホの画面を突き出す。電子マネーの決済履歴だったのだが、数ヶ月前から半分以上が赤ちゃん用品専門店の決済履歴ばかりになっていた。茶髪でチャラついた男子学生が真顔でそんなものを見せている光景が何だかおかしくて変な顔をしている僕にはお構いなしに、アキトはミズホへ声をかける。
「俺が二人の子供が生まれるのをクソ楽しみにしてたの、ミズホさんだって知ってるだろ。兄貴のセンスじゃ心配だ。それに」
それに、の先が出てこない。十秒ほど躊躇うように声を溜めていたが、その後ようやく震えた声がアキトの口を飛び出す。
「ミズホさんがあの子に遺してあげられる最後のプレゼントなのに、なに遠慮してんだよ……」
そこまで言うとアキトは急にぼろぼろと涙を流し始めた。そういえばアキトは、取り乱して泣く僕や両親を涙も見せずにずっと律してくれていた。アキトはそういうやつだ。ぶっきらぼうだし外では猫を被るけれど、人当たりが良くて他人思いで、人のためならば多少無理もする。ミズホもそんなアキトのことを信用していた。アキトのそんな姿を見てミズホも何か思い直したらしい。ユウキ君が再びペンを取った。そして短くペンを動かすと僕の前にノートを突き出す。
『エマ』
とだけ、ページの中央に書かれていた。
「エマ……?」
『笑顔に満ちた人生にして欲しいの。私のせいでこの子の誕生日はみんなが泣いていたけれど、その分これから先の人生ではたくさんの笑顔に囲まれて欲しいの。だから、笑満でエマ』
エマ。笑満。口に出してみると何だかくすぐったいような、馴染みがないような感じがする。けれど彼女が自信満々に用意してきた名前とだけあって、あの子の人生の幸福を祝うにはもってこいの名前だとも思った。なんだか外国人みたいだなぁ。そう言った僕の耳に不満かしらとミズホの少しむくれたような声が聞こえた気がした。「そんなことないよ、いい名前だね」と呟いたら、ユウキ君の表情が明らかに変わった。どうやらユウキ君目線では僕とミズホの話が噛み合っていたようだった。
これがミズホが娘に送る最初で最後のプレゼントになるんだ。きっとエマも気に入ってくれるだろう、そんな気がする。
『なんだかすごく眠いの。家に帰りたいな』
肩に手を置かれたような気がした。その箇所に手を重ねる。温度も感触もないことが悲しかった。
ああ、もうミズホはこの世にいないんだなぁ。言葉では何度も何度も繰り返していたはずのことなのに、今更のように実感が湧き始めた。事故に遭う前の朝、行ってらっしゃいと玄関まで見送りに来てくれた時の笑顔が思い起こされる。今までエマの名前にばかり気を取られていたけれど、それはある種の現実逃避だったのかもしれない。僕はミズホがいなくなってしまった現実を受け止めたくなかった。ああ。ミズホはもういないんだ。僕がしっかりしなければいけない。エマのためにも、ミズホのためにも。
「……兄貴。帰ってから存分に泣けよ。うちのことは俺と父さん母さんがどうにかするし、ミズホさんのご両親も手続きしてくれてるから」
「今は帰りましょう。ミズホさん、しばらくコウシロウさんのそばにいてあげていただけませんか」
ユウキ君の声に反応して微かに肩に重みがかかった気がしたが、それもほんの一瞬で分からなくなってしまった。もう、ミズホの声は聞こえなかった。
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