有限会社新潟防衛軍(作品ハイライト)


 一陣の風が砂埃を舞上げる中、ただ前を見据えた三人の若者が、微動だにせず立っている。その姿を目にした者の脳裏には、間違いなく「決死」の二文字が浮かぶだろう。身体にまとった制服のオレンジ色は勇気の証、耀く銀色は正義の象徴。そして金色に煌めくNDFマークは勝利のシンボルなのだ。
「……あれか」
 青山の視線の先に、一台の白いワンボックスカーと、それを先導する一台のバイクが見えてきた。バイクのハンドルを握るのは、マントをなびかせた黒ずくめの男だ。えらく乗りにくいだろうに。いや、男かどうかはわからないが、体格から見てたぶん男だ。
「あれは……バットマン?」
 加藤が言う通り、男はバットマンのコスプレをしているように見える。だが、乗っているのはどう見てもスーパーカブだ。丈夫ですからね。
 バイクの男はいったん空き地の入口を通り過ぎたが、青山らに気づいて急ブレーキを踏み、ワンボックスカーに追突されそうになりながら反転して入ってきた。ワンボックスはというと、一度ゆっくりとバックしてからおもむろにハンドルを切った。雰囲気が台無しである。
 バットマンの男は……待て、バットマンの男という表現はおかしくないか。バットマンは「マン」なのであるから男に決まっている、とはいえバットマンは固有名詞であるから、バットマンは、と言ってしまうと「あの」バットマンになってしまう。しかし男はバットマンではないので、やはりバットマンの男と言うしかない……そのバットマンの男がバイクを降りると、それを合図に後方に停めたワンボックスカーから、やはり黒ずくめの男が五人、手に手に短く黒い棒のようなものを持ってわらわらと降り立った。目と鼻と口だけが外に出ている全身タイツだ。これでバックルを付けていればほぼショッカーの戦闘員である。
 そしてバットマンの男はというと、胸のあたりの色が他の黒と比べて若干違和感があることから、おそらくバットマンの衣装の黄色いバットマークをマジックで塗りつぶしているのであろう。なぜなら、それが残っていると、単なるバットマンのコスプレをした男、になってしまうからである。
 さすがに近くで見ると、冷める。
 もっともピッタリと身体を覆うスーツ越しにでも、腕や肩の筋肉が非凡に盛り上がっているのはわかる。
「貴様らが新潟防衛軍か!」
 バットマンの男はかまわずに言った。
 青山は咲坂と、次いで加藤と顔を見合わせて、自分が何か言わなければならないと悟った。
「だとしたらどうする!」
 言った後で何か違うと思ったが、幸いバットマンの男はそれをスルーした。
「我々は秘密結社バッドメン! 崇高な野望の手始めとして、まずこの新潟を支配するのだ!」
 その崇高な野望とは何だ、と青山は訊こうと思ったが、なんとなくそれは確認しちゃいけないような気がした。小学校の通学バスを襲う悪の組織の怪人に、なぜ世界征服を掲げて通学バスを襲わなければならないのかと問うようなものではないかと思ったのだ。
 悩んだ末に、青山は「それで?」と言った。情報が少なすぎると考えたからだ。
「それで?」
 おうむ返しに、バットマンの男が訊き返した。明らかに不意を突かれたようだ。
「私はバッドメンの幹部ダークバッド!」
 バットマンの男、ではなく、その自己紹介によっていまや秘密結社の幹部ダークバッドは言った。誰かが間違えた台本を無理矢理つないでいるような雰囲気ではあった。
「新潟防衛軍を名乗る馬鹿どもめ、貴様らがまず我々の餌食だ! やれ!」
 背後に陣取る五人の戦闘員(だと思う)は、声を揃えて「イー!」と叫んだ。今、イーと言ったな?
 独創性がない!
 だが、そんなことをツッコんでいる暇はない。走り出した戦闘員(だと思う)の手にした棒が、カシャンという金属音を立てて一気に伸びた。
「特殊警棒!」
 咲坂が言った。なぜそんなことを知っている。と尋ねる間もなく、咲坂は走り出した。
「えっ?」
 出遅れた青山の茫然とした表情を尻目に、咲坂の左足が地面を蹴り、先頭を走ってくる男にカウンターのドロップキックを喰らわせた。胸元に蹴りを受けた男は、脚が地面を離れて宙に舞い、そのまま勢いよく背中から落下した。
 グエッ、という潰れたような呻き声を聞きながら着地した咲坂を、別の戦闘員(だと思う)が襲う。振りかぶって垂直に下ろされる警棒を左肩で見切ると、後ろを向くように身体を回しながら男の腕を掴み、振り上げた脚で男の足元を刈った。自らの勢いでもんどり打つように回転した男を、咲坂は難なく投げ飛ばす。
「すげえ……」
 あまりの意外な光景に立ち尽くす加藤は、自分に向かってくる戦闘員(だと思う)を認めて我に返った。警棒で殴りかかる相手に向かって闇雲に拳を突き出す。
「スタン・パァーンチ!」
 勢いよく飛び出して火花を散らすスタンガンを警棒で受けてしまった男は、右手に5万ボルトの電流を流されて悲鳴を上げながら倒れた。
「名前変わってるじゃないか!」
 そう叫ぶ青山はまた別の戦闘員(だと思う)と対峙しながら間合いを測り合う。目の前で次々に仲間を倒された敵は急に慎重になっているのだ。青山がリーダーっぽく見えるからなおさらである。実際にはいちばん慎重になる必要がない相手だということを戦闘員(だと思う)は知らない。
 とそこへ、咲坂の回し蹴りを受けた五人目の戦闘員(だと思う)が吹っ飛んできて、青山と向き合う男の背中に激突した。突然間合いが詰まってしまった青山と男はなし崩しに組み合う。男の左手が青山の右手にあるスタンガンをつかみ、青山の左手は男の特殊警棒を握って離さない。
 しかし、男の腕力は思ったより強い。限界を感じた青山は、ヘルメットで思い切り男の顔面に頭突きした。鼻を潰された男は思わず青山から手を離してよろめく。青山はそこに必殺パンチを繰り出した。
「スマッシュ・コレダーアアア!」
 が。
 右腕のスタンガンは動かない。男が力任せにつかんでいたせいで、スタンガンを動かすフレームが歪んでしまっていたのだ。へなちょこパンチが胸に当たっただけだ。激昂した男は鼻血を流しながら青山に警棒を振り下ろした。万事休す!
 と、男の姿が不意に消え、次の瞬間には空を飛んでいた。咲坂のローリングソバットを真横から喰らったのだった。
 華麗に着地した咲坂は、息ひとつ乱さずに言った。
「大丈夫ですか」
 いや、それより蹴り飛ばした男の方が大丈夫なのか。倒れたまま泣いているぞ。
 青山があたりを見回すと、五人の戦闘員のだと思う)は全員地面に倒れるなり座り込むなりしていて、完全に戦意を相殺していた。その向こうで、スーパーカブにまたがるダークバッドの黒い背中が見えた。
「しまった、奴が逃げます!」
 青山があわてて走る。一人も倒していない青山は必死で走る。なんとか走り出したバイクに追いつきダークバッドの腕をつかむが、エナメルのスーツは手が滑る。とっさにゴムのマスクの耳をつかんだ。が、マスクはちぎれて青山は地面を転がり、ダークバッドはそのまま走り去ってしまった。
「くそっ!」
 起き上がりながら青山は悪態をつき、手の中に残ったマスクの切れ端を見た。
「バイクのナンバーは」と咲坂が訊く。ナンバープレートは上に向けて曲げてあって、後ろからは確認できなかったのだ。
「……余裕がなかった」
 頭が回りませんでした。
「とりあえず警察を」
 青山が言うと、咲坂は既にスマートフォンを握って画面を指で押していた。片手で額の汗を軽く拭いながら耳にあてる。
「……咲坂です。暴漢を五名確保。場所は五十公野公園。至急応援願います」
 青山と加藤は虚無の表情でそれを聞いていた。
「……君はいったい何者だ」
 通話を終えた咲坂は、急に覇気の消えた顔に戻って二人を見た。
「普通の女の子です」
 青山と加藤は声を合わせて叫んだ。
「嘘だ!」

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