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月の糸  三羽さんの”色”企画


月の糸   【474字】

ふと石鹸の匂いがして明かりの落ちた家に目をやると、小窓が開いていた。
白濁した匂いを吐き出しては冷えていくその暗い窓の向こうは私とは別世界。そこから漂う匂いを何と名付けよう、そんなつまらないことを考えた自分を笑って見上げた空には、金色の月が静かに東に向いて流れていた。
たぶん私は口を半開きにして、呆けた顔をしていただろう。
そこにシュルルと金色の糸が降りてきた。風のない澄んだ空気にもそれは微かに揺らめいて、それが月から降りてきたのだと直感した。他にこの空のどこにこんな美しい色があるだろう。
私がその糸を僅かに引くと、シンという音と共にこの70キロもあろう私の体は浮き上がった。
石鹸の家の屋根を越え、駐車場の桜の木を眼下に従え、我が家に通ずる橋の川筋を見渡し、やがて私の街を掌に収めた。
上空に行けども寒さを感じない。それは明るく照らすものの恩恵としか思えなかった。
地球の稜線と空が接する淡い藍色を見て、もはや私は宇宙の人なのだと思ったその時、地球の陰から陽の光が射した。
私は急に恐怖を覚えた。その途端、月の糸は私の手の中をするりと抜けたのである。
       了


三羽さん
よろしくお願いいたします。


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