天井の紙魚 T
新しいベッドに横たわって目を瞑り、両手を広げると空を舞っているような気分になれる。
視線の先、天井の黒い紙魚(シミ)に気づいた。雨漏りかもしれない。
「雨漏りじゃないよ」紙魚が言った。
「え?」
「空を飛びたいんだろ?叶えてあげるよ」
疲れが溜まっているようだ。
体を起こし窓を開けると、生暖かい空気が一気に部屋に入ってきた。
じっくり見ると、紙魚は真っ黒な眼球のよう。
「叶えてあげられるよ」
紙魚が、その眼球が喋った。
「あ、じゃあ叶えてほしい」
「もう腕は使えなくなるけどいい?腕と羽は交換なんだ。両方使えるようにすると昆虫になっちゃうから君じゃなくなると思うんだ」
「どうして?意味がわからない」
「動物も鳥も手足が4本、昆虫は違うだろ?生き物の約束事なんだ。人魚に脚があったらおかしいだろ?」
「じゃあいい。このままでいい」
黒い紙魚は目を閉じると、引き戸に挟まった袖を引き抜くように消えてしまった。