ただよう希望1/4 第1話|コラボ小説with 藤家 秋さん
ただよう希望 第1話
夏の海にやってきた。夏ったって梅雨なんだけどね。でも今年の梅雨はちょっと違う。いつものムッとした感じがなくて、カラッとしている。どうしてなのかなんて僕にはわからない。
あ、僕?僕はジョン。ジョン・F・ケネディのジョン。いや、それはマズいか。ジョン・マクレーンのジョンだ。知らない人はググってみてよ。
僕の主人は拓海君。僕の一番たいせつな人。そして彼女の希。僕の部下みたいなもの。この3人で能登の海にやってきた。拓海君が言うんだ。ここは特に気持ちのいい風が吹くって。
僕はいつも通り砂浜を走って走って走り回った!気持ちいい!
希が駆け寄ってきた。
『なにごと?』と僕は吠えたけど、希には言葉がわからない。
希は僕を連れて浜に停まってたボートに乗り込んだ。意外と大きなボートで中にはいろんなものが転がってる。みなゴミみたいなもんだろうけどね。
希はしばらくはボートの縁から目を出して外の様子を窺ってたけど、そのうち飽きてスマホをいじりだした。そしてとうとう眠ってしまった。僕も希の横にくっついて寝た。波打ち際のゆりかごは気持ちいいんだ。
空は相変わらずのグレーだけど、前より少し明るかった。雨の心配はなさそう。
ふとボートの縁から外を見るとそこは海の真っ只中!陸地なんてあんなに小さくなって・・・マズい、かも。
『起きろ、希。たいへんだ!』僕は吠えた。
「うるさい。もうちょっと静かにできないの」
『外を見てみろよ』
希はようやく顔を上げた。そしてすぐに硬直した。
「たぁいへん」そう言って立ち上がった。
『危ないよ。落ちたらどうするんだよ』
希になにかスイッチが入ったようだった。
「おーい!助けてー!」
僕たちがいた砂浜はもう見えなかった。
それでも希は何度も手を振って叫んだ。僕の声だって届かないのに。
希は諦めなかった。そして気づいてスマホを開いた。
「なに?圏外ってなによ。役立たず」
希はジーンズのポケットにスマホを押し込むと、また叫んだ。希はほとんど野生の動物のようにボートの中を行ったり来たり、僕は踏んづけられそうでヒヤヒヤしながら逃げ回った。希には僕の声は届いていないようだった。
「あ!オールがある」
希はそれを掴むとガムシャラに海を引っ掻き回した。それは空しく空を切る。
『ダメだよ。船が回ってるだけ』でも希にはわからない。僕はオールに噛みついた。
「何すんの!」
希は僕を引きはがして、なおも漕いだ。なんとも言えないくすんだ緑の海が見渡す限り広がっている。それを希は空しく掻きまわした。
「あ、そうね。片方だけで漕いでもダメだ」
希は息を弾ませて、そう言った。
「拓海、何してんだろ」
『拓海君はここにいるの知らないでしょ。探しようがない。たぶん陸地を探してる』
希に伝わるかな?伝えたところでどうにもならないけど。
僕たちはとうとう乗り込んだ時のようにべったり腰を下ろした。でもあの時とは違う。今はこの船底の下にあるのは地獄。
空はますます明るくなってきた。もうすぐ日が照りそうだ。
予想通り、太陽が見え始めた。海の色が一変した。碧と言いたくなるほどの青が眩しく照り輝いている。
でも感傷に浸ってなんかいられなかった。周りがどこもかしこも熱を持ってきて、とうとう逃げ場がなくなった。
暑い!苦しい!もうこれは熱いだよ。僕もとうとう音を上げた。
希もぐったりしている。そりゃそうだろう。あれだけ叫んだし、オールも漕いだし・・・
僕たちは黙り込んだまま。希は片手を海に突っ込んで、冷やしている。いいアイディアかもしれないけど、それほどの効果は期待できないよ・・・
ギラギラのオーブンの中で長い時間が過ぎた。
希が海に浸していた手で海水を掬った。
『バカ!やめろ!やめろったら!自殺行為だぞ!』
僕は吠えた。そして希の手に突進してそれを食い止めた。
「なによ!もうどーなってもいいよ!ムリだよ。誰も探しになんてこない」
『諦めるな。まだ僕たちはさっき遭難・・・』
そうだ。僕たちは遭難してしまったんだ。
つづく
第2話(by藤家秋)
第3話(byほこb)
最終話(by藤家秋)