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三月に シロクマ文芸部
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占い師 【999字】
三月に事故に遭うことになる。
占い師はそう言ってニタリと笑った。それは見ようによってはニコリだったのかもしれない。何れにせよ「こんなヤツの言うことなんか聞けるかよ」
私が腹の中でそう思ったことはおわかりいただけるだろう。
「初めにも言いましたが、信じる信じないはあなたの自由です」
占い師は如何にも自信ありげな顔をした。いったい何を根拠にそう言うのかわからない。信じる信じないを判断する前に、それを考慮することさえ無駄に思える。
これは子どもの遊びのようなもの。籠の中のサイコロを振って1の目が出たと占い師は言う。しかし答え合わせはずっと先なのだ。
これで凡人の私は事故に遭わないように気をつけるのだろうけれど、それが私にどんな利益をもたらすのだ。
はたして私は占ってもらって良かったのかどうか。そこに帰結する。
三月に入っても私の生活は何も変わらなかった。自営業の私には人事異動もなければ昇給もない。偏屈な男と付き合おうという個性的な女性も現れなければ、酒を酌みながら奇天烈な話に付き合おうという友だちもいない。
ちらほら桜が咲いているというので川辺に出かけた。まだ三分咲きといったところだろうか。桜は香りを纏わず、目から身の内に染みてくる。そこがまたなんともおくゆかしい。
桜の下で死にたいと詠った歌人がいたのを思い出した。人間というのは未知のものに畏れをなすものだが、歌人は死を恐れているようには見えない。だいたいこの世に死んだことがある人は一人としていないのだから、我々が死について兎や角言う資格なんかない。生きていることが良くて死が悪だなんて、ただ因習にそう思い込まされているだけなんじゃないのか。私たちは死体を思って死を恐怖するのだけれど、死は死体にあるわけじゃない。
そんなことをつらつら考えながら桜を眺めていると、フッと体が浮き上がった。私は突然空いた陥穽に吸い込まれ、どこまでも落ちていった。
これはサイコロの1の目が出たということなのか。
しかし占い師も死ぬとまでは思っていなかったらしい。もし私が生きていたら、壺でも印鑑でも思惑のままに買ったのだろう。私しか知らない占いだったから、占い師の評判が上がることもない。残念な占い師は私が死んだことさえ知らないのだ。
自分の死体をつくづく眺めてから目を上げると、人ひとりがちょうど入るほどの穴から、まだ咲き初めし桜の花びらが一片、微睡みの速度で舞い降りてきた。
了
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小牧部長さま
よろしくお願いいたします