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百人百色#36 三羽さんの企画


#36. 夏の夜はまだよひながら明けぬるを雲のいずこに月やどるらむ  清原深養父


三羽さん
よろしくお願いいたします


ひみつが透けて見えてるよ


そんな短い夏の夜は   【1111字

「こんな朝早く、誰から電話だった?」
「や、ヤバい。旦那が帰ってくる」
「え?どうして、どして。どれくらいで」
「すぐ。今コンビニだから、もうすぐ」
 ピンポーン
「はーい!」
「さっさと・・・あ、ズボン履いて」

「は、はーい。ちょっと待ってぇ」
 急いで一階に降りた奥さんは、手櫛で髪を整えて玄関のドアを開けた。
「おつかれさま。たいへんだったみたいね」
「ああ、寝てないんだ。電車が止まっちゃって、一晩中電車の中だよ」
「え?昨日帰ってくるつもりだったの?」
「そうなんだ。早く片付いたから」
 奥さんの首筋から先ほどまでとは違う、冷たい汗が吹き出して、パジャマにじっとり染み込んだ。
「まぁでも良かった。無事で」
「俺、事故に遭ったわけじゃないからな」
「そそ、ビールでも飲む?」
「そーだな。一杯飲んでから寝ようか」

 冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを出した。
「お風呂は入らなくっていいの?」
「そーだな、一眠りしてからにするよ。とにかく眠いんだ」
「そう、わかった」
 奥さんはすぐに二階に上がったが、どこにいるのかわからない。ベランダにも、ベッドの下にもいない。
「ねぇ、どこにいるの?」
 クローゼットも開けてみた。
「どこに隠れてるの?」
 何の反応もない。とりあえず寝室にはいなさそうだ。忘れ物もない。ベッドを直してリビングにとって返すと、旦那はもうビールを飲み干していた。
「じゃあ、寝る?」
「今日は勘弁してくれよ」
「やーね、そうじゃなくて。横になる?」
「そうさせてもらう」
「何時に起こしたらいい?」
「そうだな。10時くらいかな」
「わかった。一度起こすけど、もっと寝たかったらその時言って」
「ああ、今日はやけにやさしいな」
「そりゃそうよ。たいへんな目に遭ったのわかるから」
「そんなにやさしかったっけ」
「失礼ね。大事な人は大事にするよ」
「そっか。じゃおやすみ」
 旦那は疲れた体を引きずって、二階に上がって行った。
 スマホにも音沙汰はない。

「ギャー!」
 二階からとんでもない叫び声。急いで上がっていくと、旦那と間男がベッドの上で鉢合わせ。
「な、誰だこいつ!」
「し、知らない。どこから入ったの?」
「悪かった。い、家を間違えたらしい。酔っ払って、すっかり寝ちまってた」
 そう言い残して、間男は大慌てで出て行った。
「なんなんだ、あいつ」
「し、知らないわよ。私だって」
「じゃ、どうやって入ってきたんだ?うちは最新のセキュリティで守られてるはずだろ?」
「こっちが知りたいわよ」
 奥さんの空模様はもう透けて見えてしまっている。あまりにも短い夏の夜遊びは思うよりも高くつく。
 一人になって廊下に出て右往左往した月は、挙句にさっきまでいた雲に隠れた。まさか朝から旦那が寝に来るとは露ほども思わずに。
    了


さらば、薔薇の生活



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