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手加減無用鍋 毎週ショートショートnote
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ありがとうございました
精度の美学 【410字】
金属の一枚板を叩く。最初は大きな槌を振るい、だんだんと小さなものに替え、細かく整形し、鍋は鍋の形に薬缶は薬缶の形に成していく。
今回の仕事は人工衛星の部品製作だった。町工場で生活に密着した仕事をしていた職人たちはここに来て初めて、ハレの仕事に取り組むことになったのだ。人工衛星の要求はそれまでの仕事とは一線を画するものだった。0.001mmの精度が求められる。それでも熟練した職人は手加減でその厚みがわかった。
半年後の納期に向けて職人たちが腕を振るう。槌を振り下ろす。界隈にはいつもながらのリズミカルな叩打音が響いた。
作り出されたものには小さな多面体が不規則ながらも整然と並び、光を柔らかに乱反射させた。職人たちにとっても初めて目にする燻した輝きだった。
ところが仕様変更の知らせは突然やってきた。人工衛星には厚いアルミ箔を使用することになったという。
こうして生まれたのが世にも美しい職人魂の結晶としての手加減無用鍋である。
了
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たらはかにさま
本年はありがとうございました
来年もどうぞよろしくお願いいたします
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