北風と シロクマ文芸部
また、わけのわからないもの書いてるよ、こいつ
赤い頬 【999字】
北風と対峙したあの子は頬を真っ赤にして闘っていた。あの時、僕はいったい何をしていたのだろう。
あの子とこの街に迷って、どれくらい経つだろう。
閉まっていた店、閉めようとしている店、以前僕たちが切り盛りしていた店も、今ではトタンで封印されている。北風の前には何の役にも立たない玄関に張られたそのトタンの錆さえ今や愛おしい。その紙の燃えかすのような茶色の歪な曲線に、そっと手を沿わしてみる。
去って行った人、去ろうとしている人。彼らは川の流れに乗って見えなくなる。川の中を流れる電車はゆっくりと、確かに去っていく。
新しい水が流れてきた。頭に巻いた赤いバンダナは新しい命にも等しい。
「あ、こんにちは。ここに入ります。よろしくお願いします」
弾む声は路地にさんざめく光の波だ。清々しい朝の歌だ。
「何かわからないこととか、力を貸してほしいことがあったら遠慮なく声をかけて。ここはそういう街だから」
彼女は電気が点かないと言った。そりゃそうだろう。ブレーカーを上げなきゃ電気は来ない。今どきのようにしっかり箱に収まっちゃいない。剥き出しのそれは、とてもブレーカーには見えない。
漏電の危険もあるだろうからと、電気工事を頼んでおいた。
僕のねぐらはここで一番狭い路地の赤ちょうちんの2階。ネズミとは友だちだ。彼らの生命力にあやかっている。
売れない小説を書き、バズらないイラストを描いている。
ネズミは私の部屋を物色するけれども、僕の作品を齧ったりはしない。彼らは「食えない」と教えてくれているのかもしれない。そんな笑えない話も酒のアテにはなる。
今日も赤ちょうちんの灯りで酒を酌む。無為な時間。無意味な話に耳を傾ける。そんなことが小説には必要なのではないのかと思ったりもする。
店を出ると提灯に照らされた路地に赤い川が流れていた。
あの子はこんな川に流されてしまったんだ。僕は足りないものだらけだから、あの子が何を嫌ったのかさえわからない。
また明日も川は滔々と流れていくだろう。僕はいつまでもここであの子の面影を探し続ける。キラキラと歪む世界を眩しく見つめている、過去の魚の目なのだ。
目の前を通り過ぎていく列車には目もくれず、ただホームですさぶ野良猫なのだ。
僕は言うだろうか。「あの子がいてくれたら」「あの子さえいてくれたら」
あの子は今ごろ異世界で、しあわせに暮らしているに違いないのに。
あの子の頬の赤に似た真っ赤なサザンカが咲いた。
了
小牧部長さま
よろしくお願いいたします
何を欠いても最後は宣伝だっちゃ