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精霊流し  シロクマ文芸部


ヘッダは8月16日、京都嵐山で執り行われました灯籠流しの写真です


精霊流し    【685字】

花火と手は離れなかった。何故かしっかり握られているように見えた。
僕はそれに火をつけた。ライターから移った黄色い火が花火の先で揺れた。かと思うと、炎を勢いよく吹き出した。花火は生きていた。

君は先日から海で花火がしたいとせがんだ。意味がわからなかった。痩せたその身を捩って求める君は久しぶりだった。
海に着いたとき、もう太陽は水平線に溶けていた。
君の目から溢れるものが何なのか、僕には理解できなかった。

君を川に流すと決めた。精霊流しの時期を待って、君がいってしまったような気もしている。
君と僕に海にまつわる思い出なんてあっただろうか。こうして君を抱えて、海に送ろうとしている僕はやさしいのか、ただのセンチメンタルなのかわからない。

海に持って行かれたあの時の君の手はもう花火を掴む力さえなかった。
なのに、いってしまって1時間もして花火を持てるとはどういうことなんだ?
僕は知らないことだらけじゃないか。君のことも、海のことも、花火のことも。君の瞳の中にあったものは太陽とともに消えてしまった。それは僕のことも一緒だ。
花火はすぐに燃え尽きた。君が生きたそのもののように、灰になって消え失せた。その灰は君が生きた証だろうか。それとも消えた証だろうか。


種明かしをしておこう。君の痩せさらばえた薬指には僕が贈った指輪。その指輪が花火を持たせてくれていた。
これは僕ができた君への唯一の功績じゃないのか、と卑屈な目で自分を見た。でも君の命はもうそこにはなかった。なんと滑稽な愛だろう。

君を川に流した。ゆっくりと岸から離れる灯籠は、君を乗せて海まで行くのだろうか。君が最期に見たがったあの海へ。
       了



小牧部長さま
よろしくお願いいたします


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